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もしも、王子様が  作者: ごまプ
第2章
13/31

13 とある王家の家庭事情

 私の同性愛者宣言には、アデルもさすがに面食らったふうだった。

 けれど、それもほんの一瞬のこと。「なるほど」と、呟くように言った彼が、私のことを特に蔑むように見ることはなかった。

 乳兄弟で側近であるからには、王子の性癖も知っているだろうし、こういったことには慣れているのかもしれない。


 そうは言っても――私はとうとう王子以外にもあの突拍子もない嘘をついてしまった。王子ならば、私の秘密をそうそう人に話したりはしないだろう。

 だがアデルは……彼が言いふらすとは思わないが、私のどうしようもない嘘は、いよいよ後戻りのできないところまで来てしまったようだ。

 こうなってしまったからには、この嘘を墓の中まで持っていくしかない。しかし、王子に本当のことを話して自らのクズっぷりをさらすことを思えば、それも悪くない気がしている。

 確かに女性に恋愛感情を持ったことはないけれど。かといって、今までに好きな男の人がいたことがあるわけでもないし。だから、全くの嘘ってわけでもないはずだ……きっと。




 ルシオ王子が再び元気な姿で研究室に姿を現したのは、私と会ってから数日後のことである。

 少し痩せたようには見えたが、引きずっていた足もすっかり癒えたようで、私はたいそうほっとした。


 オーガスタス第一王子の婚約が公に発表されたのは、ちょうど同じ頃のこと。お相手は、オーガスタス殿下の従妹にあたる侯爵令嬢だという。

 我が国とっては久々の慶事。城下も街も、国中が歓喜にわくさまを見て、私とルシオ王子の婚約が(周辺の者には周知のことだったとはいえ)、正式に披露される前で本当に良かったと思った。だってこんなに大勢の人から祝福されて別れたりしたら、いたたまれなくって仕方がない。

 とはいえ、今回の婚約を私は素直に祝福している。王太子殿下の婚約はこの国の明るいニュースに変わりはない。喜ばしい、普通に。

 確かに、心底何も引っかかるところがなかったわけではないけれど――例えば、オーガスタス王子の体調とか。けれどもそれが、私の踏み込むべき領域でないことくらい、さすがにわきまえている。だから、ルシオ王子に研究室で会った時は、ただ純粋に祝いの言葉を伝えた。お二人と面識のない私には、それくらいしかできなかったから。


「ありがとう、モニカ。兄上も、リリーさまも、お喜びになるだろう」


 王太子殿下の婚約者の名をリリー・ブレシェルドという。ブレシェルド侯爵家はこの国では結構知られた家らしいが、ひたすら部屋に引きこもる日々だった私には「あのブレシェルド家のご令嬢」と言われても、いまいちピンとこなかった。

 しかしながら、ルシオ王子は彼女と面識があるはずだ。リリーさま、とさらりと言った王子を見てふとそう思った。


「お相手のご令嬢は殿下の従妹だとか。残念ながら私は面識がないのですが、王太子妃になられるようなお方ですから、きっとお美しい方でしょうね。どんなお方なのですか?」


 いとこ同士なのだから、当然それなりの付き合いがあったはず――私の言葉には、暗にそんな前提が含まれていた。

 けれども、ルシオ王子は少し困ったような顔をした。


「ああ――そうだな。お綺麗な方だ。兄上とは幼馴染みのような間柄であるし、彼女は兄上にふさわしいと思うよ。しかし、彼女の人となりが知りたいのなら、君が直接お会いするほうがいい」


 王子は言ったが、王太子妃に直接なんて、私にそのような機会が巡ってくるとは思えなかった。

 けれどもそれ以上に、王子の言い回しを不可解に思う。


「――実のところ、私は彼女と挨拶以上の会話を交わしたことがないんだ」

「そう……なのですか?」


 王子が苦笑するように言ったのが意外で、思わず首をかしげる。それは何故か、王子をさらに困惑させたようだった。


「……わりと有名な話だと思っていたのだが」

「……え?」

「こういう話をあえてするのはどうかと思うが、薬室とはいえ、王宮で働く以上知っておくべきと思うから話しておく」

「はあ」


 話が全く見えない。

 そんな私に向かって意を決したように口を開いた王子の話は、私が予想だにしないものだった。


「私とフランシスカは、兄上とは母が違う――異母兄弟なんだ。前王妃はブレシェルド家の出で、兄上を産んで間もなく亡くなられた。私と妹は今の王妃の子で、なにかとしがらみがないとも言えない。まあ、端的に言えば我々とブレシェルド家は仲が良くない。我々というよりは、母の生家が、とも言えるが」


 そこまで言われて、ようやく王子の困った顔の意味が分かった。

 リリー・ブレシェルドさまは、オーガスタス王子の従妹ではあるけれど、母親が違うルシオ王子との血縁関係はない。それどころか、家同士は敵対関係にあるのだと。


「すみません――私、知らなくて――」

「気にするな。こういう背景があるということを、頭の片隅に入れておくだけでいい。別に私達同士はいがみ合っているわけではない。少なくとも、私は」

「でも……」

「リリーさまの人となりを、君自身の目で確かめてくるといい。ちょうど近々、お披露目のパーティーがあるだろう。いい機会なんじゃないか」

「いや、そんな、私なんてそもそも呼ばれないですし!」

「そうだろうか。君は身分ある貴族の令嬢であるし、王宮で働いているという縁もある。招待しない方が不自然だと思うが」


 当然のことのように発せられた王子の言葉に、私は内心落胆した。


「そういうものでしょうか」


 お断り……するのは、中々難しいのだろうなと思う。

 正直、パーティーはもうこりごりだった。貴族たちの集まりは、気疲れするばかりだ。婚約の披露というからには、今まで主席した夜会の趣旨とは違うのかもしれないけれど。

 もちろんそんなことが言えるはずもなく、私は取り繕ったように笑って、持ってきた茶を王子の机に置いた。


「話は変わるんですけれども……殿下」

「どうした? かしこまって」


 きょとんとして首をかしげた王子の手元には、たくさんの薬学書や医学書が広げられている。実際、王子は研究熱心であり、勉強熱心でもあった。

 特に先日の怪我から復帰した後は、前にも増して研究室にこもる時間が増えたような気がする。


「私は、何があっても殿下の味方です」

「急に何を……」

「王太子殿下のお薬を作りたいという殿下の思いを応援して差し上げたいと思っております。でも……同時に心配で仕方がないのです」


 王子が兄殿下のための薬を作ることに相当な思い入れがあるのは分かった。それ自体は素晴らしいことだし、友人として応援したいと思っている。

 けれどもそれは同時に、またあのようなことが起こる可能性があるということ。そんなのは耐えられない。あんな痛々しい姿の王子を、私は二度と見たくない。


「ですから、私を頼って頂けませんか。できることなどそう多くはないかもしれませんが、手伝わせてほしいのです。もちろん、雑用係の仕事もおろそかにはいたしませんから!」


 勢いよく言い放った後、王子の研究室にはしばらく沈黙が落ちた。

 まるで呆気に取られたかのような王子を見て、自分の言葉がそれほどおかしなものだったのだろうかと一気不安になる。


「どっ……どうかご検討くださいませ。では! 失礼いたします!」


 思わず逃げるように言い残して、王子が答える前に研究室を出た。

 大丈夫、これでいい。私は何も間違ってなどいない。王子は大切な友人なのだから、心配するのは当然のこと。

 多大なるご恩がある王子のために、私は友人としてできることをしよう――そう、決めたのだ。それだけのことなのに、何故か心臓が激しく脈打つ――

 研究室の扉の前で息を整えていると、通りかかった仕事中の薬師の一人と目が合った。


「ああ、モニカさん……お疲れさまです。……大丈夫ですか?」

「え? 何が、でしょう?」


 薬師が心配げな顔で私を見る。その違和感の理由は、すぐに分かった。


「お熱があるのでは? お顔が真っ赤でいらっしゃいますよ」

「――!」


 王子の研究室が暖かったから、少し火照ってしまったに違いない。気づけばそんな、わけの分からない言い訳をしていた。


 ――大丈夫だ。私は何も、間違えていないから。

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