第1章2節 自称・宇宙人
ついて来いと強引に先導され、人通りのない通学路を二人で突き進む。
見られていないように思えても、意外な場所に目があるのが田舎である。誰が誰に告白したとか、翌日には山奥のおばあさんにまで情報が伝わっている。
周辺住民の年齢から出身校、車のナンバーに趣味や職業まで筒抜けだ。近くに山があり、山に入ったきり戻って来ない人がいたりするので、住民の監視の目が強いことが必ずしも悪いわけではない。有事の際は協力するのが当然という仲間意識も、良い方向に働く場合がある。
先に言っておくなら、俺は決して地元が嫌いなわけではないのだ。
町の外を知らないから、嫌うに嫌えないというのもあるが。
「本拠地とやらは歩いて何分くらいの場所にあるんだ?」
「何分……? 地球人の時間感覚はよく分からないんだよね」
「そ、そうか……」
話があると言って突き進む彼女は、雑談の一つも挟む気配がない。本拠地とやらに着くまでは、質問を控えようかと思ったのだが。ジャブ程度の内容なら聞いてもいいだろうと口を開いてみる。
「なあ、君は空から落ちて来た宝玉の持ち主なんだよな?」
「うん、うちに代々伝わるモノではあるね」
「だったら返すよ、宝玉。拾っただけであって、俺のものではないしな」
純銀のような髪がキラキラと光の粒を散らす。
「持ち主はキミなんだよ、おめでたい地球人」
「俺には宇田川隆宏という、れっきとした個体名がある」
化け物に襲われた地点から、徒歩十分としないうちに本拠地とやらに到着した。
足場の悪い草むらの奥に、レンガの西洋館が鎮座している。壁にはツタが絡まり、窓ガラスにもヒビが入っていた。俺が知る限り、ここは廃墟だったはずだ。
「ここって……廃墟じゃなかったのか」
「住めるように手を加えてる最中だから、まだ水も電気も通ってないけど。ここがわたし達の本拠地。応接室に案内するよ」
吹き抜けの広間を進み、アンティーク調の机とソファが並んだ応接室に通される。『わたし達』という言い方からして、一人暮らしではないようだ。
「その、お家の人とかは」
「買い物でも行ってるんじゃない?」
可愛い女の子と二人きり……と思ったが、彼女は異形の化け物を素手で殴殺しているのだ。二人きりになって危機感を覚えるべきは俺の方である。
「キミが拾った宝玉だけど、それはわたしの惑星で国宝に指定されてるものなんだよね」
「君の家で、って意味でいい?」
「惑星プラメルは遥か遠くの銀河に実在する星なの。地球ほど住みやすい星じゃないけど、れっきとした故郷なんだから」
彼女は真顔で、凝った設定を貫き通してきた。
「自称・宇宙人とは重症だな……」
「自称じゃない!」
そうは言っても、彼女の主張を裏付ける証拠がない。
何の冗談だと思ったが、彼女は本気でその設定を押し通すつもりらしい。
「キミを襲った化け物が、地球の生命体だと思う? 地球にあんな生き物いないでしょう?」
少女はこちらの鼻先に、ピンと人差し指を突きつける。
「信じてもらわないと話が進まないから、認めてくれたってことでいい? わたしは地球の外から来た人間で、キミから見れば宇宙人。オーケー?」
「お、おーけー」
この町で宇宙の話をするということは、それなりに覚悟あってのことだろう。事実上の村八分を食らっている自分くらいは、突拍子もない言い分を信じても良いかもしれない。
「そうだ、屋上のミステリーサークルで呼び出されたとかいうことは?」
「何かで呼び寄せられるようなことは、ないはずだけど」
お手製のミステリーサークルは、宇宙人の襲来に無関係らしい。何だか残念だ。
「キミが拾った宝玉は『星玉』と言って、王族の沽券に関わる大事なモノなの。地球では七年前に相当するのかもしれないけど、こっちにとってはそこまで長い年月は経ってないっていうか……そもそも時間の流れの体感が違うから、説明しようがないね」
宇宙人の少女は淡く光る触覚を、人差し指でつつく。
「星玉には意志がある。キミの手に収まったなら、星玉はキミを持ち主に選んだんだよ」
どこから落ちて来たものか分からず、持ち主が見つかるまではと持ち歩いていたのだが。自分が持ち主だと言われて、どう反応していいか分からない。
「王族にとって大事なものなら、どうして手放したりしたんだ?」
宇宙人は初めて言葉に詰まった。別の文化圏どころか成層圏で生きてきた相手とは思えないほど、表情が分かりやすい。
「狙われたからだよ。星玉は王族の権威を象徴するものだから、反乱分子はまず星玉を狙う。わたしの故郷は小さい国家だから、反逆を目論む人間が現れやすいの」
「一つの惑星に一つの国家しかない、ってことか?」
「そう、地球はいくつも国があるって知ってびっくりした。地球ほど大きくないし、居住可能区域も狭いからね。人口一億人くらいの星だよ」
惑星一つ分の人口が、日本と同じくらいだとは。地球も砂漠化が進んでいるという話だし、居住可能区域が狭いこと自体は特段気に留めることではないのだろう。
「反乱分子の活動が収まらないから、星玉の行方を追って来たの。無事を確かめたかったし、どんな人に拾われたか気になるし。星玉の主は保護する義務があるから」
「ってことは、君は王族の関係者なのか?」
「正統な王家の末裔だよ」
少しばかりホコリっぽい空気に息が詰まった。
「つまり、お姫様だと?」
「地球の言葉で言うとそうだね。王位継承者ではないから、かしこまらなくていいけど」
「地球では王家の人間自ら、未知の土地に出向いたりしないものだぞ」
百歩譲って宇宙人だと受け入れられたとしても、王族の末裔を名乗られたら凍り付く。
「少しくらいはかしこまってよね! 異国の庶民が堂々と話せる相手じゃないから!」
「どっちなんだ……」
「わたしが来なかったら、化け物に頭からバリバリ食べられてたのに! 地球人って皆こうなの?」
俺も見ず知らずの土地に放り出されて、自分のような人間に出会ったら、この土地の人間はなんて恥知らずなんだと思うのだろうか。
「俺の恥知らずも無礼も、ガン細胞みたいにポンと生まれる失敗作ゆえのモノだ」
「全く納得できない……。王家の命運を握る宝を、こんな人が持ってていいのかな……」
「この玉には意志があるから、持ち主は玉が自分で選ぶって話じゃなかったか?」
「だから困ってるんだよ」
くたびれた風に話す少女を見て、ふと疑問が浮かんだ。
「俺が化け物に殺されたら、星玉の所有権はどうなるんだ?」
「後継が行われる前に死んだら、星玉は効果を失う。そこに眠った意志ごと葬り去られる」
「そんなシロモノを、どこの馬の骨とも知れない他国の人間に預けて良かったのか⁉」
「非常時で止むを得なかったの!」
効果とか意志とか、意味は分からないが大事なものだというのは分かる。
偶然拾ったばかりに、圧し掛かる責任の重さに打ち震えた。
「しばらくはキミの護衛として動くから」
「一緒に行動するのか? お前と?」
「嫌とは言わせないからね? 故郷の命運が掛かってるんだから」
あの化け物に対処する方法がない以上、彼女が傍についていなければ俺は死ぬ。未練は全くないのだが、こんな失敗作の命一つで彼女が窮地に立たされると思えば断れない。
「もうしばらく、この町に滞在するのか」
「反乱分子の活動が落ち着くまでは、こっちにいるよ。キミは命を狙われ続けるだろうし、わたしは守り続けなきゃいけないし。こっちにいる方が都合良いの」
「俺と行動するのは、本当にお勧めしないけどな。まだ完全にお前が宇宙人だって信じたわけじゃないが、故郷のためって言われたら断るわけにも……いかない、よな」
ヒビ割れた窓から強い日差しが差し込む。一際強くなった光で彼女の姿が逆光になる。
日差しに照らされる銀色は、神秘的な色合いに染まっていた。
「そういうことならよろしくな、宇宙人」
「わたしにはソリスって名前がある」
「俺にも隆宏って名前があるんだ」
化け物から守ってくれるというのなら、断る選択肢はない。
こうして彼女は、この町にやって来た。