6.三つ目の名
「おい、いったいどこなんだよここは?」
屋根や塀を伝って街を駆け抜け、三人は木々の生い茂る暗い場所に逃げ込んでいた。
「レヒテン候ロマ・マジェームの甥の妻にあてがわれた館の敷地内だな」
「マジェームの甥!? ペールってマジェームに追われてるんじゃなかったの?」
「そうだけど」
「こんな場所にいていいの?」
「甥夫婦は別居中なんだ。この館には必要最小限の使用人しかいない」
ペールは相変わらず落ち着いた様子で歩いている。
「おい、むやみに移動しないほうがいいんじゃねえのか?」
「俺はここの主人に用がある。こうなった以上、ぐずぐずしていられないからな。だいたい、あんたたちはこれからどうするつもりなんだ? 朝になれば市壁の門は開くだろうけど、通行人のチェックはかなり厳しいはずだ」
「そういうおまえはどうすんだよ?」
「助力を頼む」
「そのマジェームの甥の奥さんって人が、助けてくれるっていうのか?」
ルッチェが訝しそうにペールをみやる。
「おそらくは」
ペールが答えたちょうどその時、三人は林を抜けた。
開けた視界に映った豪奢な建物にリヒーナは思わず息を呑む。
「すごい……」
月光の下に、二階建ての白くて大きな屋敷が堂々と姿を現していた。
遠目から見ても、テラスの手すりの工夫を凝らした作りや、前庭の大きな噴水の意匠が立派なものだとわかる。
引き寄せられるようにふらふらと数歩その屋敷に近づく。
リリン、と鈴が鳴る。
その時だった。
「誰だっ!? 動くな!」
鋭い誰何の声が投げつけられ、リヒーナはびくりと足を止めた。
この館の警備の者だろう。
揃いの服を着たふたりの男が向かってくる。
そんなリヒーナを庇うように、すいとペールが前に出た。
「ヒルテリア様に詩を所望されて参りましたが、敷地内で迷ってしまったようです。見つけていただき助かりました。わたくしはかつてバロウ宮廷でヒルテリア様に大変お世話になりましたバンジャマン。後ろの者たちはわたくしの仲間です。どうぞ、ヒルテリア様にお取り次ぎを」
やってきたふたりを相手に優雅にお辞儀をして、ペールが名を名乗る。
その動きは洗練されたもので、リヒーナには絶対に真似できないな、と感じる。
宮廷に出入りしていたといわれても納得できる優美な仕草だ。
それにしても、さっきはオンブルで今度はバンジャマン。
ペールにはいったいいくつ名前があるんだろう。
「そんな連絡は受けていない」
「急なことでしたので、手違いがあったのかもしれません。どうかお取り次ぎを」
動じないペールの様子に、警備の者たちは目を見あわせ頷きあうと、片方の男が館へ向かって走り去る。
やがて戻って来た警備の者は、驚くべきことに、リヒーナたちを館の中へ入れる許可を携えていたのだった。




