第6承 第3和【八岐大蛇 壱腫 暗黒の首 海里 後闘】
世界の色が褪せ始めていた。
暗黒の首──八岐大蛇の最深層に潜む“影の理”を司る首が倒れるまで、
この灰色の夜は終わらない。
海里は、血のにじむ膝を押さえながら立ち上がった。
「……まだ、終わってない。こんなところで止まれないよ……!」
深く息を吸うと、肺が焼けるように痛んだ。
それでも海里は前を見た。そこに立っているのは──
海里と同じ顔、同じ声、同じ呼吸をする少女だった。
影の海里。
暗黒の首が生んだ、海里の“恐怖の集合体”。
ただのコピーではない。
海里がこれまでに抱いた罪悪感、後悔、敗北、自己否定……
すべてを凝縮し、悪意に変換した存在。
影の海里は、海里の右目と同じ蒼い光を持ちながら、
左目だけが虚無の闇で満ちている。
「海里。あなたは、弱い。
みんなを失って、今も自分を責め続けている。ふふ……見ていられないよ」
海里の心臓が強く締め付けられる。
「……違う。私は──」
「“違う”と思いたいだけ。
あなたはLUNAひとり救えなかった。
悠真も、實光も、ジェイデンも、レイも、そして……あなたが守りたい人たちの未来さえ。」
海里の足が震えた。
影の海里の声は、海里の胸の奥深くにある痛みに触れる。
決して他人には触れられたくなかった傷に。
影の海里は黒い波動をまとい、ゆらりと歩み寄る。
「海里。気づいてるよね?
あなたは、怖いんだ。
“誰も救えない自分”になるのが。
だから、私を倒せない。」
海里の喉が震えるが、声にならない。
影の海里は海里の頬にそっと指を伸ばした。
まるで姉が妹に触れるように優しく。
「もう、終わりにしようよ。
あなたは、ここで消えるべきなの。
それが、一番楽だよ……?」
ふ、と海里の背後で“影”が揺れた。
暗黒の首が、海里の恐怖に同調するように、
ぬらりと姿を変え、巨大な顎を開けていく。
──影が、飲み込もうとしている。
海里の心が崩れそうになった瞬間。
胸の奥に、かすかな声が響いた。
『海里、あなたはひとりじゃない』
LUNAの声だった。
あの柔らかな歌声。
海里をいつも励まし、支え続けてくれた声。
「……LUNA……?」
海里の指が小刻みに震えながら、目に涙が滲む。
影の海里は眉をひそめる。
「まだ……そんな幻想を追いかけるの?」
「幻想なんかじゃない!」
海里は目を見開き、涙の粒を地面に落とした。
「LUNAは、確かにいなくなった……
實光さんも、みんなも……
でも、私の中から消えてなんかない!!」
海里の体から青白い光が溢れ始める。
影の海里は初めて後ずさった。
「……やめて。あなたはそんな力を使えない……!」
「私ひとりじゃ、無理だったかもしれない。
でも私は、みんなと一緒に戦ってる!!
この身体に残った“縁”が、私を支えてくれてる!」
海里の右手が光の粒を握り締め、
それが刀の形へと変わってゆく。
神器・蒼天の刃
海里が初めて本気で握った、魂の刃。
影の海里は狂ったように叫んだ。
「やめてっ……!
あなたは私!!
あなたが私を斬るってことは……自分自身を否定することだよ!!」
「違う!!」
海里は涙を振り払い、走り出した。
「私は“弱い自分”と、ちゃんと向き合うの!!
逃げない!!
みんなからも、自分からも!!」
影の海里は両手に黒い光を溜め、海里へと突撃する。
「やぁぁぁあああああッッ!!」
「うああああああああッッ!!」
光と闇がぶつかり、地面が裂け、空間が悲鳴を上げた。
青と黒の閃光が交差する。
海里の刃が影の海里の胸元へ、
影の海里の闇が海里の喉元へ。
一瞬の静寂。
次の瞬間──
影の海里の胸から黒い霧が噴き出し、砕け散った。
「……あ……ぁ……」
影の海里は崩れ落ち、海里の腕の中に抱かれた。
その顔は──まるで泣きじゃくる子どものようだった。
「……なんで……助けようとするの……
私を倒して、楽になれるのに……」
海里は静かに微笑み、影の海里の頭を撫でた。
「だって……あなたは、私だから。
本当はずっと苦しかったんだよね……
ごめんね。ずっと放っておいて。」
影の海里の瞳が震え、涙が零れた。
「……海里……」
「大丈夫だよ。
これからは一緒に前を見るの。
“弱さ”も、“強さ”も、どっちも私。
だから──」
海里は影の海里の手を握りしめ、静かに言った。
「もう、ひとりにしないよ。」
影の海里の身体が光り出し、温かい風となって消えていった。
残されたのは、海里の胸の中に宿った“影の海里”。
暗黒の首が、巨体を軋ませて崩れ落ちる。
海里は刀を収め、空を見上げた。
「みんな……私、やっと……
自分に勝てたよ。」
その瞬間、
海里の背後に、花びらのような光の粒が舞った。
まるでLUNAの歌声が、そっと背中を押しているようだった。
「──行くね。
ここから、本当の八岐大蛇との決戦だ。」
海里はボロボロの身体に再び気力を灯し、
次の仲間のもとへ向かって走り出した。
世界を救うために。
たとえその先が、自分の“終わり”であっても──。




