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三章

それから俺はそこにいた異能者全員に挨拶をして回った。

実際はどうであれ、新しい集団に入ることになるのだから最初のうちくらいは友好的に接しておいた方が良いだろう。

話していて、そこにいたものたちは大きく三つに分けられることがわかった。

 一つはこの場のリーダーとともに戦場で功績を挙げて何とか地位なり名誉なりを掴もう、という者たち。その人数は全体の半分ぐらいで、ここでは一番多い。まあ、その中にもただ単に現実逃避しているやつと、あいつの口車に乗せられているやつの二通りがいるようだが。いずれにせよ無駄に自身満々で、こちらが聞かなくてもいろいろしゃべってくれるし、あろうことか自分の持っている異能を自慢げに見せ付けてくるやつもいた。そんなもの、他人に知られないに越したことはないだろうに。

次に多いのは現状から何とか逃げ出そうと模索している集団。ある意味俺に一番近い立ち位置のやつらかもしれない。隙を見て逃げ出そうとしているようだが、今のところは逃げ道は見つかっていないらしい。戦場で逃げることも視野に入れているようだが、あいにくと俺はそこまで待つつもりはなかった。

 三つ目は現状に絶望し、逃げる気力すら失った集団。いや、集団といえるような規模ではないし、そもそもお互いのつながりもほとんどなく部屋の中で散り散りになってぼーっとしているだけだ。すでにいろいろとあきらめてしまったらしく、俺が話しかけてもろくな反応は返ってこない。この部屋に集まっているのが奇跡的なくらい無気力だった。実際、自身の部屋から出ててこなくなり、あの貴族風の男に「見込み無し」ということで『処分』されてしまった異能者も少なからずいるらしい。そいつらがどうなったのか知っているものはいないようだが、まあ十中八九すでに殺されているだろう。

 部屋のなかを大まかに分けるとそんな感じだが、やはり戦場で功績を挙げようとする集団が一番発言権が強いようだ。それは、集団そのものが大きいこと、ここでのまとめ役がその集団を率いていることに加え、、強い異能を持っているものが多い、というのもあるようだ。当たり前の話だが戦場で活躍しようなんて考えるからには、自分の戦闘能力にそれなりの自信をもっているわけで、ここでは戦闘能力=異能の強さといっても過言ではない。実際、直接的な攻撃手段と成り得る異能を持っているものは軒並み第一の集団に入っているようだ。

となれば当然接触するのは第一の集団、と言いたいところだがここから逃げることが主な目的の俺にとってはそういうわけにもいかない。どんな場所でも力のある集団というのは目立ってしまうもので(力を見せ付けるために意図的にそうしている場合もある)、それは俺にとってはあまり好ましくない。

ここからの逃げ道を模索しているという点でも、第二の集団に適度に接触するのが最もいいだろう。ただし、その集団のことがどこまで帝国軍にばれているのかは分からないので、あくまで『適度に』だ。

情報収集と、さっきとは逆の理由で目立ってしまうことを考えると一人でいるという選択肢はなかった。

 と、まあそんなわけで話しかけようとしたのだが、残念ながらその後はすぐに軍人が部屋に戻るように言いに来て満足に話はできなかった。それぞれが決められた自分の部屋へと帰っていく。俺もその流れに従って仮初かりそめの自室へと帰ることにした。俺に割り当てられた部屋は少々奥まった場所にあるから俺が部屋に向かう間にも、他の連中が自分の部屋に入っていく様子を見ることができた。どうやら俺以外のやつらも一人につき一部屋が割り当てられているようだ。まあ、俺だけ特別扱いな訳もないから当たり前といえば当たり前だが、なんとも贅沢な話である。もっとも、それは俺がまだ知らないだけで異能者をあまりまとめて部屋に押し込むのはまずい事情とかがあったりするのかも知れないが。

こつこつと音を立てながら長い廊下を歩く。今履いている靴は随分前から履いている、俺自身の持ち物だった。とはいえ金を出して買ったものではなく盗んだものだが。路地裏はそこらじゅうに酒瓶の破片なんかが落ちてたりするからとてもじゃないが裸足では動き回れない。その靴も含めて、服装はそのうち支給されるとのことだった。別に気に入っていたわけじゃない、というか見た目に気を使う余裕なんてなかったから、ただで新しい服が手に入るというのは素直にありがたかった。

 思い入れがあった訳ではないが、この靴も歩き納めかなどと考えながら歩いていると、ふとどこからか視線を感じて俺は立ち止まった。先ほどまで唯一響いていた俺の足音がやんで辺りには静寂が満ちている。きょろきょろと辺りを見回すと、俺の左後ろの方、わずかに開いた扉から一対の瞳が覗いていた。何者かを考えるのに要した時間は一瞬だった。そんな行動を取るようなやつ、そしてその瞳の周囲の肌に無数に刻まれた傷跡とくれば明白。紛れもなくあの少女だ。何よりこの特徴的な瞳は忘れたくても忘れられない、強烈な負の感情に染まっている。その感情の矛先が俺ではないようなのが幸いだったが、例え誰に向けられたものであってもあまり見ていたいようなものではない。

 俺は少しの間どうするか――――――――無視してそのまま部屋に帰るか、それとも声をかけるかを考えて、結局は声かけることにした。確かに今すぐにでも立ち去ってしまいたい感情に駆られてはいたが、ここにいる間は何らかの形でかかわることにはなるだろう。ならば何の意図があってわざわざ俺を見ているのか早めに確かめておいたほうがいい。厄介ごとになりそうなら少しでも早く備えておいた方がいいし、俺自身としてもその瞳に込められた感情に興味はあった。憎しみでもなく悲しみでもなく怒りですらない様に見えるのにどうしてそんなにも負の感情が宿っているのか。いや、そこに込められた感情はいったい何なのか。気になって仕方がない。そんな無駄で不謹慎な好奇心が今まで厄介ごとを引き寄せてきたことには薄々気づいてはいたが、だからといって急に変えられるわけでもない。

「なんでさっきから俺のことを見ているんだ?」

ただただ疑問に思ったことを投げかけてみる。貴族出身だから俺みたいな貧者が珍しいのかと思ったが、あの場には似たような身分のやつらばかりだったからそれもないだろう。ただ単に新入りが珍しいだけかとも思ったが、他のやつらの話では目の前の少女は誰に対しても無関心で、少なくとも今までに新入りに興味を持っていたことはないらしい。だとすればここに来る前に会っていて、俺が思い出していないだけかとも考えたが、貴族と貧民では接点が無さ過ぎてその可能性は皆無といっていい。そもそもこれだけ目立つ姿をしているのに気づかないということはないだろう。

「…………………」

返ってきたのは沈黙だけだった。言葉が聞こえていない、あるいは返事ができないというふうには見えない。確かに顔は傷だらけだったが、その傷の大半は前面に集中しており首までは至っていないし耳まで届いている様でもない。

となると意図的にだんまりを決め込んでいることになるが、今の段階ではこれ以上どう話していいか俺にはわからなかった。会話を続けようにも話題となるようなものは両者の間にはないわけだし、相手のことを聞こうにもどこまで踏み込んでいいか分からない。この施設のことに関してでもよかったが、貴族という身分を考えると、この施設を管理している者とつながっている可能性も十分にある。叛意と取られるようなことを迂闊に話すわけにもいかない。長い間この施設にいるようなので抜道の一つでも知っているかもしれないが、それを聞き出すのはもうしばらくしてからになるだろう。

「あー、用がないなら俺はもう行くぞ?」

「…………。」

やはり反応はなく、じっとこちらを見ているだけなので俺はさっさと自分に割り当てられた部屋に戻ることにした。明日からの生活を考えると睡眠はしっかりとっておくに越したことはない。

「じゃあな。」

後ろ手に手を振って俺は背後に視線を感じたまま歩き出した。もちろん不意打ちに備えて、完全に気を抜くようなことはしなかったが。再び響きだした足音に混じってなにやら声が聞こえた気がしたが、聞き取ることはできなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 翌日、普段通り朝早くにおきた俺は、しばらく部屋の中をあれこれと調べた後兵士から受け取った朝食を食べた。パン二切れと少しの野菜や干し肉の入ったスープ、というなんとも質素な朝食だったがここに来る前の食事も大して変わらなかったから特に問題はなかった。むしろ少しとはいえ肉を口にできるだけ前よりましかも知れない。

中にはこれよりもさらにひどい環境だった者もいるようで、そういう面でもここから出ることに熱心ではない子供たちもそこそこいるようだ。

俺自身も盗みに何度も失敗したときなんかは二、三日何も口にしないようなこともあったからその気持ちも分からないではない。毎日確実に食事ができるということのありがたさは、俺らのような立場のものにとっては何より代え難いものだろう。しかし、それはあくまでも生きていたら、の話だ。

そもそも、命と安定した生活を天秤にかけれるようならば最初から軍に志願して末端の兵士として戦争に出ている。戦争中でとにかく人手が足りていないようなので、俺ぐらいの年齢から取り立ててもらえるし、どれだけ戦功を上げようと出世することはないが、従軍している間はまともな食事にありつける。

しかしながら適当に使い捨てられる立場なので、下手をすれば初戦で戦死することもありうる。死と隣りあわせの生活とはいっても、戦場の兵士と町の物乞いとでは訳が違う。

なのに目先の食事と、出世できるかも知れないというかすかな希望で意気揚々と戦場に行こうとしている連中の考えは俺には共感できない。俺らは魔法使いに対抗するための手段として戦場に送られるわけで、いくら異能という少し便利な力があっても何代にもわたって何百年と技術を積み上げてきている魔法使いと戦うのなんて真っ平ごめんだった。

手早く食事を済ませたあと、少しして呼びにきた兵士に付き従って昨日の広間へと再び足を踏み入れた。

一瞬視線が集中したが、すぐに自分の訓練に戻った。こんな場所だから新入りがくることに慣れているのだろう。

午前中はそのまま体力作りや武器の扱い方などを中心に、『異能者』ではなく『兵士』としての部分を鍛える訓練を行った。裏路地を散々走りまわっていたので体力と脚力にはそこそこ自信があったが、腕力や全体的な筋力は不足していたので正直なところかなりしんどかった。刃のついていない模造刀とはいえ、大きい鉄の塊を長時間にわたって振り回すのは想像以上につらかった。

しかし複数の兵士が部屋の中で見張っていたので露骨に手を抜くわけにもいかない。少なくとも問題のない一異能者として見られている必要があるからだ。

その兵士たちは時折訓練の内容を指示してくるが、それ以外では部屋の隅からじっとこちらを見ているだけだった。その指示にしても必要最低限のもので、こちらとはできるだけ係わり合いになりたくないような様子だった。

まあ、当然といえば当然かもしれない。こちらは俺も含めて異能者なんて訳の分からない存在で、おまけに昨日の話では簡単に人を殺せる異能も少なくないということだったから、もし俺が兵士の立場でも極力関わることは避けるだろう。

途中で昼ごはんを食べてから、午後は異能についての訓練だった。まあ、訓練とは言っても各々自分の異能を使うだけなんだが。これも俺にとっては少々つらい時間だった。何せ以前どうやって異能を使ったのか、自分でも理解できてないのだ。当然のことながら何度試してもあのときの現象を―――――虚空に炎を作り出すことを再現することはできなかった。

しかし、他の異能者やその場にいた兵士に聞いたところでは、俺みたいなケースは結構あるらしい。異能を自在に操れるようになるまでの時間には個人差があって、すぐに使いこなせる者もいれば、使いこなせるようになるまで何年もかかる者もいるらしい。

俺はどちらかというと後者のようだが、仮にすぐに使いこなせたとしてもしばらくは使えない振りをするつもりだったから、ある意味都合が良かった。演技というのはばれる可能性がある。特にここではそういう異能もないとは限らない。

周りを見渡してみても背中に翼の生えている者、冷気で訓練用の木偶を凍らせている者、どこからともなく現れては次の瞬間には別の場所にいるものなど、その異能は実に多種多様だった。

ただ、異能の大半は何かを作り出す、あるいは身体能力を強化するなど、物理的な作用をもたらすものが大半で目に見えないものに干渉するような異能もちはめったにいないらしい。

とはいってもその手の能力は発覚しづらいというだけ、という可能性も十二分にあるし、用心するに越したことはない。

 そのまま午後の時間は何とか異能を発動しようとしては失敗するというのを繰り返して終わった。あまりにも手ごたえがないのものだから、以前のことは何かの手違いで本当は俺に異能なんてないんじゃないかと思ってしまう。

しかし、無為に時間を費やした訳ではなくて、世間話を装って他の異能者と話をして、さまざまな情報を引き出すことができた。特に有用だったのはここにくる兵士についての情報で、何人ぐらいの兵士がいて、どれくらいのローテーションで見張りをしているのかなど、この施設の警備の状態について知ることができたのは非常に大きかった。もちろん自分で後から調べるつもりだったし、他人から得た情報なので自分でも後から確認してみるつもりではあるが、手間が大幅に省略できたのは確かだ。

さらには異能についての情報もある程度集まった。異能を使えないので使えるようになるためにいろいろ教えて欲しい、という口実で情報を聞きだすことができた。

それによると、まずさっきいったように現実に影響を与える異能が大半だということ。俺の異能も炎を生み出すものなのでこの大半のなかに含まれる。

次に異能はいくらでも使うことができるというものではないということ。魔法ほどではないにせよ集中力と、何より体力を消耗するので無制限に使えるものではないらしい。この消耗は異能が現実に与える影響が大きいほど顕著で、訓練中にがんばりすぎて衰弱死した異能者もいたらしい。ただ逆に現実には一切影響を与えないタイプの異能はほとんど消耗はないらしい。らしい、と推定ばかりだが他人から聞いただけの情報ということもあるし、何より異能者自身にとっても異能は未知の塊なのでしょうがないことといえた。これ以上の情報を得るには、あの男の部屋か、研究資料をまとめてある部屋でも見つけて忍び込むしかないだろう。

 そうこうしているうちに初日の訓練は終わりを告げた。異能の発動については何も得ることはなかったが、情報という点では多くを得ることができた一日だった。まあ、ここからの脱出を考える上ではそちらのほうが重要なので、ある意味良かったとも言える。

広間から自分の部屋へと帰る途中、視線を感じ振り返るとそこには昨日と同じように、傷だらけの少女の顔が覗いていた。そういえば今日の訓練の場でも、少女の姿が見当たらなかった。単に見落としていただけかとも思っていたが、彼女は訓練も免除されているようだ。

この場ではいろいろな部分で例外的な存在として扱われているのだろう。そんな存在が、いったい俺の何に興味を持ったのかは知らないが、少なくともこちらから無駄に干渉すべきではないだろう。

そう思い、その日は声をかけることなく自分の部屋へと戻った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それからの日々は概ね同じことの繰り返しだった。朝早くから訓練に参加し、その場で情報収集、その後は部屋に戻り脱出方法を考える、と。

異能に関しては少しずつ進歩はしたが、あくまでも少しずつであって、不安定ながらもようやくたいまつよりも小さい程度の炎が出せるようになっただけだった。

それよりも成長したのは接近戦の技術で、体術剣術ともにそこらへんの兵士と互角に戦えるようにはなったし、以前に比べて体力もついた。これは、この場所ではあまりにもすることがなかったから、いざというときのために部屋で体を鍛えていたというのもある。

また、この施設の顔ぶれも俺が入った当初から少し変化した。異能を十分に扱える様になったものから戦場へと送り出されているらしい。らしい、というのは俺にその話が来たことがないので、他人から得た情報ということだが、まあ間違った情報ではないだろう。俺が来たときにここでリーダーをしていたリーガンは、そのまま最初の実戦部隊の隊長として、戦場に出て行った。その後どうなったかは特に聞いてはいないが、異能自体も強力だったらしいしどこかで活躍しているんじゃないだろうか。

あの女にも相変わらず付きまとわれてはいたが、特に実害はないのでそのうち意識の外に追いやるようになった。俺の後に入ってきた異能者や、俺と同じ様に炎を扱う異能者に対しては特に反応していないので、俺自身に何かしら興味を引くようなものがあるんだろう。何度か何が気になるのか尋ねてみたが、返ってくるのは無言ばかりだったので事情を聞きだすのはあきらめた。俺に直接関わらない限りは無視していていいだろう。

ここから出る方法を探しながらも見つからず、気がつけば俺がこの施設に来てからもうすぐ三年になろうとしていた。

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