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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第1章
6/31

6 友人と妹

 彼に会ったのは一度きり、それも数ヵ月前のこと。正直に言って、かつて婚約者だった第二王子のことなど、全くと言っていいほどに忘れていた。

 これはもう二度と会うこともないだろう――と思っていたから、前触れなく届いた手紙の差出人を見た時には目を丸くした。

 しかも内容がただの手紙ではなく、王子の妹姫にあたるフランシスカ王女の誕生パーティーへの招待だったのだから更に驚く。

 「私の友人として、妹の誕生日を共に祝ってもらえれば嬉しい」と書き添えられたそれは、ひたすらに私を困惑させた。


 友人だなんて――王子は一体何を考えているのか。確かに先に言い出したのは私なのだが、こんな手紙が来るなんて思ってもみなかった。

 何より、父のスキャンダルがあった後だ。公爵家の評判が今どんなものか、王子が知らないはずがない。それなのにこんな手紙を寄越してくるなんて、まるで理解ができなかった。




「せっかくの招待だ。行ってきたらどうだ?」


 ただパーティに誘われたと告げた私に、兄は目を細めて言った。


「で、でも……このような時に」

「それはお前が気にすることじゃない。最近家にこもりきりだったじゃないか。若い娘が勿体ない」

 

 父のスキャンダルがあってから、兄は私の穀潰しライフに口を出さなくなった。多分それは、唯一の取り柄であった家柄に傷がついてしまって、相手を見つけるのが更に難しくなってしまったからだと思う。

 けれど、私を嫁がせたいという本心は変わっていないのだ。

 言外にそれを悟って、私は思わず口ごもる。


「よいのです。私など、別に……」

「そう言うな。今ならまだ、公爵家の令嬢として嫁がせてやれる。だが、この先は分からない……」

「……それほどに、状況は悪いのですか」


 愚問だと分かってはいた。それでも私は、なんとか兄の口から否定の言葉を聞きたかった。

 ――しかし、兄は私の問いには答えず、見たこともないような優しげな表情で微笑みかける。


「以前、結婚せず家にいるなら働けとお前に言ったな。それは取り消す。やはりお前は生まれながらの貴族の娘なのだ。苦労など似合わない」

「らしくありませんわ――お兄さま。一体どうしたのですか」


 どうしたか、なんて分かりきっていることを私はまたも口にする。

 父のスキャンダルがあってから、何もかもが悪くなる一方だ。それでもただ家にいるだけの私などはまだましな方で、騎士団に所属する兄は毎日を針のむしろのような場所で過ごしているに違いないというのに。


「モニカ、頼むよ。お前は幸せになるんだ」


 兄はまた笑った。そんな弱々しい顔をされては、私は何も言えなくなる。




 王子の手紙には、「急なことなので、都合が悪ければ断ってくれて構わない」とも書いてあり、まるで逃げ道を用意してくれているようにさえ思えた。

 しかし結局、私は兄に説得されてフランシスカ王女の誕生パーティーに出席することなる。

 これは兄のため。私には結婚など無理なのだと、諦めてもらうため。だから、きっとこれで最後にする。華のように着飾って、夜会に赴くのだってタダじゃないのだから。


 パーティーの日、王宮に向かう馬車の中で私の気分は憂鬱だった。

 あと何年、ブライトマン公爵家は貴族としての体面を保てるだろうか――そう考えると思わずため息が出た。ずっと考えないようにしてきたことが、頭をもたげて囁きかける。


 もはや穀潰しだなんて冗談にもならない。――「モニカわたしは正真正銘のお荷物」




 馬車を降りると、そこには眩しいまでにきらびやかな世界が待っていた。

 それもそう、今日のパーティーは今までに出席したそこらの舞踏会などとはわけが違う。一国の王女の誕生パーティは、国王をはじめとする国の要人が集まる場だ。

 肩書きは公爵令嬢とはいえ、王女と面識もない私には、本来なら場違いも甚だしいというもの。


 大きな広間には、既に沢山の人々が集まっている。

 しかし、普段の舞踏会とは違い、着飾った令嬢たちは少ない。どうやら、招待されているのは貴族の中でも、限られた身分の者のようだった。

 私は余計に肩身が狭くなるのを感じたが、表だって陰口を叩くような声は聞こえなくて、少しだけほっとする。それでも、多少の視線は感じたけれど。


 居心地の悪さを飲み物で紛らす。とりあえず私を招待した王子を見つけなければ……と考えていた時だった。


「……レディ・モニカ? ああ、やっぱりそうだ」


 軽く手を上げた身なりの立派な青年が、彼方からこちらへ近づいてくる。

 安堵と諦めが入り交じったような複雑な気分で、私はついに覚悟を決めた。

 招待してくれた王子のためにも、今日くらいは立派な令嬢でいよう。どうせこれが最後なんだから。


「ご無沙汰しておりました、殿下。本日はお招きにあずかり、誠に光栄でございます」


 精一杯の気力を振り絞って、自然な笑みで応えてみせる。

 だから――ルシオ王子が驚いたように目を見開いた時、私は自分の仕草がどこかおかしかったのかと思った。


「……あの、何か失礼を致しましたでしょうか?」

「い、いや――そうではない。こちらこそ、また会えて嬉しい。それに、お元気そうで――よかった」


 窺うように言うと、王子は我に返ったように言葉を続けた。


「そのような……私などには勿体ないお言葉です」


 もしかして王子は、父のスキャンダルを気にして私を励まそうと、今日のパーティーに誘ってくれたのだろうか。

 そんなことを考えながら私はまた笑った。

 だけどなんだか腑に落ちない。これは妹姫の大切なパーティーなのに、スキャンダルの記憶も消え去らぬ公爵家の令嬢を呼ぶ? 私なら、呼ばない。

 しかしその疑問の答えは、わりとすぐに明らかになった。




「今日は貴女を妹に紹介したくてお招きした。宜しいだろうか?」


 再会してまもなく、王子は思わぬところに変化球を投げ込んできた。

 私は思わず「はあ?」と令嬢らしからぬ声を上げそうになるのを必死で飲み込んだ。

 だって、私を王女に紹介するために? 何故?


「もっ、もちろん友人としてだ」


 私が勘違いすると思ったのか、王子は何かを否定するように慌ててつけ加える。

 正直、呆気に取られて勘違いする間もなかった。ていうか、なおさらわけが分からない。

 なんだ、その、この国の王族には友人ができたらいちいち妹に紹介しなければならない掟でもあるのか。


「その……お気持ちは嬉しいのですが、本当に私でよかったのですか?」

「信じられないかもしれないが、貴女と出会った舞踏会の日、私は貴女の言葉に大変に勇気づけられた。感謝しているんだ――おかげで、また前を向くことができたから」


 前を向く――と王子は言った。

 確かに今日の彼は、前に会った時とは随分印象が違う。あの日の王子は自分が男色家であることに常に引け目を感じていた。

 でも、今日ははつらつとして顔色もよい。あの時とは別人みたいに。


「いつも心配させていた妹をせめて安心させてやりたい。フランシスカが――心置きなく嫁げるように」

「……え?」


 フランシスカ王女は十八歳。適齢期でもあるし、十代のうちに結婚する娘が多いこの国では早いほうでもない。

 でも、そんな話は聞いたことがない――と首をかしげた私に、王子は声を落として言った。


「実は――内々ではもう婚約が決まっている。公な発表はまだ先になるが」

「そう……なのですか」

「それに、貴女の話をしたら、妹の方が是非に会いたいと言って。だから、貴女は何も気にせずにいればよい」


 王女の誕生パーティーに来たからには、当然挨拶に伺うつもりはあった。けれど、ここまで言われたからには、何がなんでも会わないわけにはいかないだろう。

 私はもういっそどうにでもなれ、という気分で、王子と共に王女のもとへ向かった。




 今の国王には、三人の子供がいる。第一王子オーガスタス、第二王子ルシオ、そして第一王女フランシスカである。

 フランシスカ王女は、現国王にとっては遅くできた子供であり、唯一の娘。王女が幼い頃から国王の溺愛ぶりが度々噂になるほどであったことを思えば、この誕生パーティーの豪勢さにも納得がいく。

 生まれた時から貴族の令嬢として暮らしてきた私でも、住む世界が違うと感じる。同時に、こんな場で平然としているルシオ王子もまた、文字通り雲の上の人なのだ――と思った。


 当然ながら、そんな殿上人に(引きこもりの穀潰し)公爵令嬢が面識を得る機会などあるはずもなく。

 けれども私には、一目見た瞬間彼女がそうだとすぐに分かった。

 ルシオ王子の視線の先、招待客と談笑する少女。彼女は主役に相応しい堂々とした振舞いで、誰よりも輝いて見えたから。


 遠巻きに見つめる――というよりは、見惚れていたのかもしれない。

 フランシスカ王女はパーティーの主役という大役を粛々とこなしていた。おしとやかで、つつましく、でも頬には笑みを絶やさない。年齢でいえば、私よりも歳下の女の子にすぎないのに、大した違いだ。

 そんなことを思いながら、呑気に感心していると、不意に視線が交わった――ような気がした。

 次の瞬間、王女の顔がパッとほころぶ。そして――


「兄さま!」


 想像していたよりも甲高く、幼い声だった。

 多分、王女は私のすぐ隣にいるルシオ王子を見ていたのだ。真っ先に王子の元へと駆け寄る王女を見てそう思った。


「遅いわ、ずっと待っていましたのに」

「ああ、すまない。ちょっと彼女を探していて」

「彼女って――? あっ」


 そこでようやく、王女は私の存在に気づく。


「――失礼を致しました。まさか兄さまが、女性を連れていらっしゃるなんて思わなくて」


 王女は恥じるように顔を少し赤らめながら、私の方に向き合って微笑んだ。その言葉に嫌みはなく、むしろ年相応の無邪気さを感じて好ましい。

 しかし、聞いていた王子はどこか渋い顔をした。


「前に話しておいただろう?」

「だって、まさか女の方だなんて思わないわ。ね、早く紹介してちょうだい!」


 いつしか王女は目を輝かせて私を見ていた。

 王女に急かされた王子が、苦笑を浮かべながら私に言う。


「騒々しい娘で申し訳ない。妹のフランシスカだ」

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