9.過去の話
現在、旧バロウ領はレヒテン領に併合されているけれど、そもそもバロウもレヒテンもそれぞれひとつの公国として存在していた。
この一帯にはバロウ、レヒテンの他にも大小様々な公国・侯国が存在しているけれど、いずれも五年ほど前にイエーラ王国と臣従関係になっていて、イエーラの南部に位置することからひっくるめて南イエーラ地方と呼ばれることが多い。
事件が起きたのは三年前、バロウ公のイエーラ国王に対する謀反が露見しバロウ公は処刑。
夫人は夫のあとを追うようにその三日後にこの世を去る。
公には五人の息子とひとりの娘がいたけれど、長男は謀反が露見するよりも少し前、公を狙って送り込まれた暗殺者から父を庇い死亡。
次男は何者かに毒殺され、三男は父親の代理として出かけた先で暴漢に襲われ死亡しており、五男はそれよりも二年前から消息不明で既に生きてはいないだろうといわれていた。
そして謀反露見後、四男は幽閉されたが、牢内で憤死。
ひとりの娘は謀反を未然に防いだ功労者マジェームの甥に嫁ぐことになったのだ。
――とヒルテリアは淡々と語った。
「こうして家は断絶。もちろんわたしはお父様が謀反を企てただなんて信じていなかったわ。けれど、いくらお父様がそんな事実はないと否定しても、謀反の証拠ばかりが次々と出てくる。どうしようもなかったのよ」
ヒルテリアがどこか遠くを見ながらぽつりと呟いた。
「ところがどっこい、実際には五男坊が生きてた、って?」
「ペールは昔から音楽が好きで、宮廷楽師たちから詩作や演奏を教えてもらっていたの。するとすぐに上手くなっちゃって、宮廷楽師に混ざってよく演奏していたわ。そして五年前――ペールが十三歳の時ね。突然、楽師として旅に出たい、っていい出したの」
「五男坊なんて、家に残っていたってなんの役にも立たないでしょう。自分で食べていくのなら音楽がいい、って思ったんです」
ペールがぶっきらぼうにいう。
「両親はそれをあっさり認めて送り出してしまうし、出て行った弟はそれきり一度も帰って来ないばかりか便りのひとつもよこさないしで、どれだけ心配したことか……」
ヒルテリアに恨めしい口調でいわれ、ペールはすみません、と小さく謝る。
「そう思うのなら、これまでどこでどうしていたのか話してちょうだい」
「近隣諸国を放浪しながら、雇ってもらえる宮廷があればそこに留まり、解雇されたらまた旅をする。それの繰り返しですよ。今日の朝まではレヒテンの宮廷楽師を名乗ることができましたが、今ではとっくに解雇されていることでしょう」
ヒルテリアに促されたペールは、五年間の放浪生活をざっくりと語った。
色々と端折りすぎな気がする、とリヒーナはジャムがたっぷりとのったビスケットを食べながら思う。
けれどペールが楽師だというのはすごく納得できる。
なんといっても、普通の人なら気づかない程度のヴィエルの雑さを、あっさり指摘してしまうくらいなのだから。
「レヒテン宮廷だって? くそ。俺だってこんなことになってなけりゃ、今頃はレヒテンで宮廷音楽家になってたはずなのによ」
ルッチェがぼやくけれど、いつものことなのでリヒーナは聞き流す。
ルッチェはいつか必ず宮廷音楽家になってやる、という野望を抱いているのだ。
リヒーナも、もちろんいつかは、と思っている。
けれどそれにはまだまだ時間がかかるだろうな、とも思うのだ。
「演奏の技術はともかく、その性格と身のこなしその他諸々じゃあ難しいだろうな」
「てめえさっきから黙って聞いてりゃあ――」
ルッチェが声を荒げる。
「あらまあ。ペールが他人の演奏を褒めるなんてめずらしいことなのよ? わたし、ルッチェさんたちの演奏を聞いてみたいわ」
ぽん、と手を合わせてにっこりと笑うヒルテリアの前に、ルッチェがまたしても気勢をそがれている。
そもそも、リヒーナにはさっきのペールの台詞のいったいどこがルッチェを褒めていたのかよくわからないんだけど。
口の中に残っていた最後のビスケットをごくりと飲み込んでから、リヒーナはお茶を一気に飲み干して立ち上がる。
「ごちそうさまでした! あの、それじゃあ、お菓子もらったり逃げるのに協力してもらうお礼に、わたしたちの芸を見てもらえますか?」
「素敵。ぜひお願いするわ」
リヒーナの提案に、ヒルテリアの表情がぱあっと華やいだ。




