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告白

廊下の陰から ~告白

作者: 時司 龍
掲載日:2026/03/06

「助けてもらえませんか」


 午後の廊下は、窓から差し込む淡い光に満たされていた。外は薄曇り。ガラス越しの空は白く、湿気を含んでいる。

 コピー機の作動音が遠くで鳴り、誰かの足音が奥で反響する。


「・・・半日で足りますか」


 (あや)の声は抑えられているのに、わずかに震えを含む。

 廊下の空気が、ほんの少しだけ張り詰める。


「足ります」


 即答。

 そのやり取りを、少し離れた角で聞いていた影がある。

 観葉植物の葉の影に半分隠れながら、腕を組んで壁にもたれかかる男。


「・・・ほぉ」


 小さく漏れた声。

 鈴木(すずき)だった。


「若いなぁ」


 ぽつり。

 その視線の先では、距離を整え直した二人が事務的な顔を作っている。

 床に映る影が、わずかに揺れる。


「日程は後ほど調整しましょう」

「ありがとうございます、彩さん」


 名前を呼ぶ声が、ほんのわずかに低い。蛍光灯の光の下で、その声音だけが温度を持っている。

 鈴木はくすっと笑う。


「仕事、ねぇ」


 そこへ、資料を抱えた誠が曲がり角から現れる。スポーツサンダルの底が床を打つ音が、一定のリズムで近づいてくる。エアコンの風が、ほのかに加賀棒茶の匂いを運ぶ。


「あれ、鈴木さん。何してるんですかぁ?」

「いやぁ、青春を目撃してな」

「は?」


 誠が視線を向ける。

 ちょうど彩が自席に戻るところだった。背筋を伸ばし、凛とした横顔。

 けれど耳の先が、少し赤い。

 大樹は少しだけその背中を見てから、反対方向へ歩き出す。

 振り返らない。


 その、ほんの一瞬の間を、誠は見逃さない。


「・・・あぁ」


 小さく呟く。

 鈴木が肩を揺らす。


「うまくいけばええなぁ」


 どこか楽しげに。


 誠は眉を寄せる。

 窓の外の曇天を一度見やる。


「うまく、ですか?」

「いやぁ、金沢に残るお仲間が増えるとしたら、嬉しいねぇ」


 鈴木は軽く笑う。

 この街は、静かだ。お客様には丁寧に接する。よそ者には少しだけ距離を置く。簡単には懐に入れない。


 誠は視線を細める。


「そう、うまくいけばいいですけど。鈴木さんとこみたいに。」

「ほぉ?」

「彩さんは・・・簡単に流されるタイプじゃないです」


 その言い方に、僅かな含み。

 静かな独占欲にも似た、温度の低い何か。

 鈴木が横目で見る。


「ほな、あの子が流されるくらいの男なんちゃうか?」


 誠は即答しない。

 蛍光灯の光が、床に白く反射している。

 さきほどの大樹の目を思い出す。低い声。曇天より深い瞳。あの距離。


「・・・どうでしょうね」


 簡単にいくとは思えない。

 けれど。

 簡単に終わるとも思えない。


 鈴木がまた軽く笑う。

「まぁ、仕事に支障出さんかったら、ええやろ」

 それだけ言って、歩き出す。

 足音がゆっくり遠ざかる。


 誠はもう一度、彩の背中を見る。

 そして、大樹の去っていった方向を見る。


 地元の空気は、甘くない。


「さて」


 小さく呟き、誠も歩き出す。

 廊下には、いつもの空気が戻っている。書類をめくる音。キーボードの打鍵音。遠くで誰かが笑う声。



 ● ●



 鈴木が去った後。

 誠は大樹を追いかけた。

 窓の外では、雲がゆっくりと流れている。

 大樹は廊下の隅で立っていた。


 さっきの光景を、頭の中でもう一度なぞる。

 あの距離。

 あの声。


「大樹さん」

「はい?」


 変わらない顔。

 余裕のある声。

 けれど目の奥だけが、少し深い。


「街、案内してもらうんだって?」

「ええ。勉強になりますし」


 さらりと答える。

 壁際の観葉植物の葉が、エアコンの風でわずかに揺れる。

 誠は一歩寄る。

 大樹は引かない。

 その無意識さが、引っかかる。


「お前さ」


 少し声を落とす。


「距離、近いんだよ」


 大樹は笑う。

 否定もしない。

 窓の外に視線をやる。曇り空の向こう、遠くに白山の稜線が薄く見える。


「この前も、あの店で随分馴染んでたな」

「ああ、楽しいですよ」


 屈託がない。

 嘘はない。

 でも。


「今のは、ちょっと違ってたぞ」


 大樹の表情が、ほんの一瞬だけ止まる。蛍光灯の光が、瞳に小さく反射する。


「何がですか」

「目」


 短く。

 空調の低い音が流れる。

 大樹は視線を逸らす。彼女の席の方向へ。

 誠は、胸の奥で小さく確信する。

 仕事であんな目はしない。


「変にこじらすなよ」


 大樹は否定しない。沈黙。それが、いちばんわかりやすい。


「泣かせるなよ」


 それだけ言う。

 返事はない。聞かない。

 誠は背を向けて歩き出す。

 あれは遊びの顔じゃない。軽い男の目でもない。

 あんな目をするなら。

 もう半分、落ちてる。

 問題は・・・本人が気づいているかどうかだ。


読んでくださってありがとうございます(*_ _)

ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。

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