第6承 第8和【八岐大蛇 肆腫 雷の首 麗香 前闘】
最初に鳴った雷は、空ではなかった。
――麗香の胸の奥で、だった。
戦場は、富士の北麓。
大地は裂け、火山灰と魔力が雲のように垂れ込める。
空を覆う雷雲は、自然のものではない。
八岐大蛇・雷の首が生み出した、
“意志を持つ雷界”そのものだった。
雷は落ちない。
探している。
「……来るわね」
麗香は、静かに空を見上げた。
雷雲が割れ、
そこから“首”が降りてきた。
巨大。
白銀と群青の鱗。
角は天を貫き、眼は常に稲光を宿す。
雷の首は、もはや怪物ではない。
それは――
古代雷神の権能そのもの。
「我は《轟天》。
天を裂き、地を裁く雷霆。」
声が、雷鳴と重なる。
「天神の血を引く娘よ。
なぜ、人の側に立つ?」
麗香の右手の甲が、眩く光った。
信承の文字。
「……人は弱い。
だから、雷は“戒め”として与えられた。」
轟天が嗤う。
「ならば、なぜ人は争う?
雷を恐れぬからだ。」
轟天が首を振る。
その瞬間、空が裂けた。
無数の雷柱が大地へ突き刺さる。
回避は不可能。
防御も意味をなさない。
雷そのものが“場”になっている。
麗香は走る。
雷を避けない。
雷の間を読む。
しかし――
一瞬の油断。
肩に直撃した雷が、麗香を地面へ叩きつけた。
「……っ!」
神承の防御がなければ、即死だった。
轟天は冷ややかに告げる。
「雷は速さではない。
“選別”だ。」
視界が白くなる。
その中で、
麗香もまた“過去”を見た。
雨の夜。
幼い自分。
停電した家。
雷鳴に怯え、
布団の中で震えていた――あの夜。
「大丈夫よ」
母の声。
温かい腕。
『雷はね、怒ってるんじゃないの。
迷ってる人に、“道を示してる”だけ』
「……お母さん……」
雷が落ちるたび、
母は空に向かって手を合わせていた。
『天神さま。
どうか、この子を導いてください』
現実に引き戻される。
轟天が、じっと麗香を見下ろしていた。
「恐れていたな。
雷を。」
麗香は、立ち上がる。
膝が震える。
それでも、目は逸らさない。
「……ええ。
怖かった。」
正直に、言った。
「でもね……」
右手を、空へ掲げる。
「雷は“命令”じゃない。
“問いかけ”なの。」
轟天の瞳が細まる。
「問い……だと?」
麗香は、目を閉じた。
雷雲の奥。
無数の雷の“声”。
怒り。
悲しみ。
裁き。
祈り。
雷は、すべてを等しく見ていた。
「……雷はね……
人を殺したいわけじゃない」
麗香の声が、雷界に広がる。
「“進め”って言ってるだけ」
雷が、一瞬――静止した。
轟天が、明らかに動揺する。
「……雷が……止まった……?」
同じ瞬間。
それぞれの戦場で、
“理を理解する者”が生まれ始めていた。
雷界も、また――
その流れに抗えなかった。
轟天が吼える。
「違う……!
雷は裁きだ!
従わぬ者を打つ天罰だ!!」
だが、雷は――
麗香の言葉に、応えていた。
雷が、彼女の周囲を円を描いて巡る。
攻撃ではない。
共鳴。
麗香は、静かに告げた。
「ねえ……轟天。
あなた、ずっと“孤独”だったでしょ。」
雷神の巨体が、僅かに震えた。
雷雲が、うねる。
雷の首は、完全に怒っている。
だがその奥に――
初めて、“迷い”が生まれていた。
轟天は告げる。
「ならば証明せよ。
人が雷に値する存在だと。」
雷界が、さらに濃くなる。
これは、
力では終わらない戦い。
麗香は、深く息を吸った。
「……いいわ。
見せてあげる。」
雷鳴が、再び轟いた。
――だがそれは、
もはや“処刑”の音ではなかった。




