10.披露と出立
ヴィエルは、要練習なのをペールに見破られてしまったので今回は見合わせることにする。
ルッチェと相談して、代わりに踊りを披露しようと決める。
色っぽさの足りないリヒーナだけれど、身軽さを活かせる軽快な音楽を選んで見せ場をつくる。
準備運動代わりにぴょんぴょんと跳ねると、髪飾りの鈴がリンリンと応える。
この髪飾りは、かつて一緒に旅をしていた踊り子の女性――ファーネにもらったものだった。
彼女は風邪をこじらせて死んでしまったので、これは形見でもある。
リヒーナの脳裏には今も彼女が見事な黒髪を揺らしながら妖艶に踊る様が焼き付いているけれど、自分にはあんな風に踊れないことは充分にわかっている。
ファーネが死んだ直後、ひたすら彼女と同じように演じようと努力した時期があった。
けれど、もともと踊りの分野は彼女に頼りっぱなしだったこともあって、結局挫折してしまった。
どうせ踊るんなら、リヒーナはリヒーナらしい踊りを極めればいいじゃねえか。
そういってくれたのは、ファーネの弟であるルッチェだった。
ルッチェは妖艶さを求めてくねくね(ルッチェ評)と踊る滑稽なリヒーナをもう見たくなかっただけかもしれないけれど、リヒーナはルッチェの言葉があったからこそ、自分は自分と割り切ることができた。
基礎は昔彼女に教えてもらったことを思い出しながら。
それ以外にリヒーナ独自の動きを取り入れつつ、試行錯誤を続けて今の形になった。
ルッチェと視線を交わす。
ほんのわずかな時間だけれど、それでもヒルテリアに少しでも楽しい時間を過ごしてもらえるように。
床を蹴るリヒーナの動きに合わせて、リンと鈴が鳴った。
******
ヒルテリアはその言葉通り、夜明け前までに馬車を一台用意してくれた。
行き先はサマデュトル修道院。
普段からヒルテリアが寄付をしている修道院のひとつらしい。
馬車の積み荷は修道院への寄付。小麦や芋などの食料だ。
その荷台に身を隠して街を出る。
狭いけど、市壁を出るまでの辛抱だ。
堅い板に挟まれている状態だから、がたごとと揺れる度に痛っ、となるけれど、我慢我慢。
揺られながら、リヒーナはヒルテリアの館でのことを思い出す。
リヒーナの踊りとルッチェの演奏をヒルテリアはとても喜んでくれた。
自分でも会心の出来だったと思うし、ルッチェの伴奏も最高だった。
けれど、とリヒーナは思う。
リヒーナたちのあとに、ヒルテリアに乞われてペールがウード(半球状の楽器で、張られた弦を弾いて演奏する)を弾きながら歌った。
それは悲運に抗う乙女と彼女を救うべく手を差し伸べる男の詩。
朗々と紡がれるその物語に、リヒーナはすっかり魅入られてしまった。
心の奥底にまで響くペールの声が体を震わせる。
彼が爪弾くウードの音が心臓を締めつける。
乙女は最後の力を振り絞るも運命に抗うことができず、けれど男は乙女のその心に救いを与える。
ペールが歌い終わった時、リヒーナの目からはぽたりぽたりと雫が落ちていて、隣にいるルッチェが驚いているのがわかったけれどどうすることもできなかった。
感動した。
ひと言でいえば、そういうことだと思う。
リヒーナの心は物語の中にすっかり引きこまれていた。
すごいと思った。
十三歳の時の、ペールの選択は間違っていなかったのだと、リヒーナは確信する。
彼は、音楽と共にあるべき人なのだと。
そして自分は、まだ全然足りないと。
改めて思った。
感動がぶり返して、ぐすりと鼻をすする。
「どうした、リヒーナ。大丈夫か?」
ひそめられたルッチェの声が、耳に届く。
「なんでもないよ。大丈夫」
「どうせもっと菓子を食べたかったとかそういうことだろ?」
呆れ果てた感を滲ませたペールの台詞に、リヒーナは小さく嘆息する。
「ペールって失礼だよね」
こんな奴の詩に感動したなんて、なんだか悔しい。
「すげえ勢いでがっついといて、どの口がいうんだか。まあ、あんだけいい食いっぷりだといっそすがすがしいけどな」
更に呆れられたようだ。
「もうっ」
リヒーナはふてくされて、口をとがらせる。
暗くて狭いから、相手には見えないだろうけれど。
今、三人は荷台の下の空間に寝転がった状態で身を潜めている。
この馬車には細工がされていて、荷台が上げ底仕様になっているのだ。
リヒーナが外から見た感じでは、全く気付かなかった。
到底真っ当な用途に使われていたとは思えない馬車だけれど、おかげでなんとか脱出できそうだ。
馬車の速度が落ちる。
「そろそろだな。ルッチェ、リヒーナ、口を閉じろよ」
「わあってるよ」
「りょーかい」
息を殺して、ただひたすら何事もなく街から出られるよう祈る。
ゆっくりと、馬車が停車した。




