おや? 断罪劇の様子がおかしいですね……?
王立魔法学園の創立記念パーティーで、突然王太子が大声を上げた。
「マリーリア、お前との婚約を破棄する! 聖女候補であるカリナへの陰湿ないじめの数々、知らないとは言わせないぞ!」
知らない。
いや、本当になんのことなのかわからない。
聖女候補であるカリナ嬢へのいじめ? なんで私がいじめる必要があるの?
カリナ嬢は下級生だし、対して関わりもないのに。
「知りませんわ。カリナ嬢は何かいじめにでもあっていたということでしょうか? それで私が犯人と誤解されたのかしら?」
「っ、とぼけるな! 俺がカリナと親しいから嫉妬して、いじめをしたんだろう!」
嫉妬?
王太子であるアークウェル殿下とは、あくまで政略結婚のはず。気持ちは特に伴っていないし、あくまで侯爵令嬢の義務として愛想よく接してはいたけれど、嫉妬するほどの感情なんて、かけらもないのだけれど……。
私がひたすらに困惑していると、アークウェル殿下とその一派——騎士団長の息子ダニエルやら、宰相の息子ロバートやら——が口汚く私を罵り始めた。
それを見て、周りの生徒たちが随分と困惑している。
アークウェル殿下がカリナ嬢を近くに侍らせていたのは周知の事実だし、浮気をした王太子がその婚約者を糾弾している構図として映っているのだろう。
それはまあ、アークウェル殿下たちが冷たい目でヒソヒソされるのもさもありなんである。
だが、そのことに気づかない王太子は、鼻高々にこう宣言した。
「お前など、婚約破棄の上追放だ! 修道院で反省して過ごすがいい!」
政略結婚なのに、国王陛下のお伺いも立てずに勝手に決めてしまったよろしいのかしら。そんな風に私が思案していると、王太子の命を受けた兵が私に近づいてくる。
と、そこへ——。
「待ってください!」
地味でおとなしいが、学力は学年最上位の、ロザリア嬢が飛び出した。
「マリーリア様は陰湿ないじめなどなさる方ではありません! 私がいじめられていた時、マリーリア様は私を庇ってくれました! ガリ勉、地味メガネ、テスト前しか役に立たないブスと、ダニエル様にいじめられていた時も、助けてくれたのはマリーリア様でした!」
騎士団長の息子ダニエルが、気まずそうに視線を逸らす。ああ、ダニエル様は脳筋バカだから、ロザリア嬢のノートを無理やり奪って試験対策に使ったりしていたっけ。それを私が止めたこともあったような……。
「その通りです!」
それに追随するように、下級生の中でも平民出身の特待生女子、アンナが中央へと躍り出る。
「私は平民出身だからとカリナ様たちにいじめられていました! それを助けてくれたのもマリーリア様です! この学園ではいじめを止めることがいじめになるのですか? いじめ加害者は、カリナ様の方ではありませんか!」
その言葉に、カリナ嬢は顔を真っ赤にした。
「っ、なんですって! 平民風情が……! あっ……」
普段は慈悲深い聖女の仮面をかぶっているカリナ嬢が、うっかり差別意識丸出しの本性を見せてしまい、手で口を押さえる。
カリナ嬢って確か準男爵の娘だったわよね? ほぼ平民じゃない? 中途半端な地位の人ほど、特権意識に凝り固まるということなのかしらね。
それからも、口々に私を庇い、王太子一派の横暴やカリナ嬢の悪行を暴露する人たちが続出した。
「マリーリア様は、実家の母が病気なのを知って、支援金の手続きの仕方を教えてくださいました!」
「ぼ、僕が友達いなくて馴染めなかった時、優しく毎朝挨拶してくださって、グループワークの時もマリーリア様のグループに誘ってくださいました!」
そんな意見が次々に出てくる。
私からすると、そういえばそんなこともあったっけ、という程度の些細な出来事もたくさんあるのだけれど、案外みんな覚えていてくれているものだ。
私を囲い、守るように生徒たちが壁になってくれる。
その上、こんな証言まで飛び出した!
「カリナ嬢は私にしなだれかかってきたこともあったな。王太子殿下、騙されているのでは?」
学年の中でも一際美形の伯爵令息が、そう証言した。
私に対する断罪劇を計画したであろうアークウェル殿下は、思わぬ反撃にたじろいでいる。
だんだん収拾がつかなくなってきて、私は仕方なくぱんぱんと両手を打ち合わせる。
「あー、ひとまず静粛に。アークウェル殿下、今回の件は国王陛下にご報告させていただきます。政略結婚でもある婚約を勝手に破棄しようとしたこと、カリナ嬢へのいじめをでっち上げて断罪しようとしたこと、その他この場で暴露された側近たちとの横暴な振る舞いも含めて。——みなさん、証言してくださいますね?」
私がくるりと振り返ると、彼らの横暴に耐えかねていた生徒たちが「やってやるぜ」と言わんばかりに拳を突き上げた。みんな随分と勇ましいこと。
その反応を見て、アークウェル殿下は顔を青ざめさせる。ようやく自分がやったことの重大性を認識したのだろう。
いや、そんな縋るような目を向けられても容赦しませんけどね?
私が群がる人々を宥めて、元通りのパーティーにしようと努力していると、突然、パチパチと拍手が響く。
ゆっくりと拍手をしながら現れたのは、王弟殿下その人だった。王弟殿下とは言っても、私たちより二歳年上の若き公爵閣下だ。
王家に連なる濃い血筋を持ち、もし今回の件で王太子殿下が廃嫡されれば王位継承権第一位になるお方。
創立記念パーティーの卒業生として、かつ来賓として招かれていたのだろう。
彼は王太子殿下を微笑みながら見つめているけれど、目が笑っていない。
「随分と余計なことをしてくれたね、アークウェル」
ひどく冷たい声が、アークウェル殿下を打つ。
「く、クラウス兄様! こ、これには理由があって……」
「理由がなんであれ、お前は許されないことをした。学園の慈母と名高いマリーリア嬢を、よりによっていじめの罪で陥れようとは……」
呆れ果てたような声で、クラウス殿下はアークウェル殿下に説教をする。
「お前が愚かなことをしたせいで……」
クラウス殿下は、地獄の底から響くような声音で、アークウェル殿下に詰め寄った。
「この僕が、王位継承権一位になっちゃうじゃないか! 気楽な公爵生活ができなくなったら、お前のせいだぞ!」
その言葉に、広間にいた面々は全員ずっこけた。
クラウス殿下『能力は高いけど、怠惰』って評判だものね……。アークウェル殿下の出来があまり良くないと判明してから、クラウス殿下を擁立しようという勢力は多々あったけれど、それを全て「働きたくないから」の理由で粉砕してきたお方だものね……。
「マリーリア嬢、今回の件、国王陛下に報告するのをやめてもらうことは……」
「無理ですね」
揉み手をせんばかりの勢いで問うクラウス殿下に、ピシャリと答える。
クラウス殿下はしょんぼりと項垂れた。
「だよねぇ。まあ、今更見逃してコレと結婚するの、嫌だよねぇ」
コレ、と言ってクラウス殿下はアークウェル殿下を指差す。
「はい。ソレと結婚するのは嫌です」
でも、王家と私の実家である侯爵家との繋がりを政略結婚で増強するのは、今の情勢では必須に近い、ということは……。
私と同時に同じ結論に達したらしきクラウス殿下が、バッと顔を上げた。
「マリーリア嬢……有能と有名なあの……王妃教育も完璧……なら執務も……?」
何やらぶつぶつと不穏なことを呟いている。
「国王の執務までは肩代わりできませんよ。未来の国王陛下?」
私がそう言うと、またクラウス殿下はしょんぼりと項垂れた。忙しい人だな。
「お、おい! 俺を置き去りにするな!」
放置されていたアークウェル殿下が再び騒ぎ出す。
「あー、お前はもういいから。どうせ廃嫡だから、はい、さようなら」
クラウス殿下が近衛に指示をして、アークウェル殿下を摘み出すように言う。国王陛下から、クラウス殿下がアークウェル殿下のお目付役として任命されているのを知っているらしき近衛は、迷うことなくアークウェル殿下を確保。広間の外へと連れていった。
「で、未来の王妃陛下? とりあえずどうする? 踊ろうか?」
どうやら未来の夫になることが決まったらしい、クラウス殿下から手を差し出される。
「愚劣な夫よりも怠惰な夫の方がまだマシかしら……」
「ははは、怠惰なのは認めるけど、家族に苦労させるほどの甲斐性なしではないよ、僕は」
それから、クラウス殿下に抱き寄せられ、音楽に合わせて体を揺らす。顔はいいのよねぇ、この王家。性根に問題のある人たちばかりだけれど。
国王陛下がまともなのだけが救いだわ。
未来の義父の苦労を思ってため息をつく。
さて、この怠惰な未来の国王陛下はどんな夫になるだろうか。って、もうアークウェル殿下が廃嫡されるのが確定しているように考えちゃっているけれど……。
「何か考え事?」
クラウス殿下が私をリードしながら囁く。
「アークウェル殿下は本当に廃嫡されるでしょうか」
「されるだろうね、兄上はそれ相応の対応はなさる方だ。というより、アークウェルの資質に問題があるのは以前から明らかだった。これはただのきっかけに過ぎないよ」
「では、クラウス殿下は以前から王位継承を視野に?」
「それは言わないお約束でしょ」
おそらく、クラウス殿下は王位継承を視野に入れた教育も受けている。そして、その準備を着々と進めていたに違いない。今日この日は、あくまできっかけにすぎず、アークウェル殿下が何かをやらかしたらそれを口実に王太子の座から引き摺り下ろす。その手筈は整えられていたはずだ。
「それなら、どうしてすぐに助けてくださらなかったんですか?」
クラウス殿下が準備をしていたなら、アークウェル殿下の糾弾から私を救出することもできたはずだ。兵に捕縛される寸前だったんだから!
「それはほら、君の人望がどれほどのものか、見てみたくてね」
くすくすとクラウス殿下が笑う。この人、ちょっと腹黒い。しかも人の心がなさそうだ。
「もちろん、いざとなったら助けるつもりはあったよ」
「どこまで信用したものやら、ですわね」
互いに皮肉の応酬をしながら踊るのは、アークウェル殿下との表面的な付き合いよりは刺激があって楽しかった。
そんな一晩を過ごし、翌日。内々に王家からはアークウェル殿下の廃嫡の報せと、婚約破棄の打診、そしてクラウス殿下との婚約の申し込みの連絡が届けられた。
「やっぱりそうなりましたか」
父と共に私はその知らせを受け取り、婚約破棄と新規の婚約の申し込みに是の返事をする。
「我が侯爵家と王家との繋がりは必須だが、マリーリアは本当にそれでいいのか?」
「政略結婚は令嬢の義務ですもの。それに、クラウス殿下はアークウェル殿下よりは面白い方ですよ」
婚約者を面白さで計るのもどうかと思うけれど。でも、アークウェル殿下は本当に無能で、話も自慢話ばかりで退屈だったのだ。一緒にいても、まるで実りのない時間だった。
面会の際にも贈り物を用意しているのはこちらばかりで、向こうから贈り物をもらったこともない。その上、下級生の女子をそばに侍らせていたのだから、本当に最低な婚約者だった。
クラウス殿下は怠惰で腹黒いけれど、少なくとも情勢が読める程度には頭がいい。私の学園での評判も知った上で、婚約破棄騒動の時に様子を伺う選択をしたのだろう。このまま見守れば未来の妃の器が知れるとでも考えたに違いない。
「わかった。婚約の打診に返事をしよう」
父は嘆かわしそうにため息をつくと、羽ペンを手に取った。
それから年月が流れ、私はクラウス殿下と結婚した。
予想外にも彼は割といい夫だった。
彼は本当に怠惰で、怠惰すぎて、浮気などは一切しなかった。
「え? 他の女? なんでマリーリアがいるのにそんなの相手にしなきゃならないの、めんどくさいよ」
というのが彼の言い分である。
それに、「夫婦の不和はめんどくさい」という理由で私のご機嫌取りにも余念がなかった。
どうやら、王妃陛下から「嫁の機嫌を損ねるな」と口を酸っぱくして言われていたらしい。
執務は少々私にぶん投げてくる悪癖があるけれど、自分自身も派閥の取りまとめを含めて遺憾なく手腕を発揮しているようだ。
つい先日も、アークウェル派の潜在勢力を一網打尽にしたとか、そんな話が舞い込んできていた。
「ねえマリーリア、もし君に何かあったらとんでもなくめんどくさいから、絶対に安静にしててね?」
私の大きくなったお腹を撫でながら、クラウスは言う。
「はいはい」
それが彼なりの愛情表現なのだと知った私は、呆れたようにそう答えた。
お読みいただきありがとうございます!
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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。




