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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第3章
16/31

16 宴のはじまり

 翌日、薬室には午前だけ顔を出した。オーガスタス王子の婚約披露パーティーは夕刻からなので、午後は全力でパーティーへ出席する準備にあてる。主に私と言うよりは、リディアが……だが。

 彼女に言われるままに着飾って、私たちは王宮へ向かった。

 久しぶりのドレスはなんだか肩が凝る。それでも、リディアが「完璧だわ」と言って満足そうにしていたから、それでよしとすることにした。




 今回のパーティーの規模は、以前に出席したフランシスカ王女のものとは比べ物にならない。王宮で一番大きい広間が、招待客でごった返していた。

 それはちょうど、こんな中で私はルシオ王子を見つけられるだろうか、と少々気が遠くなった時のこと。


「お前たち」


 どこか懐かしい声に振り返る。先に声を上げたのは、隣にいた姉だった。


「まあ、お兄さま!」


 人混みの中、私たちを見つけて近づいて来たのは、ブライトマン公爵家当主代理を務める兄だ。


「お久しぶりでございます、お兄さま」

「ああ、元気そうで何よりだ。二人とも」

「……お兄さまこそ」


 以前と変わらぬ快活な笑みを向けてくる兄に、私も微笑み返す。

 実家を離れてから、手紙では幾度かやりとりはしている。しかし、実際に会うのは久しぶりで、兄が少しだけ痩せたように見えるのが気になった。

 ブライトマン公爵家については、最近では良い噂も悪い噂もあまり聞かない。父のスキャンダルが人々の記憶から薄れてきているのは良いのだが、状況が分からないのはそれはそれで心配である。手紙には、悪いことは何も書いていないから。


「心配するな。父上も母上もお元気でいらっしゃる。今日は私が代理だが、臥せっておられるわけではないから安心しろ」

「そうですか……」

「それより、頑張っているそうだな。労働に勤しむばかりなのは、貴族の娘どうかと思うが、お前らしいといえば、らしい。しかし、このままでいいのか?」

「と、言いますと」


 兄の難しい顔。言いたいことはなんとなく分かった。


「縁談のことだ」


 兄の口からその言葉が出て、私自身がとうの昔に諦めてしまったものを、彼はまだ諦めていなかったのだと知る。


「今からでも相手を探すことは十分にできる。お前さえよければ――」

「いいえ、お兄さま。公爵家を出た時より、私の身分はないものと思っております。ですから、お兄さまが望まれるような貴族の殿方とは結婚などできませんわ」


 我ながら支離滅裂なことを言ったと思う。確かに今は貴族の令嬢のような暮らしはしていないが、それでも城下の民と比べればよほど裕福で恵まれているだろう。

 そして身分はないと言いつつも、このパーティーに出席できるのは私の生まれによるものだし、ルシオ王子と友人でいられるのも私が公爵令嬢だから――そんなことは、分かっていた。

 しかし、兄の次の言葉は、あまりにも予想外のことだった。


「平民に好いた男がいるのならばそれでも良い。今さら、お前に公爵家の重荷を背負わせるつもりは毛頭ない。もしかして、既にそのような相手がいるのか?」

「まあ、そうなの? モニカ」


 リディアも驚いた顔で私の方を見る。

 正直、焦った。


「そっ――そういう意味ではございません!」

「……そうなのか、なんだ」

「せっかく面白い話が聞けるのかと思いましたのに」


 慌てて否定すると、兄も姉も残念そうに顔を見合わせて、私としては複雑な気分になる。


「しかし……働けと言えば、諦めて結婚するかと思いきや、まさか本当に働き始めるとはな。お前はいつも、私の予想の斜め上をいく。お前が嫌だと言うなら、今はその意思を尊重しよう。気が変わればいつでも連絡してくるといい」


 公爵家の娘として生まれれば、普通は家のためにそれなりの家へ嫁ぐ。それをしない私を許してもらえるのは、本当に稀なことだ。

 平民でも構わない――とまで言うあたり、おそらく兄は結婚は女が幸せに生きていくために不可欠なものと考えているのだろう。そうまでして、私の幸せを考えてくれているのは、ありがたいことだけれど。

 女の幸せは結婚なのだろうか。それを否定するつもりはないけれど、今の私にとっては違う気がする。

 ――だから、その言葉は本当に自然とこぼれた。


「ご期待に添えず申し訳ございません、お兄さま、お姉さま。けれど私が嫁ぐことは、当分の間ないと思いますわ。今の生活が楽しいし、とても充実しておりますの。それに結婚をしたら、おそらく薬室も辞めることになります。それでは、殿下のお側にいられなくなってしまいますでしょう?」


 兄と姉の前で素直な気持ちを率直に言うことができ、私はいっそ得意気な気分だった。

 それなのに、二人は何故か再び顔を見合せる。


「モニカ……」


 遠慮がちに口を開いたリディアは、どこか神妙な面持ちだった。

 まるで、私が妙なことを言った……みたいな。


「それは、ルシオ殿下をお慕いしているということかしら?」

「? ……もちろん、とても尊敬しております。素晴らしい方ですもの」


 お慕い……? それはどういう意味だっけ――思考の彼方でぼんやりと思ったが、私は深く考えずに頷いた。王子のことを好ましく思っているか、いないかで言えば、間違いなく好ましい。当然だと思った。


「モニカ、私が言っているのは、そういう意味ではないのよ――」


 けれど、リディアは私の答えに何故か首を振る。

 言葉の解釈が食い違っている? そう首をかしげた時のことだった。


「――モニカ、良かった。やっと見つけた」


 それはパーティーの喧騒の中でも、はっきりと私の耳に届いた。男性の低い声――でも、兄のものとは違うとすぐにわかる。それほど何度も、私は彼の側で聞いたから。


「殿下……」


 小さな呟きのような声がもれる。この人混みの中、まさか見つけてもらえるとは思わなかった。何かと忙しいだろうに、わざわざ側にきてくれるとも思っていなかった。


「しばらくぶりであるな。すまない――兄上から君をエスコートするよう言われていたのだが、遅れてしまって」

「え――ええっと……私」


 オーガスタス王子に言われて――ということはやはりあれは冗談ではなかったのだ、と今さらながら気づいて焦る。

 更に混乱するのは、それを王子が事も無げに言ってのけたことだ。


「宿舎に迎えに行ったのだが、すれ違いになってしまったようだ。随分早くに出ていたんだな」


 そう言った王子は、少し悲しげに笑った。

 私はもう何が何だか分からず、「すみません」と小さく呟いて――ここに、兄と姉がいたことを思い出した。


 ――そうだ、紹介だ。ご紹介しなければ!


「ご紹介が遅れました、殿下。私の兄と姉でございます。お兄さま、お姉さま、こちらが私がいつもお世話になっております、ルシオ・フランドルト王子殿下ですわ」

「お初にお目にかかります――妹がいつも――」


 兄が王子と握手をかわすのを見ながら、私はとりあえずほっとした。しかしながら、なんとか王子を無事に紹介でき、一仕事を終えた気分――なんていうのは、ほんのつかの間のことだった。


「では、モニカまた後でな」

「しっかりやるのよ」


 王子との形式的な挨拶を終えた兄と姉は、何故か私に一声かけると遠ざかっていく。私と王子を、その場に残して。


 ――な、なんで置いていくの!? お姉さま!


 心の叫びは、もちろん声にならなかった。とはいえ、二人が人混みの中に消えてしまった後ではどちらにしろ、遅い。

 私は兄と姉があえて私と王子を二人きりにしたのだと、理解せざるを得なかった。二人は絶対に何か勘違いをしている。気をきかせたつもりなのだろうが、余計なお世話でしかない。

 だって今日はリディアがいる、と安心していた私は、王子と二人きりになるなんて全く想定していなかったのだ。


「な、何かお飲みになりますか? 私、取って参ります!」


 一人で勝手に気まずくなった私は、とりあえず気を落ち着けようと王子から離れようとした――しかし。


「いい。それは給仕の仕事だ。生粋のお嬢さまのわりに、君は意外と働き者なのだな。とはいえ、人の仕事まではとってくれるな」


 王子は苦笑するように言った。それほど咎めるような感じでなかったけれど、恥ずかしさは拭えない。


「すみません……」

「いや。私も兄上に君のエスコートの話を言われたときは、正直面食らったんだ。若い男女が共にいれば、あらぬ噂がたつのは致し方ない。君が気にするなら、今日私は離れていよう」

「そんなことは……」


 どうやら王子は私の考えていることに気づいていた。私たち二人が男女の中に見られてしまうと――そういうことを気にしていると。


「だが、こうも考えてみないか。私たちのように異性とつがいになれぬ者は、この国では生き辛い。ならば君は今日、体裁を取り繕うために私を利用すれば良い。私も君を利用させてもらおう。もちろん君が私でよければ、だが」


 王子はおそらくこう言っている。

 今日はそういうふりをしておけばいい、と。


「もちろん……お相手が殿下で、不満があるはずがございません」

「そうだろうか? 君は心が広いほうだと思うな。そういう噂が流れてからは、影では私を避けようとする女性も少なくないから」


 自嘲するような王子は、あっけらかんとしていて、もう慣れたとでも言いたげだった。けれどもそうなるまでに、一体どれほど傷ついたというのだろう。


「……私をその辺の娘と一緒にして頂いては困ります。まさか私が、そんなことを気にすると思われていたとは心外ですわ。殿下は誰よりも大切な、私のお友達ですのに」


 少し拗ねたように茶化して言えば、王子は鷹揚に笑った。


「それは、光栄なことだ。今夜はよろしく頼む」




 私が気にしたのは、殿下と私が男女の仲のように見られてしまうことだけれど、それは私にとってのことではなかった。

 王子が――男色家である王子が、そういう視線を不快に思うのではないかと思ったのだ。しかもエスコートだなんて、女の肌にも触れられない王子が心配でしかない。

 もちろん、可能な限りはそういう機会を阻止するつもりでいるけれど――


 この時、オーガスタス王子の婚約披露パーティーはまだ始まったばかりで。

 どうかこの夜がつつがなく終わることを、私はただ祈っていた。

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