第3承 第11和【続 戦闘 野槌】
霧が静かに割れ、
神承者たちが歩く樹海の中に――
ぽつん、と 白い病室 が浮かぶように現れた。
レイの足が止まった。
空気が変わる。
重力が変わる。
呼吸ができなくなる。
ただ一言、彼は呟いた。
「……弟……?」
ベッドには、
レイが十代のとき病気で亡くした、
細い身体のままの弟が横たわっていた。
もう二度と聞けないはずの、
優しい寝息が響いている。
レイの膝は崩れた。
「夢かよ……こんなの……」
弟の手に触れた。
温かい。
生きていた頃と全く同じ。
レイの涙がぽたりと落ちた。
◆1.レイの心が折れる瞬間
弟が目を開けた。
「お兄ちゃん……ずっと会いたかったよ」
レイは泣き笑いになった。
「お前……やっと、やっとまた……」
弟は微笑んだ。
「ねえ、お兄ちゃん。一緒に帰ろう?
もう戦わなくていいよ。
ここなら、ずっと一緒にいられる」
その瞬間、樹海の霧が優しく包むように揺れた。
レイの心が、静かに軋んだ。
――任務。
――仲間。
――未来。
そんなもの、どうでもよくなるほど。
弟の存在が大きかった。
レイは弟の小さな手を握った。
「……ああ。もう疲れたんだ。
弟と一緒なら……ここで消えるのも……悪くない」
そのとき。
強烈な叫びが病室を震わせた。
「レイ!!!やめて!!!」
バニーだった。
◆2.バニー、命がけの説得
バニーはレイにすがるように抱きつく。
「レイ……お願い、帰ってきてよ……
あたし、あんたがいなきゃ……!」
レイは悲しそうに微笑んだ。
「バニー……俺は、もういいんだよ。
弟と一緒に……やっと、家族になれるんだ」
「違う!!」
バニーの声が震えた。
「それ……本当に弟さんの願いなの?
あんたが死ぬことを望む“弟さん”がどこにいんのよ!!」
レイは顔を背ける。
「バニー……やめろよ……俺は……」
「ねえレイ。
あたし、弟さんに会ったことないけどさ。
でもね……人を救ってきたあんたを、一番誇りに思ってるのは……
きっと弟さんだよ……!」
弟の幻影が静かにレイの腕を引く。
「お兄ちゃん……一緒にいようよ……」
レイは揺れた。
心が折れそうだった。
そのとき。
バニーの前に、
ひとりの少女の幻影がふわりと現れた。
◆3.“バニーを守って死んだ少女”が現れる
セーラー服。
風に揺れる黒髪。
優しい瞳。
その少女を見た瞬間、
バニーの全身が固まった。
「……うそ……なんで……」
少女は柔らかく笑った。
「バニー、久しぶり」
レイが驚く。
「バニー……知り合いか?」
バニーは震える声を絞り出した。
「あの子……
あの子は……
あたしを守って、死んだ……」
◆4.花壇が真っ赤に染まった記憶
高校時代。
バニーは“男の娘”として生きることを馬鹿にされ、
毎日のようにいじめられていた。
その中で唯一味方をしてくれたのが、
幼なじみの少女・紗月だった。
しかし――
ある日。
バニーを庇って突き飛ばされ、
紗月は屋上から落ちてしまった。
花壇は一面、
赤い花びらと血で染まった。
その瞬間の記憶がバニーの心を砕いた。
◆5.紗月の告白(唯一、野槌に操られていない幻)
紗月の幻影は、
弟の幻影とは違い、
どこにも黒い影がなかった。
野槌の霊力に乗っ取られていない――
“純粋な魂の残り香”だった。
紗月がバニーの手を取る。
「バニー……
やっと言える。私……あんたが好きだった」
バニーの世界が止まった。
「……え……なんで……
だって……あたし……」
「知ってたよ。
バニーがバニーとして生きたいことも、
全部、全部知ってた。」
紗月は優しく微笑んだ。
「だから死ぬ間際、願ったんだ。
“どうかバニーが、本当の姿で生きていけますように”って」
バニーは胸を押さえ、崩れ落ちた。
「やだよ……紗月……もう消えないでよ……
お願いだから……」
紗月は首を振る。
「バニー、あなたが幸せになるのが一番の願い。
だからレイを……ここで死なせちゃダメ。」
レイが息を呑む。
「俺……?」
紗月はレイの肩に触れた。
「レイ。
弟さんの“帰ってきて”は、
あなたを死なせるための言葉じゃない。」
弟の幻影が、静かに顔を伏せる。
◆6.レイの覚醒
レイは初めて弟の幻影の顔を真正面から見た。
その瞳の奥に――黒い影が揺れた。
「……そうか……
弟じゃない……
“お前”だったんだな……野槌……!」
病室が震え、
弟の姿がゆっくりと歪み、
黒い霧へと変わり始めた。
レイは血を吐くように叫んだ。
「俺は行かねぇ!!
弟は俺に“生きろ”と言った!!
二度も家族を失わせてたまるか!!」
幻影は怒り狂った咆哮を上げ、
レイの腕を掴もうとした。
バニーが叫ぶ。
「レイ!!生きて!!
あたし、あんたに死んでほしくない!!」
レイの拳が霧を貫いた。
黒い弟の幻影は――
爆ぜるように消えた。
◆7.紗月の最後の言葉
紗月の幻影は、ふっと微笑んだ。
「バニー……もう大丈夫だね」
「やだ……行かないで……また一緒に……」
「バニーは一人じゃない。
レイも、仲間もいる。
だから……幸せになって」
バニーは何度も首を振った。
紗月はそっと、彼の頬に触れた。
「私ね、最後まであんたが好きだったよ」
その言葉を残し――
光となって消えた。
バニーは声をあげて泣き崩れた。
レイも肩を震わせた。
二人は互いに寄り添いながら、
樹海の冷たい風の中で泣き続けた。




