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最初の瘴気ポイントである森に着いた。
私の中では森林浴という言葉があるように、マイナスイオンを感じられるような、森には爽やかな印象があった。
けれどいざ森を目の前にすると、鬱蒼としていて、太陽の光も入ってこないのか薄暗い。
「森ってなんだかゾワってしますね……」
「瘴気を感じられる力はありそうだな」
この背筋がひんやりする感覚が瘴気が近いということなのだろうか。
森を進むグレイさんの後ろをついていくと、動物の声さえも聞こえないほど静かだった。
「この世界の森には生き物は住んでいないのですか?」
「生き物ならいる」
突如グレイさんに腕を掴まれ、胸に抱き寄せられた。
グシャッと聞いたことのない音がして振り返ると、私の背後で見たことのない生き物が息絶えていた。
「ひっ……!」
「おい、離れるな!」
都会でも、車に撥ねられて死んだ猫の死体を見たことがある。
猫の死体でも私はギュッて苦しくなるほどなのに、目の前であんな大きな、それも知らない生き物がグレイさんに斬られて死んだということが怖くて逃げ出した。
「ギギッ、ギャア!!!」
「やだっ、やだ怖い!」
また知らない生き物が襲いかかってきて、咄嗟にしゃがみ込んで頭を庇うように腕を出す。
ブシャッ、と何かが斬り捨てられる音と、地べたに重たい何かが落ちる音がした。
ぐいっと腕を掴まれ立ち上がらせられると、怒りを露わにしたグレイさんがいた。
「なぜ俺から離れた。あの場で足を止めた。逃げ続けなかった。死にたいのか」
グレイさんはきっと、この世界での正しい生き方を知ってる。
だから私の行動に怒ってる。
でも、そんなこと言われても、私はわからない。
「怖かった……あんなの、見たことない……目の前で斬られて死ぬのも、怖かった……」
「聖女様は生ぬるい世界で生きてきたんだな。あれは魔物だ」
「魔物?なにそれ、聞いてない……」
この世界にきてからは聖女としての魔法の使い方しか私は習ってない。
ただの浄化の旅じゃなかったの?魔物なんて聞いてない。
ポロポロと涙が溢れると、グレイさんは舌打ちした。
「聖女は魔物にとってご馳走なんだよ。だから国で一番強い俺が護衛騎士に任命された。聖女様を守るのが俺の仕事だ。だから勝手な行動は困る」
「困るって、だって……」
「だってじゃない。あんたは聖女なんだろうが」
グレイさんの言葉は、この世界の人にとっての当たり前だ。
でも、だからってこんなの私は嫌だった。
「好きで聖女になったんじゃない!勝手にこの世界に呼んだのはあなたたちじゃない!国を救わないと元の世界に帰さないなんて脅しじゃない!やりたくなくてもやらないといけないじゃない!頑張ろうとしたよ!旅さえ終わればって……でも魔物なんて、聖女がご馳走なんて、聞いてない!」
「それが……聖女の務めだろう?」
「なんで、関係ない国のために命懸けの旅をしないといけないの?聖女なんてやりたくないのに……お父さん、お母さん…会いたいよお…!」
子供のように泣き叫ぶ。目からどんどん涙が溢れて止まらない。
そんな私にグレイさんは舌打ちすると、私を抱えて森を駆け抜けて外に出た。
「泣くな。あんたの涙で魔物が引き寄せられる」
「ひっく、うぇええん!」
「あぁクソ……悪かった。泣き止ませ方を俺は知らないんだよ」
ぎゅっと抱き寄せられると頭をポンポン撫でられる。
防具の硬さとぎごちない手つきで私は驚いて涙が止まった。
「そうだよな。あんたからしたら理不尽な要求だと思う。だが、俺は召喚魔法を使えるほど器用じゃない」
「う、うん……?」
「けど、絶対あんたを守る。傷一つつけない。無事に旅を終わらせて、元の世界に帰すと約束する」
顔を上げるとグレイさんの銀色の瞳が私をまっすぐ見下ろしていた。
私の気持ちを理解してくれる人なんて初めてだった。
王宮でも、聖女だから頑張れと、聖女を理由に努力させられてきたから。
「グレイさんはどうして、私のことを守ってくれようとするんですか?」
私の問いかけに彼は少しだけ唇をきゅっと結ぶと、変わらないトーンで告げた。
「王命だから」
「グレイさん……」
「あと、下手くそな敬語もいらない。さっきみたいに話せ」
小さく頷くと、グレイさんの手が頬に添えられて、硬い指の腹で目元を撫でられた。
目尻に残った涙を拭われたと知ると、さっきまでの取り乱した自分が恥ずかしくて俯く。
「明日また森に入る。今夜は魔物に遭遇した時の対応を考える」
「うん、わかった……さっきはごめんなさい」
私から離れたグレイさんが森から離れて平原の方に歩いて行く。
私はグレイさんの後ろを歩く。もう小走りすることはなかった。




