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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第1章
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8 はじまりの一歩

 秋も深まり、時折吹く風がひやりと肌をなでる。北の地方では、既に木枯らしが吹き荒れているとか。確実な冬の到来を予感させるそれは、私の心までもぶるりと震わせた。


 寒いのは――苦手。


 とはいえ、暑いのも苦手である。だから夏も冬も好きではない。面倒くさい奴だと自分でも思う。

 それでも、冬は暖をとった部屋に引きこもっていればいい話なのだから、それほど問題にはしないはずだった。




 そんなある秋の朝、目覚めた私の周りの景色は完全に様変わりしていた。

 一瞬の後――自分が生まれ育ったブライトマン家を出て、新しい部屋で生活を始めたことを思い出す。

 ここはフランドルト王国首都王宮――王子の妃のための離宮、その寝室。そう、私はこの国の第二王子であるルシオ殿下の妃になった――

 ……なんて、そんなうまい話が転がっているはずもなく。

 しかし、妃の寝室ではないけれど、ここは確かに新しい部屋。寝ぼけた頭で、ここに至るまでの経緯を思い出してみる。

 全てはフランシスカ王女殿下の誕生パーティの夜、私の身の程知らずの図々しい一言から始まった。




「私を、殿下の妃にして頂きたいのです」


 案の定、王子は絶句して、しばらくの間固まって動かなかった。

 そして私はいつものように、後から自分のしでかしたことの意味に気づく。


 ――わ、私、……!


 遅すぎる後悔。沈黙が続けば続くほど、私は死にたくなった。ていうか、消えたい。消してください。

 よくよく考えれば考えるほど自分の図々しさに背筋が凍る。そもそも私は王子に婚約を破棄された身。しかも実家は没落しつつあり、王家にとって婚姻がメリットになることはない。むしろイメージダウンだ。

 少し考えれば分かる。私が王子と結婚できるなんてことはありえないと。


「あの……」

「は、はいっ……」


 王子がようやく口を開いたとき、私は自分でも驚くくらいに大袈裟に震えた。

 いかに王子が優しく誠実な紳士でも、最低でも鼻で笑われるくらいは覚悟した。身の程知らずと言って罵られるくらいが当然の反応だと思った。

 ――けれど、王子の反応はそのどちらでもなかった。


「前に話したから貴女はご存じと思うが、私には女性を幸せにすることができない。だから申し訳ないが、妃にお迎えすることも叶わない」


 丁寧な言葉で諭すように言われて、その困ったような、申し訳そうな瞳を見つめ返すことができなかった。

 多分これは、王子の心からの気持ち。私はようやく王子の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかったことに気がついた。

 王子は男色家だ。しかもおそらく女性という存在を苦手にしていると思われるのに、妃にしろだなんて無茶な要求にもほどがある。


「……ごめんなさい」


 その声は、ひどくかすれた。

 王子は、そんな私を見て首をかしげる。


「何故、貴女が謝るのですか? お詫びしなければならないのは、私のほうだ。せっかく頼って頂いたのに、望みを叶えて差し上げられそうにない」


 違います。殿下のせいではありません――そう言いたいのに、言葉が上手く出てこない。

 悪いのは全面的に私の方なのに、王子の心底申し訳なさそうな顔を見ると、胸がしめつけられるように苦しくなって。

 そうしている間に、人のよい王子は更に言った。


「しかし……これは貴女の意思ではないだろう? 何か事情があるのでは?」

「事情……」

「よければ、話してくれないだろうか」


 心配でたまらない、と言っているような王子の瞳。その真剣な眼差しに一瞬だけ見惚れて、すぐに我に返る。


「でも……私」


 この人に甘える権利などあるだろうか。そもそも私は、この優しくて誠実な人に「同性愛者である」とかいう大嘘をついているドクズだというのに。


「話して欲しい。そうでなければ、私はここから動くことができない」

「……こ、困ります! それは!」


 どうやら王子は、私が話すまでここに居座ると言っている。

 ありえない。こんなところで夜明かしして、王子が風邪でもひいてしまったらどうするのだ。

 私は慌てて首を振ったが、王子は思った以上に頑なだった。


「ならば、話してくれなければ。私は貴女の力になりたいのだ。一体、何が?」


 私としては、王子が何故そんなことを言い出すのか分からず、ひたすら困惑するばかり。

 この王子なら本当にここで夜明かししかねない――結局は、そう思った私が折れることになる。


「……私は、他に家族を助ける方法を知らないのです」


 ブライトマン公爵家の窮地は皆が知るところではある。

 しかしそれは、あまりにも情けない告白だった。


「他には何もできません。ただ穀潰しとして迷惑をかけるくらいなら、せめて……と」


 能無しで、考えも浅い。笑われても仕方がない。

 けれども、王子が私を蔑むことは決してなかった。


「……何ができるか、決めるのは貴女ではない。それとも、誰かにそう言われたのかね?」


 黙って聞いていた王子が口を開いた時、真っ直ぐな視線が私をとらえる。


「い、いえ……」

「ならば、自分で自分の価値を否定するのはやめた方が良い。少なくとも私は、貴女に救われたのだから」


 ――違う、私は。殿下を救えるような人間じゃない。貴方は勘違いをしているだけ。


 私が誠実な人間であろうとするなら、この時に全てを打ち明けるべきだった。

 だけど私には言えなかった。それが自らの作り上げた偽りでも、まやかしでも――王子の言葉が、嬉しかったから。

 そして何も言えずに黙りこむ私に、王子は新たな救いの手を差しのべてくれた。


「しかし――もし、ご実家の負担になるのが心苦しいと言われるのならば、こういうのはどうだろう? たまたま王宮で人手が不足している部署を知っているのだが……」


 そう言った王子が紹介してくれたのは、王宮薬室の雑用係。

 こうして私は、生まれて初めて職を得て、王宮で働くことになったのである。




 目覚めたのは、王宮敷地内にある職員用の宿舎の一室。王子は通いでも良いと言ってくれたが、意を決して家を出ることにした。

 新しい部屋は、屋敷の自分の部屋よりはかなり小さく、質素だ。それだけでなく、今まで当たり前だと思ってきたものが、そうではなかったのだと気づかされることが多い。


 でも――多分、それでいいのだ。

 私はもう裕福で満ち足りていた公爵家の令嬢ではない。だから、変わらなければ。


 薬室での仕事は今日から始まる。

 外の世界とは、一体どんなものだろうか。

 期待と不安に胸を騒がせながら、私は朝の支度をする。


 願わくは、何かを――変えたいと思っている。

 能無しで役立たずのモニカ。私はいつか、変われるだろうか。

 ねぇ、マリーベル……あなたのように。

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