第6承 第11和【八岐大蛇 伍腫 風の首 虎永 前闘】
戦場は、もはや「大地」ではなかった。
風が、すべてを支配していた。
空は裂け、地平は歪み、
上下左右の概念すら奪われた空間で、
巨大な“風の首”が、天と地のあいだを遊弋していた。
それは嵐の化身。
八岐大蛇の一首にして、世界を削る暴風。
一瞬の油断で、
人間の肉体は、粉塵となって消える。
だが――
その嵐の中心に、一人の少年が立っていた。
虎永。
十歳。
その小さな背中は、
嵐の前にあっても、微動だにしない。
「……深く息を吸え」
少年は、静かに呟いた。
教わった通り。
父・定常が、毎朝、剣を握る前に言っていた言葉。
(恐れるな、風は斬れる)
(剣は、心の延長だ)
虎永は、木剣ではない――
神承の剣を、しっかりと両手で握り直した。
次の瞬間。
嵐が、牙を剥いた。
風の首が吠える。
音ではない。
圧力そのものが咆哮する。
衝撃波が地を抉り、
岩が浮き、砕け、吹き飛ぶ。
虎永は――跳んだ。
否、跳んだのではない。
風に乗った。
「――《疾駆・燕返し》!」
一瞬で距離を詰め、
暴風の中を“縫う”ように突き進む。
剣が閃く。
一太刀、二太刀、三太刀。
だが、風の首は笑うように渦を巻いた。
「人の子……軽すぎる……!」
暴風が反転し、
虎永の身体を弾き飛ばす。
少年は空中で体勢を崩す。
――その瞬間。
「伏せろ!!」
轟音。
信長の放った覇気の衝撃波が、
虎永の背後で炸裂し、
直撃するはずだった風刃を相殺した。
虎永は地に着地し、
すぐさま頭を下げる。
「……ありがとうございます!」
信長は、歯を食いしばりながら笑った。
「礼は、あとだ。
――立て、サムライ」
風の首は、空高く舞い上がる。
次の瞬間、
無数の風刃が雨のように降り注いだ。
回避不能。
だが、虎永は動かない。
「……父上」
小さく呟き、剣を正眼に構える。
「……剣は、迷った瞬間に負ける」
次の瞬間。
虎永の剣が、神速で回転した。
「――《神技・旋風円月》!!」
剣が円を描き、
風と風が噛み合い、
一瞬だけ――静寂が生まれる。
降り注いだ風刃が、
すべて弾かれ、霧散した。
信長が、目を見開く。
「……十歳の剣じゃねぇ……」
風の首が、明確に“怒り”を見せる。
「小さき人間……
なぜ、そこまで斬れる……!」
虎永は、剣を下げない。
「……強いからです」
「……守りたいものが、あるからです」
その声は、震えていなかった。
嵐が、さらに激化する。
空間そのものが捻じれ、
視界が、上下逆転する。
仲間たちが距離を取る。
「虎永! 無理をするな!」
だが少年は、一歩、前に出た。
足が、わずかに震える。
それでも――
剣先は、ぶれない。
(まだ……死なない)
(父上と、母上に……
恥じない剣を……)
虎永の身体に、
淡い雷光が宿り始める。
まだ、完全ではない。
だが――神の理が、応え始めていた。
風の首が、低く唸る。
「……面白い……
ならば、次で終わらせる……!」
巨大な風の槍が形成される。
直撃すれば、確実に致命。
信長が前に出ようとする。
「待て……!」
虎永は、はっきりと言った。
「――信長さん」
「……次は、僕が行きます」
少年の瞳は、
もはや迷いを超えていた。
風が、泣き叫ぶ。
嵐が、牙を剥く。
そして――
決定的な一撃が、放たれようとした、その瞬間。
画面は、白く、切り替わる。




