3.嘆息するルッチェ
「そんで? すぐそこまで散歩に行っただけのはずなのに帰りがこんなに遅くなった上に、得体の知れない男を連れて帰ってくるなんていったいどういう了見なのか、しっかりきっちり説明してもらおうじゃねえか」
宿屋の二階。
リヒーナたちが借りている部屋の真ん中で、ルッチェが腰に両手を当ててリヒーナの前にででんと立っている。
長めの茶色い前髪の下からのぞく琥珀色の瞳が、少し据わり気味に見えるのはきっと気のせいじゃない。
「だから、少しだけそこの広場まで行くつもりだったんだけど、もうちょっといいかなと思って広場を通り過ぎたら川沿いに出ちゃって、川の様子を見ながら歩いてたらいつの間にかだいぶん先まで行っちゃってて、やばい早く帰らなきゃこっち近道かな? って道を進んだら行きに通ったっぽい道に出て、わたしついてる! って思ったんだけど歩いても歩いても知ってる場所に出なくて、あれ違う道だったのかな? って思いながら進んでるうちに裏路地に入り込んで……」
「裏路地ぃ!? おまえなんて場所に入り込んでんだ! なにかあったらどうするつもりだこの莫迦っ!」
ルッチェの目がかっと見開かれる。
「う……ごめん。でも、わざとじゃないんだよ?」
「わざとでたまるかよ。帰るのがこんな時間になった理由は、そこまででもう充分にわかった。わかったけどな、それで? その話、あとどのくらい続くんだ?」
「なによ。ルッチェがちゃんと説明しろっていったんじゃない」
「ああいったな。いったけど、終わる気配が全然しねえからさ」
「そんなことないよ、もう終わるよ。だから、裏路地を歩いてたんだけど、こっちじゃないかもって迷い始めたところでペールに会ったんだよ。そこでペールに道を教えてもらってちゃんとお礼もいったんだけど、ペールが怪我してたから、とりあえずなんとかしなきゃと思って、ついでにここまで道案内してもらえればわたしも助かるし、ってことで……」
男はペールと名乗った。
年はルッチェのひとつ下、つまりリヒーナのふたつ上らしい。
「ちょっと待て。そもそもなんでこんな見るからに怪しい奴に声をかけるんだよ。ぱっと見てやばいってわかんだろ? 普段あれほど変な奴には近寄るなっていってんのにおまえは……」
「だって、他に人がいなかったんだもの。あ、でもほら、ペール、なんか誰かに追われてるらしいけど、裏口からこっそり入ってきたし、傷もそんなに深くなさそうだし、大丈夫だよね?」
ちなみに得体の知れない親切な怪我人ことペールは、怪我のせいか疲労のせいか、傷の手当てをして横にならせたら、「こんなところでぐずぐずしているわけには……」とかなんとかいっているうちにすとんと寝入ってしまった。
意識を失った、ともいうかもしれない。
「追われてるって、おまえ……。得体が知れないどころかすげえ不審じゃねえか」
しっ、とリヒーナは口の前に人差し指を立てた。
「だから、裏から入ってきたんだよ。誰もいなかったし、大丈夫だよね?」
「だよね? って俺が知るかよ。そもそも誰もいないわけあるか。すぐそこはセンタリナ通りだぞ? この街で一番広い通りの。あれだけ往来のある場所で……」
「それなんだけど、結局、ここの宿の名前教えたら、ペールがなんか細い道をさささっと通り抜けてこの裏まで連れてきてくれたんだよ」
「はぁ? いったい、なにもんなんだよ、こいつ?」
ルッチェが横たわるペールへ視線を投げる。
「すごくいい声してるんだよ」
リヒーナがいうと、ルッチェが「はあぁ」と大きく息を吐く。
直後、ドンドンと部屋のドアが叩かれた。
リヒーナは、思わずびくっとその場で飛び上がる。
「はい」
ルッチェがドアへと歩み寄りながら返事をすると「そろそろお願いしたいんだけど」とドアの向こうから、この宿のおかみさんの声が返ってきた。
宿賃代わりに一階の食堂で演奏することになっていたのを思い出す。
「あっ! すみません、すぐ行きます」
「よろしく頼むよ」
おかみさんの足音が遠ざかる。
「どうしよ! わたし、すっかり忘れてたよ!」
「とにかく急いで支度しろ」
「なにやるの?」
「『春の踊り』と曲芸でどうだ?」
「了解だよ!」
リヒーナたちはあちこち放浪しては行く先々で芸を見せる旅芸人だ。
ルッチェが片手笛(片手で演奏できる、穴が三つあいている縦笛)と太鼓(片手で叩けるように腰に固定してある)を演奏して、リヒーナが踊るか曲芸を披露するのがお決まりだ。
踊りのほうは色気が足りないとか繊細さが足りないとかよくいわれるから、曲芸のほうが向いているのかもしれない。
目指す踊りのイメージはあるんだけど、いざやるとなると、なかなか思い通りにはいかないんだよね。
「行けるか?」
「もちろん」
ルッチェに急かされながら部屋を出る時、ちらりとペールの様子を窺う。
額(右眉の上あたり)をざくりと切られていたせいで出血が多く大怪我に見えたけれど、血止めの薬草を貼り付けてきれいな布で押さえてあるから、きっともう大丈夫だろう。
その寝顔が穏やかなことを確認して、リヒーナは部屋を飛び出した。




