第5承 第13和【黄泉】
アトランティスは、海鳴りを背にしながら東へ向かっていた。大地がかすかに震え、まるで古代文明そのものが目覚めて歩いているかのようだった。
一方、實光は静かに印を結び、陰陽道の秘術――「遁行之術」を発動する。
瞬間、彼の足元に五芒星が光り輝き、空気がゆがんだ。
——次の瞬間、實光の身体は京都の地へと転移した。
そこに待っていたのは、闇そのものが凝縮したような怪物。
鵺――四神が歪んだ形で融合した禁忌の合体獣。
頭は虎の咆哮
背に青龍の鱗
腹には朱雀の炎
四肢は白虎の爪
尾は玄武の甲羅をまとい、影のように揺れる
“グォォォォォ……!”
その咆哮だけで古都の瓦が振動し、結界が軋む。
しかし實光は一歩も引かない。
彼は右手を胸元に添え、静かに言霊を紡ぐ。
「行け。——我が影、我がもう一つの魂よ」
すると實光の体から黒と金の霊気が噴き出し、そこから彼とそっくりの“化身”が生まれた。
化身は実体を持ち、實光本人と同じ術を使えるもう一つの戦力。
さらに實光の背後に、青い光柱が立ちのぼる。
守護神・“タケミカヅチ”が降臨した。
雷鳴のような声が響く。
「實光よ、力を示す時が来た。アトランティスも、この異形も…放置すれば日本は終わる」
化身は鵺に向かい、タケミカヅチは西から迫るアトランティスの波動に目を向ける。
實光は深く息を吸い、つぶやいた。
「京都は、俺が守る」
その足元で、再び五芒星が輝いた。
京都の空は、黒雲を裂く咆哮によって震えていた。
鵺は四獣がねじ曲がって合体した禁忌の巨獣。朱雀の炎は夜空を焦がし、青龍の鱗は鋼をも断ち、白虎の爪は大地を切り裂き、玄武の甲羅はどんな攻撃も跳ね返す。
その叫びは怨霊の悲嘆のように響き、京都全土の結界を震わせた。
實光の化身がその前に立ち、無音の構えを取る。
だが、鵺の力は常軌を逸している。化身の肩が一つ斬り裂かれ、霊気が散った。
「ぐっ……まだだ」
實光は歯を食いしばりながら眼前の怪物を見据えた。しかし――それだけでは終わらなかった。
東の地平線から、新型核弾頭アトランティスが向かってきている。
地震ではない。津波でもない。
アトランティスが京都へ向かって迫ってきているのだ。
その進行は“終末”の歩みにしか見えなかった。
「……時間が、ない」
實光は、己の胸の奥で静かに決意を固めた。
陰陽師として最後の禁忌――
“黄泉結界”
それは天地の境を無理やり裂き、怪物を死者の国・黄泉へ落とす禁断の術。
だが、その結界の成立には必ず――
“人柱”が必要だった。
そして人柱とは、術者自身。
一度黄泉に足を入れれば、帰る道はない。
實光はゆっくりと、京都の大地に膝をつき、右手で印を結ぶと、深く吸い込むように柔らかく息を吐いた。
「……ここまでか。だが、まだ終わらせはしない」
鵺の影が押し寄せる。アトランティスの波動が空気をゆがませる。
大地は鼓動のように震え、京都の結界が悲鳴を上げた。
實光は立ち上がり、天と地と自らを一直線につなぐように両手を広げる。
そして――
「天地結びて 幽明を断つ
黄泉比良坂 我が身を贄とす
開け、黄泉の門――」
唱えた瞬間、大地に巨大な“反転した五芒星”が出現し、黒と金の光が噴き出した。
その中心に立つ實光の姿は、もはや人ではなく神域の影。
鵺が気配に気づき、怒り狂ったように突進する。
「来い。黄泉で眠れ」
實光は静かに、しかし厳かに――
この世に向かって深く一礼した。
人として最後の礼儀。
京都と、この世界への別れ。
続けて、両手を高く掲げ、
パンッ……パンッ……パンッ……(八拍手)
響くたびに空が裂け、地が吠え、術の力が暴走するほど膨れ上がる。
八つの拍手は、天と地に別れを告げる“封印の拍子”。
光が實光の足元から噴き上がった。
「この命――ここにて尽きるとも、行かせはせぬ!」
空中に歪が生まれ、黄泉の闇が現界へ噴き出し、
鵺がその闇に飲まれ、四獣の断末魔が京都に響き渡った。
アトランティスも、黄泉の吸引に引きずりこまれた。
その中心で、實光の身体は光となり、少しずつこの世から消えていった。
しかし――その顔は穏やかだった。
「……母なる国よ。どうか、安らかに」
最後の言霊が風に溶けると同時に、
實光は完全に黄泉へと消えた。
そこにはもう、彼の影すら残っていなかった。
だが、京都は静かに、確かに救われていた。




