第7承 第2和【八岐大蛇 終の首 主首 承闘】
白き主首は、歩いているだけだった。
一歩。
それだけで、大地の意味が書き換えられていく。
草は草であることをやめ、
岩は岩である理由を失い、
空気は「そこにある」意味を喰われていく。
――世界が、静かに死に向かっていた。
信長は、血に濡れた刀を強く握り直した。
(……やっぱりな)
相手は、武勇では測れない。
知略でも、経験でもない。
(だがよ……)
彼の脳裏に浮かぶのは、
かつて自分を「鬼」と恐れた兵たちではない。
――笑っていた、名もなき民の顔。
「……退かせねぇ」
誰に言うでもなく、信長は呟いた。
主首の視線が、彼を捉える。
「汝は、戦を愛した」
「違うな」
信長は、はっきりと首を振った。
「戦しか知らなかっただけだ」
踏み込み、刀を振る。
今度は“斬る”のではない。
“叩きつける”。
理を壊せぬなら、
意志をぶつけるしかない。
刀が砕ける音が響く。
それでも、信長は前に出た。
「俺はな……
最後くらい、人のために死にてぇんだよ」
白光が、信長の身体を貫いた。
崩れ落ちるその瞬間、
彼の視界に、かつての家臣たちが笑っていた。
――これで、いい。
信長は、跡形もなく消失した。
麗香は、地面に手をつきながら、必死に立ち上がった。
膝が、笑う。
身体が、言うことを聞かない。
(……まだ……)
雷は、恐怖の象徴だった。
幼い頃、嵐の夜に泣きじゃくった自分。
そのとき、母は言った。
「雷はね、
迷った子を帰り道に導く光なの」
(……そうだ)
麗香は、空を見上げる。
「私は……
道しるべになる」
全身の力を、雷へと変える。
自分の命ごと、放つ覚悟。
「海里……
生きて……」
雷光が、主首を包み込む。
一瞬だけ、
白に“影”が生まれた。
だが次の瞬間、雷は消え、
麗香の身体もまた、光に溶けた。
最後に聞こえたのは、
母の優しい声だった。
バニーは、倒れた仲間たちを見て、
静かに息を吐いた。
「……あーあ」
胸の奥が、痛い。
でも、不思議と怖くなかった。
(私さ……
ずっと、ここにいていいのかって思ってた)
誰にも理解されなかった過去。
笑われ、拒まれ、それでも――
「ここにいていいよ」
そう言ってくれたのは、
この仲間たちだった。
主首の白光が、再び迫る。
バニーは、両手を広げた。
「ねえ、世界」
小さく、しかし確かに。
「――楽しかったよ」
光が、彼女を包み込む。
誰よりも鮮やかに、
彼女は消えた。
モニターに映る、次々と消える仲間。
鷹宮は、歯を食いしばった。
(……私が、行くべきだった)
総理としてではない。
姉としてでもない。
(人として……)
だが、彼女は知っている。
ここで自分が前に出れば、
“全て”が崩れる。
「……海里は?」
参謀の声が、震える。
「前線へ……
向かっています」
鷹宮は、目を閉じた。
(頼む……
生きて)
戦場に残ったのは、
美桜、蒼真、海里、糸。
そして、白き主首。
美桜は、拳を握りしめる。
(……未希……)
蒼真は、海里を一瞥し、微笑んだ。
「……ここからだな」
主首は、ゆっくりと告げる。
「次は、誰だ」
その瞬間――
海里の中で、何かが決定的に変わった。
怒りではない。
憎しみでもない。
命を背負う覚悟。




