表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

4.本業

 『あたたかい春の踊り』は陽気な音楽で、ルッチェの笛と太鼓に合わせて、リヒーナがヴィエル(木塊を繰り抜い

て弦を張った楽器)を弾きながら歌う。


 この歌と演奏で、食堂にいる人たちや外の通りを歩いている人たちの興味をひいて、お客さんを集めたところで、曲芸を見せるという流れだ。


 ルッチェの太鼓のぶれないリズムがリヒーナを安心させ、澄んだ笛の音がリヒーナを導く。

 だからリヒーナはいつも安心して自分の役目に集中できる。


 『春の踊り』の詩は、冬が終わって、雪が解け、訪れた春を喜ぶ人たちが家から外へ出て踊っているよ。さあみんなも踊ろうよ。


 そういう内容だ。


 それに明るい演奏が合わさって、聴いた人たちがついつい笑顔になってしまうような、そんな曲。


 だからリヒーナもめいっぱい楽しそうに歌うことにしている。


 歌いながら食堂にいる人や、食堂の入り口や開け放たれた窓の外から覗いている人たちの顔に浮かぶ笑みを見て、リヒーナは嬉しくなる。


 見てもらうからには、みんなに笑顔になってもらいたい。

 それはいつも思っていることだから。


 ルッチェの笛の音が長く伸び、太鼓の音が遅くなってゆくのに合わせてリヒーナも弓をゆっくりと引く。


「お集まりいただいたみなさまには心よりの感謝を。そしてあとわずかばかりのお時間をいただけましたらこれ幸い。さてこれよりお目にかけますのはこちら。おかみさんからお借りした五つのリンゴをひとつたりとも落とさず投げ続けてごらんにいれましょう」


 ルッチェの小慣れた口上のあいだにヴィエルを下ろして前に出る。


 リンゴを手にしたルッチェと目が合う。


 タイミングを合わせて投げ渡されるリンゴをリヒーナは順にひょいひょいと頭上に投げ上げる。

 五つのリンゴがリヒーナのふたつの手と宙をめまぐるしく移動する。


 リンゴを渡し終えたルッチェが、再び演奏を始める。


「おおー」

「いいぞー」


 歓声を受けて、リヒーナはそのままリンゴを回しながら、近くに用意してあった椅子の上にえい、と飛び乗った。


 リンと髪飾りの鈴が鳴る。


 おお、とどよめくお客さんを前に、リンゴを投げ上げる高さと位置を調整しつつぴょんと更に移動する。

 時には片足で立ってバランスを取ったり、不安定な椅子の背の上に飛び乗ったりという演出も忘れない。


 リン、リン、と鈴を鳴らしながら、リヒーナは移動しつつ、手のひらだけでなく時には肘も使ってリンゴを回す。


「さぁて、それじゃあ、このリンゴ、果たしてどなたのもとへ飛んでゆくでしょう? 飛んできたらちゃんと受け取ってくださいね? はいっ!」


 目の合ったおじさんに向かって、リンゴをひとつえいっと投げる。


「おわっ、とととっ」


 突然のことに驚いたようだったけれど、なんとかリンゴを受け止めてくれた。


「次いきまーす。はいっ」

「おっ」


 二個目も無事受け止められる。


「俺にもくれよー」

「はいっ」


 手を上げてくれた人に三つ目。


 残りふたつを片手で交互に投げ上げながら次はどの人に――とぐるりと見渡す。


 と、にわかに宿の外が騒がしくなった。


「え、なに?」


 集まってくれたお客さんの頭の向こうに、こちらへ向かってくる頭がいくつか見える。


 あの帽子は……。

 あれは確か、この街の警吏の制帽だ。


 お客さんたちは、みんな外の様子を気にしていて、リヒーナたちを見ている者はいない。


「逃げるぞっ」


 短く告げたかと思うと、ルッチェはヴィエルを拾い、もう片方の手でリヒーナの空いているほうの手を引くと、階段へ向かって駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ