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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第3章
15/31

15 前夜

 王宮でのオーガスタス王子との邂逅から二日後の朝、私は自室に届けられた手紙を見て思わず息を吐いた。

 それは見たこともないくらい上質な紙に書かれていて、中身はオーガスタス王子とリリー・ブレシェルド嬢の婚約披露パーティーの招待状である。

 ルシオ王子は招待しない方が不自然だと言っていたけれど、本当にその通りになってしまうなんて……。しかも、オーガスタス王子直々の招待とあっては、急な体調不良でもない限り断れるはずもない。

 二人をお祝いしたくないわけではないのだ。ただ、なんというか……しかも、ルシオ王子と一緒に、なんて。冗談だと思いたい。

 だって、オーガスタス王子の言い方はまるで、私がルシオ王子のパートナーとして、と言っているように感じたから。そんなのは絶対に絶対に、あり得ないことなのだから。




「殿下なら、今日はいらっしゃらないんじゃないかしら。確か公務にご出席されているはずですよ」


 午前の勤務中、いつも王子がやって来る研究室の扉の方をチラチラと気にしているのを気づかれてしまったのだろうか。薬室長はどこか訳知り顔で私に微笑みかけた。


「そうでしたか……最近、多いですね」


 多少恥ずかしい気持ちにはなったが、あえて平静を装って答える。そうしなければ、更に余計な勘繰りをされてしまう気がした。


「以前は、公務でパーティーがあっても結構断られていたようだけれど、近頃はよく出席されるようになったというお話よ。王子殿下としてはとてもよい傾向とは思うけれど、少し寂しいわね」

「……そうですね」


 以前に比べて王子が研究室にいる時間が減ったような気がしていたが、そういうことだったのかと納得する。確かに、良い傾向ではある。一国の王子としての本分は、本来研究などではなく、国のための公務であるのだから……


「殿下に用事なら、手紙を書いておいたら? アデルさまに頼めば、きっと取り次いで下さるわよ」

「いえ、いいんです」


 私は薬室長の提案に首を振った。


「大したことではないですから」


 ただ――オーガスタス王子の婚約披露パーティーのことを話したかっただけだ。王子と共にと言われたからには、本人にも一応確かめておこうと思っただけだ。私がパートナーだなんて、冗談だと――彼の口から聞きたくて。

 そもそもが厚かましい勘違いのようなもの。私が王子のパートナーとしてパーティーに出席することなんてあり得ないし、改めて確かめる必要もないのだ。


 そうして結局、オーガスタス王子の婚約披露パーティーの日まで、ルシオ王子に会うことができなかった。

 そして憂鬱なパーティーに対して、どこか現実逃避をするように日々を過ごした私は、パーティーの前日の朝に届いた手紙によって一気に現実に引き戻されることとなる。

 差出人は結婚して実家を出ていた姉、リディア。内容は「今日の夕方にそちらへ着く」というもので、私は思わず目を白黒せざるを得なかった。




「モニカ! 久しぶりね!」


 手紙の通り、夕刻になってリディアは私の宿舎を訪ねてきた。供のものはいない――仮にもお嬢さま育ちの伯爵夫人が。


「お姉さま、お一人なのですか?」


 驚きつつもたずねれば、リディアはあっさりと答える。

 

「まさか。宿舎にいる皆さまの迷惑になってはいけないと思ったから、正門の前で私だけ別れたの。夫は先に王宮の方へ挨拶に行ってるわ」


 正門からこの宿舎までは、それほど単純な道でもない。それを供もつれずにやって来たとなれば、やはり意外だった。


「それでは、伯爵に後ほどご挨拶に伺わなければいけませんね」

「そんなの明日で良いわよ。どうせ皆集まるのだから」

「……皆?」


 思わず首を傾げた私に、リディアは言う。


「知らなかったの? お兄さまも明日いらっしゃるわよ。お父さまとお母さまは残念ながらこられなかったけれど……」


 他にも、母方の従妹姉妹や親類縁者が一堂に会するのだとリディアは言った。この時になって、私はようやくオーガスタス王子の婚約披露パーティーが、私の想像を超えた大きなものだと知る。貴族はほとんど招待されていると言ってもいいほどに。

 なんだ、結局……私はどのみち出席することを免れぬ運命だったのだ。


「なぁに、モニカったら浮かない顔ね。ああいう場所が得意でないのは知っているけれど、身構えるほどのことでもないわよ。どうせ、主役は私たちではないのだから」


 リディアはさすがというべきか、心を読んだかのようなことを言う。私の憂鬱などはお見通しらしい。

 私が曖昧に笑っていると、リディアは身を乗り出すように更に言った。


「ねぇ、それよりも明日はルシオ殿下にお目通りはかなうかしら? 是非ご挨拶がしたいのだけれど」

「――えっ!? で、殿下にですか!?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったので、リディアの視線が怪訝そうにこちらを向く。


「当然だわ。妹がお世話になっているんですもの。この部屋も王宮での仕事も、殿下がお世話して下さったのでしょう?」

「それは……そう、ですが」

「それとも、殿下は社交界を醜聞で賑わせたブライトマン家の血筋の者などとは、お会いになりたくないのかしら?」

「殿下はそのような方ではありません! 私はいつも、殿下によくして頂いているのです!」


 リディアの声に批判的な色が浮かんで、私は慌てて否定した。


「……そうよね。良い方なのだろうとは想像つくわ。あなたとの婚約を破棄したのだって、何か深い事情がおありだったのでしょうね」

「それは……」


 顔は笑っているのに、リディアの言葉はどこか刺がある。私の言うことを心から信じているようではない。

 私は別に王子と姉を会わせたくないわけではなかった。会えば王子の人柄は絶対に分かってもらえるはず――そう思うのに。


 ――怖い?


 いつからだろう。胸の中に、ずっと妙な気持ちが渦巻いている。

 私のことをルシオ王子の大切な人だと言った、オーガスタス王子の言葉がずっと頭を離れない。思い出す度に体温が上がってしまうような、そんな気持ち。

 オーガスタス王子に会ってから、結局ルシオ王子には会えないまま。正体不明の感情は、今も私の中で膨らみ続けている。

 怖いのは、姉と王子を会わせることではない。私が、王子と会うのが怖いのだ。


 会ったら、自分がどうなってしまうのか。

 この気持ちが、どうなってしまうのか。

 私は王子の前で、いつものように笑えるだろうか。


「難しいのなら、無理しなくてもいいのよ。モニカを困らせたかったわけじゃないの。それより王宮での仕事はどうなの? ちゃんとやれてる?」


 黙り込んでしまった私を気遣うように、リディアが明るく言った。おそらく、何かの事情があるのだろうと察してくれてのことだ――でも。


「いいえ、お姉さま。私も是非殿下をご紹介したいと思っていましたの。ただ……何分お忙しい方なので、殿下のご都合がよろしければ、ですが」

「……まあ、本当に? ありがとう、嬉しいわ」


 私の言葉に、リディアはパッと顔を輝かせた。

 ほら――これでよかったのだ。王子を紹介すれば、家族も喜ぶ。私だって、王子が素敵な人なのだと知って欲しいし、それであの王子が嫌な顔をするわけがない。

 一体何を臆しているのだろう。私はただ、王子を友人として紹介するだけだというのに。




 その夜、リディアは私の部屋に泊まった。そもそもベッドが一人用だし、伯爵夫人を泊められるような部屋でもないと、最初は断ったのだが、それでもいいからと言うので渋々に承諾したのだ。

 姉はよほど私のことを心配してくれていたらしい。こちらへ来てからの暮らしや仕事については、どんな話でも聞きたがったし、いつになく真剣に耳を傾けているようにも見えた。

 実家へは度々手紙を書いてはいたが、伯爵家へ嫁いでいた姉には特に近況を知らせてはいなかった。これほど気にかけてくれているとは思っていなかったので、私は少し申し訳なくなりながら、次は実家と姉の両方に手紙を書こうと決めた。


 せめて今夜はリディアを安心させたかった。私がこちらで上手くやっているのだと思ってもらえるように、たくさん話して聞かせた。


 それは多分――上手くいったと思う。

 ただ一つ、ルシオ王子のことだけは、上手く話せたか分からないけれど。

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