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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第1章
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4 穀潰しメンタリティ

「友人……ですか?」


 明らかに困惑した王子の声に、私はようやく我に返る。

 何を、何を言ってるんだ、私は。相手は王子だ、王族だ。公爵令嬢ごときがお友達って、生意気にも程がある。

 しかし、炸裂してしまった自分の悪癖を、今更冗談ですと取り下げることもできなくて、私は更に深みにはまり続けていく。


「そうです。お互い、世間では肩身の狭い身。悩み事など、相談しあえる仲になれるのではないでしょうか」

「し、しかし……私は、貴女を傷つけてしまった人間だ。そんな虫のよいことが許されるとは……」

「構いませんわ。殿下の誠実なお人柄はよく分かりました。婚約の件は、もう気にしておりません」


 やけに饒舌に口が動く。他人が自分の口を動かしているのかと思うほどに、するすると言葉が出る。

 誰か私を止めてくれ――そう思った。しかし、バルコニーには王子と私、たった二人だけ。そんな願いが届くはずもない。

 王子はずっと、どうしたらいいのか分からないという顔で私を見つめていた。けれどしばらくの後、観念したかのように王子の表情が緩んだ。


「……貴女は本当に優しい人だな」


 王子は微笑んでいたが、その横顔は何故か寂しげにも思えた。


「私は女性に触れることもままならぬ男だが、こうして時々話し相手になってくれると嬉しい」


 おそらく王子は、私の突拍子もない申し出を無下にすることもできず、社交辞令的にこたえてくれたのだろう。彼と過ごしたのはほんの短い間だが、その優しく誠実な人柄は十分に分かったから。


「光栄でございます。私などでよければ、いつなりと」


 もはや今更引き返せない私は、白々しい言葉を紡ぎながら、とりあえずは安堵した。大事に至らなくてよかった――と。

 だって王子は最悪、私を無礼者と言って、夜会から叩き出すことすらできたのに。彼は、最後まで紳士的だった。




 夜会がお開きになり、王子と別れて、帰路につく。帰りの馬車中で、何故かチクチクと胸が痛むのを感じた。

 この胸の痛みがなんなのかは、考えないようにした。考えたって、いいことがないし。


「お帰りなさい、モニカ。夜会に行っていたんですって? どうだったの?」


 家に戻るやいなや、矢継ぎ早な質問を浴びせて出迎えたのは、里帰り中の姉リディアだった。

 一瞬、何と答えたものかと悩んで、私は短く言った。


「楽しかったわ。リディアお姉さま」

「まあ!」


 私の言葉に、リディアは嬉しそうにして、夜会での話を詳しく聞きたがった。

 けれども、夜会での出来事など正直に話すわけにはいかない。私は結局、曖昧な答えに終始するしかなく、リディアが望むような話を聞かせることはできなかった。


「素敵な殿方がいらっしゃったのなら、お父さまとお兄さまに相談するのよ? きっと良いようにして下さるから。ねぇ、分かった?」


 私は「はい」と言って頷くと、挨拶もそこそこに、早々に自室へと戻る。リディアまだまだ聞き足りないと不満げだったが、まともに付き合っていてはこちらの身がもたない。

 うっかり、王子とのやりとりを話そうものなら、一体どうなってしまうのやら。不敬だと言って怒られる? それならまだ、いい。

 この家の女――母も姉も、噂話が大好きなのだ。翌日には親戚中に噂が広まっているに違いなかった。




 見慣れた自室へ戻り、いつもメイドがふかふかに整えてくれるベッドに身体を横たえる。ようやく長い一日が終わった、と私は安堵しながら目を閉じた。

 けれども、何故か胸のチクチクとした痛みはいつまでも消えてくれない。そればかりか、考えれば考えるほどそれは増していくようだった。


 ――こんな時、マリーベルがいたら。


 まどろみの中で、死んだ妹のことを思い出した。

 清く、正しくを絵にかいたような子。それでいて、誰にでも分け隔てなく優しく、誰からも好かれる。その上で、教師を感嘆させるほどの秀才だった。私には遠すぎて、妬むことすらないほどに。

 天は二物を与えず、なんて嘘。マリーベルは二物どころか三物、四物レベルで神に愛された。

 けれど、あの子は死んでしまった。

 神は、マリーベルに寿命だけは与えなかった。……どうして? 不条理じゃないか。

 私はそんなことを思いながら、次第に眠りへと落ちた。




 年の近い私とマリーベルは、幼い頃から二人でよく遊んだ。屋敷の裏庭で、厨房に忍び込んで、使用人の目を盗んで抜け出して。

 だけどいつの頃からか、マリーベルは私の遊びには付き合わなくなった。女のくせにと言われても、誰よりも勉学に励み、令嬢としての所作を身につけ、姉である私をたしなめるようになった。

 今となっては、それすらも懐かしい。母よりも母らしい妹の苦言も、私を心配そうに見つめる眼差しも、もうないものだから。

 だから、今は無人となったマリーベルの部屋で、あの子がベッドに腰かけているのを見た時、私はこれが夢だとすぐに分かった。


「モニカお姉さま、どうなさったの? そんなに浮かない顔をして」


 私を見つけると、マリーベルはふわりと微笑んだ。そこには病による陰りなど、微塵も見られず、元気そのものに見えた。

 マリーベルは突然に倒れたから、私は妹がやつれ痩せ細った姿など知らないのだ。記憶の中の妹は、いつでも壮健だった。


「……どうして、あなたは」

「人は死ぬものです、お姉さま。ただそれが早いか、遅いかだけ」


 夢だからだろう。マリーベルは私の言葉を察して、すぐさま答えを与えた。

 けれど、察しのいいところも生前にそっくりで、尚更胸が痛む。


「今日――あなたと結婚するはずだったルシオ殿下とお会いしたのよ」

「そう、ですか」


 ルシオ王子は本来マリーベルと婚約するはずだった。けれど、その名を聞いても、妹は顔色一つ変えなかった。

 これも夢だからなのか、それとも。


「帰ってから、なんだか胸が痛いの。まるで私を責めるように。どうして? どうしたらいいの?」


 そう簡単にはくよくよしないところ。出来損ないと陰口を叩かれても、すぐに開き直って逆に居直るところが私の持ち味だったはずだった。

 けれども変だ。夢の中の私は随分弱気だった。これは――あの王子と会ったからなのだろうか。

 男色家の王子――それだけを見れば聞こえが悪いが、同性愛に対して風当たりが強い世で、正直に婚約破棄の理由を話すほどの誠実な人柄。

 それだけじゃない。大嘘ついた私を信じ、優しい人だと言って、あまつさえ微笑みかけてくれた。

 なんてお心の広い方なのだろうと思う。クズでどうしようもない私ですら、王子には尊敬の念を覚えざるを得ない。


「どうすれば良いかは、ご自身が一番よく分かっているはずですわ」


 縋るように言った私に、マリーベルはクスクスと笑った。


「その痛みは、罪悪感というものです。お姉さま」

「罪悪、感……?」


 マリーベルの言葉をなぞるように呟いた。

 夢はそこで途切れた。


 目覚めた時、窓の外は既に明るくなっていた。

 まだ完全には覚めぬ頭で自分の姿を見下ろして、寝衣に着替えることなく眠ってしまったことに気づく。

 早く誤魔化さなければ……いい年をしてはしたないと怒られてしまう、とぼんやりとした頭で思った。




 男色家の王子との出会いは、私に少なからずショックを与えた。それは、単に元婚約者が同性愛者だったということだけではない。

 しかし、私はまたも考えないようにした。

 確かに王子は素晴らしい人だけれど、それはそれ。私には関係ない。


 腐った性根というものは、中々に厄介なもので、私はこの時になっても、自らを改めようなどという気はさらさらなかった。

 公爵家の穀潰し上等。今後もこの生活を続けるためには、兄を納得させるだけの婚活実績が必要だと思った。

 そして自らの悪癖を省みることもせず、王子と友人になっておけば、婚活のアリバイ作りに役に立つかもしれないなどと考える始末である。

 しかし――その後何度か夜会に出席しても、ルシオ王子に会うことは二度となかった。


 ――まあ所詮、社交辞令だし。


 私はそれほど深くは考えなかった。

 一方で、アリバイ婚活作戦はそれなりに上手くいった。何度か兄からいい人はいないのかとせっつかれたが、のらりくらりとかわし続ける。その甲斐もあり、全ては私の目論み通りに事が運ぶと思われたが――……


 ある日唐突に、ブライトマン公爵家を一族始まって以来の大スキャンダルが襲った。

 そして、それは私という穀潰しの運命を大きく変えることになる。

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