第1承 第4和 【神承現象】
島根の朝は、昨日よりさらに静かに始まった。
避難所の人々は眠りから覚め、テレビやスマートフォンで“異常な光柱”のニュースを確認する。
だが、真実を知る者はほとんどいない。
出雲大社付近の地下亀裂。
海里の手の甲の光は、昨日よりも強く、温かく脈打つ。
桐生と糸は彼女の横に立ち、慎重に観察する。
「大丈夫……海里、深呼吸して」
糸の声は穏やかだが、背後の空気は緊張で張りつめていた。
海里は目を閉じ、光の感覚に身を委ねる。
心の奥で何かが目覚める感触。
それは恐怖ではなく、確かな“使命感”だった。
手の甲の光は赤く、まるで血管のように走り、指先から足先まで波及する。
桐生は解析装置に目を落としながら言った。
「神域波長と完全同調。これで君は正式に神承者として覚醒した」
糸は海里の手を軽く握り、微笑む。
「受け入れろ。力は怖がるものじゃない」
亀裂の奥から、うねるような唸り声が響く。
八岐大蛇の影がさらに鮮明に、地中から浮かび上がる。
八つに分かれた尾が地面を叩き、地鳴りが山々を揺るがした。
海里は無意識に手を掲げる。光が亀裂に向かって伸び、赤と白の光が交錯する。
その光に触れた瞬間、八岐大蛇の動きが一瞬止まった。
目が合う。赤い瞳が、魂の奥まで見透かすように海里を見据える。
「……私が……止める……」
海里の声は小さいが、決意に満ちていた。
胸の奥で光が弾け、全身を包む。
八岐大蛇も、反応する。
封印の中心に眠る力が、静かに反応を示したのだ。
その瞬間、遠く東京の総理官邸。
鷹宮澪はモニターの前で黙って見つめる。
全国に張り巡らされたセンサーが、島根の地中で起こる現象を詳細に示す。
「……彼女が……目覚めたのか」
総理の声は静かだが、胸中の緊張は画面越しにも伝わる。
世界中でも同様の小さな光が点在し始める。
日常の街角で、手の甲に光が宿る人々。
コンビニの青年、シングルマザー、歌姫、アスリート、無期懲役囚――
誰も意識していないが、世界のどこかで“選ばれた者”の体に、微かな震えが走る。
島根の地中では、八岐大蛇がゆっくりと首を持ち上げ、闇の中で威圧する。
だが海里の光が届く範囲だけ、闇の勢力は押し返される。
封印の残響と神承者の力が、まさに接触した瞬間だった。
桐生は装置の画面を確認しながら小声で言う。
「ここからが本番だ……。封印を守るだけでなく、あれを封じ返す手段を探さねば」
糸はうなずき、海里の背中を軽く押す。
「大丈夫、私たちは一緒。怖がらなくていい」
亀裂から立ち上る光が、やがて夜空に向かって伸びる。
島根の山々を白く染め、遠く離れた街の人々にも届く。
世界はまだ、目に見えぬ脅威の存在に気づかない。
しかし、この光の連鎖が、確実に未来を変えていくことだけは確かだった。
海里は深く息を吸う。
目覚めた力を手に、次の一歩を踏み出す覚悟を決めた。
世界の運命を変えるために。




