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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第1章
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7 運命を変える夜

「フランシスカ、こちらはレディ・モニカ。ブライトマン公爵家のご令嬢だ」

「お、お初にお目にかかります――モニカ・ブライトマンと申します。フランシスカ王女殿下、この度は十八歳のお誕生日、心よりお祝いを申し上げます」


 私は人生経験に乏しいから、こんな時どんな風に挨拶するのが正しいのか分からない。勉強してくればよかった、と悔やみながら王女の様子を窺うと、彼女はにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます、レディ・モニカ。お噂はかねがね聞き及んでおりました――社交界に名高いブライトマン三姉妹と」


 一瞬――王女が何を言っているのか分からなくて、困惑した。

 父のスキャンダルによって、公爵家の威信は地に落ちたと言ってもいい。王女がそれを知らないとは思えなかった。

 私の困惑を察したかのように、王女は苦笑する。


「いえ、ね。実際にご姉妹にお会いしたことがあるわけではないの。けれど、そう――知り合いに夜会狂いの男がいて。彼が言うには、ブライトマン公爵家のご令嬢たちはそれは美しい方々だったと聞かせるものだから、どんな方々だろうと思っていたの」

「はあ……」


 本気なのか、お世辞なのかの判断に困る。もしくは王女の知り合いとかいうその男の好みの問題なのか。

 確かにリディアもマリーベルも美しい方だと思う。だけど三姉妹と言うからには、私も含まれているのだろうか。

 自分では考えたこともなかった。今までに容姿を褒められた記憶はあまりない。かといって、貶された記憶もないけれど。


「だけど、噂に違わず可愛らしい方だわ。モニカさん、これからも兄の良いご友人でいてくださいね」


 やはりお世辞だろうとは思っても、なんだか舞い上がってしまう。

 この国の王女に生まれた女の子は、兄思いで優しくて、人当たりよく、おだても上手い……らしい。

 挨拶回りが残っているからと、招待客の中に舞い戻っていく王女の姿を見ながら、私の頭の中にはかつてのマリーベルの姿がよみがえる。

 思えば、あの子もそうだった。持っている者は何でも持っている。そういうものなのだ。


 この頃の私の頭の中は、いつでも言い訳でいっぱいだった。

 自分は彼女たちと違って、出来損ないのごみのようなものなのだからと、そう思いこんでいなければいけなかった。

 それは私を納得させるための、「理由」だったから。




 パーティーの途中、今日の主役であるフランシスカ王女から招待客たちへ向けての挨拶があった。そこでも彼女は一国の姫らしく堂々としていて、私はまたただ感心させられる。

 それからは来賓の紹介があって、何故か隣国セーヌ王国の大臣が挨拶をしていた。内容は月並みなことで、両国のさらなる友好と発展を願うとか、そんな感じ。

 王女の誕生パーティーに国賓を招くことが一般的なことなのかは分からない。でも、フランドルトとセーヌは昔から小競り合いが多くて、あまり友好的なムードではなかったような。

 だとしたら、何か政治的な思惑があるのかもしれない。一瞬そう思ったけれど、もともとここにいるのが場違いな私だ。遠い世界の話に興味を持っても仕方ないと、すぐに忘れて食事に没頭した。


 私をここに呼んだ張本人の王子は、彼を探して呼びにきたと思われる使いの者に何かを耳打ちされ、どこかへ行ってしまったきり戻らない。

 何人かの招待客と挨拶程度の会話はしたが、皆どこかよそよそしく、ますますこの場に居づらくなるだけだった。

 仕方ない。あんなスキャンダルがあった以上、こうなることは分かっていたはずだ。

 別にそれほど気にしているわけでもない。どうせもともと相手にされてもいなかったし。




 お腹が満腹になった頃、私はこっそり帰らせてもらうことにした。

 パーティーはまだ続いているし、王子に黙って去るのは少し気が引けたが、ここにいてももうすることがない。王女への挨拶も済み、王子への義理は十分に果たせたと思う。

 これからブライトマン公爵家は没落の一途を辿っていくだろう。こんな豪華なパーティーにはもう来ることもないだろうし、良い思い出になった。

 きっと王子にも王女にも、二度と会うことはない。

 素晴らしい人たちだった。私のようなクズが関わるには、申し訳ないくらい。




 お手洗いにでも行くふりをして、こっそりと広間を抜け出す。そんな私を見咎める者も当然なく、あっさりと帰路につける――はずだったのに。


「アデル、あなたまた夜会で女性を泣かせたのですってね」


 できるだけ人気のなさそうな出口を選んだのが間違いだった。どこかとげとげしい女性の声が響いた廊下には先客がいた。

 私はハッとして、思わず柱に身を隠してしまう。なんだが聞いてはいけない気がしたのに、そこから戻ることも進むこともできなかった。


「相変わらずお堅いんだな。だけどその話はしたくないって、伝わってなかったのかな。好きにさせろよ」


 アデルと呼ばれた男の声は、随分と軽薄に聞こえた。だけど、私を驚かせたのはそこではない。


「別に、フランシスカ――君に迷惑をかけたわけじゃない」

「そういう問題じゃないわ。寄ってきた女が気に入らなかったからって、もう少しやり方があるでしょう!」


 今日の主役であるはずのフランシスカ王女がそこにいて、謎(?)の男と言い争っている。

 しかも、アデルという男は王女に対してかなり気安い様子だった。その言い争いは、兄妹のそれか、そうでなければ痴話喧嘩のよう雰囲気にすら思える。

 だがそのどちらでもないはず。フランシスカ王女の兄はルシオ王子とオーガスタス王子の二人しかいないし、会話の内容からして恋人同士とも思えない。大体、王女は婚約が決まっているとルシオ王子が――……


「どうしてそう俺に構うんだ。最近君はおかしくないか? 顔を合わせれば文句ばかり――」

「あなたが女性に誠実なら、わたしは何も言わないわ」

「それがお節介だって言ってるんだよ。それに、こんな日くらい嘘でもにこにこしてたらどうだよ。俺は君の誕生日を祝いに来たってのに、こんなんじゃおめでとうも言えないじゃないか」

「それは――だって! でも」


 フランシスカ王女の言葉には、どこか熱がこもる。

 けれど、アデルの声はひたすらに冷めていた。


「もういいよ。俺はもう帰るから機嫌を直して。十八歳、おめでとう、フランシスカ」


 王女をその場に残して、アデルは立ち去ってしまった。

 お姫さまに対して、なんという不敬な男なのか……ある意味の尊敬と驚愕で固まっていると、王女が不意にこちらを見た。


「……あら」


 しまった、とは思ったものの、私は身を隠すのも忘れて立ち尽くす。

 そんな私に、王女は少し悲しげに微笑んだ。


「お恥ずかしいところを、見られてしまいましたわね」




 王女に「少し話を」と言われては、断れるわけがなかった。

 帰る気満々でいた私は、あえなく広間に連れ戻され、王女にバルコニーに誘われる。

 扉を閉めてしまえば、パーティーの喧騒からは一気に遮断され、私たちの他に息をする者がないほどの静かな夜だった。


「彼……アデルは、もともとは兄さまの乳兄弟で、わたしにとっても幼馴染みのような存在なのです。でも彼、昔から女癖が悪いから、それで最近はよく、喧嘩になってしまうのです」

「そうなのですか……」


 相槌をうった私に、王女は微笑む。


「だから、今日見たことは秘密にして下さいね。一国の王女があのような……はしたないことです。王族の恥は国家の恥――セーヌに侮られぬためにも」


 王女の瞳に迷いはなかった。彼女は王女として立派であろうとしている。幼い頃からそれが王族の役目であると教えられ、自覚を持って生きてきたんだろう――でも。なんだか、妙な感じ。まるで……


「それは、もちろん……けれど、出すぎたこととは思うのですが、あの……」

「なんでしょう?」

「殿下はあのお方のことが、お好きなのでは……?」


 瞬間、痛いほどの沈黙が流れる。

 言葉を失った王女を見て、しまったと思った。


「も、申し訳ございません――やっぱり今の、なしで――……!」


 また、やってしまった――! 思いついたことを何でも口にしてしまう私の悪癖。

 私は殴られる覚悟で、精一杯に頭を下げる。よく考えてみれば、王女がそんなことをするはずもなかったのだけれど。


「頭を上げてください。気にしておりませんから」

「で、でも……」

「つい、図星をつかれて驚いてしまっただけなの。あ、これも秘密にしてくださいね」

「え……?」


 こわごわと頭を上げると、王女はやっぱり笑っていた。


「彼に思いを伝えるつもりはございません。わたしは隣国セーヌに嫁ぐことが決まっている身。王女として、祖国を裏切るようなことは決していたしません……ですから、どうかご安心くださいね」


 そう言った瞳に憂いはなかった。

 それなのに、ひどく痛々しく感じたのは、何故だったのだろう――




 王女が広間に戻って行った後も、私は一人バルコニーから動けなかった。

 早く帰ろう、とは思うのだけれど、自分の中が激しく揺らいでいる気がして、どうしていいのか分からなくなる。

 王女には幼馴染みの思い人がいるという。けれども国のため、国民のため、心を殺してセーヌに嫁ぐのだ。

 元来、王族や貴族というものはそういうものであり、当たり前のことだ。私だって貴族の娘のはしくれ、そんなことくらい分かっている……つもりだった。


 恵まれている者が、何でも手に入れられると思うのは間違いだ。マリーベルや王女がたくさんのものを持っているのは、彼女たちがそうあろうと努力しているから。

 フランシスカ王女の王族としての誇りと覚悟――私はそれを今さっき、まざまざと見せつけられた。


 それは、ずっと私が目を背け続けてきたこと。

 知っている、本当は。私がクズなのは、クズに生まれたからじゃない。

 何もしてこなかったから。何も変えようとしなかったから。

 それに気づいたからって、今更何をどうしろというのか。それが分からないから、今までこうしてきたというのに。




「ああ、レディ・モニカ。ここにいらしたのか」


 不意に扉が開いて、ルシオ王子がバルコニーに顔を出す。


「あまり長く外におられると、お身体やしてしまう。よろしければ中に……」


 そこで王子は言葉を切る。私の顔を見て顔色を変えた。


「どうされた? ご気分が悪いのか?」


 よっぽどひどい顔をしていたのだろうか。王子が慌てて駆け寄ってくるので、私も焦った。


「な……なんでも、ないです。大丈夫、ですから」

「しかし……」

「少し、考えごとをしていたのです」


 自分がクズたる所以を思い知って、今更ながら凹んでいるとか――そこまでぶちまけられるほど、私はまだ開き直れてはいなかった。


「そうか――大した力もないが、私で役に立つことがあれば、何なりと言ってくれ。微力を尽くそう」


 多分、王子は公爵家のことを言っている。しかし父のスキャンダルのことに全く触れないのは、彼なりの気づかいなのだろう。

 公爵家が今、窮地に陥っているのは周知の事実。それは父の自業自得なのだから、ある意味仕方のないことではあるのだけれど。

 きっと――私という穀潰しが死のうが生きようが、公爵家の没落という運命は変えようがないことなのだと思う。


「……ならば殿下のお言葉に甘えて、一つお願いしてもよろしいでしょうか」

「もちろん、構わないが……」


 それは本当に咄嗟の思いつきだった。

 何もしてこなかった私が、今更何かを変えられるなんて思っていない。

 だけど家族のお荷物になるのは、もう嫌だった。その一心で、私はまたどうしようもないことを口走る。


「私を、殿下の妃にして頂きたいのです」

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