表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この広い宇宙と交信中  作者: 泉河ミナヅキ
第一章 惑星プラメルからの使徒
2/27

第1章1節 生命体襲来

 校舎の屋上にチョークで線を引く。コンクリートの地面に白い線が映えた。

 手に付いた粉を払い、傍に置いていた雑誌と見比べる。誌面に載った幾何学模様を再現するべく、さらに線を描き足した。


「これで良しっと」


 時計の文字盤のような幾何学模様を組み合わせた図形が完成する。

 ミステリー雑誌によれば、この記号で宇宙人にメッセージを送れるらしい。俺は信じているわけではないが、偽物でしたと断言するには一度やってみる必要がある。


 チョークをケースに仕舞って立ち上がった時、屋上の扉がガチャリと開いた。


「ヒロ、昼休み終わる十分前」


「もうそんな時間か。あっという間だったな」


 屋上に顔を出したクラスメイトの久我(くが)睦月(むつき)が、扉を縛る鎖を片手に立っている。

 俺より少し高い身長に、制服に包まれた細身の体躯には何重にも包帯が巻かれている。透けるような色素の薄い髪に白い肌、それを包む包帯の白が日差しの中に眩しい。中学時代からの友人である睦月は、ちらりと屋上のコンクリートに残された幾何学模様を一瞥した。


「それ、残して行くのか?」


「ああ、雨で消えるまでこのままにしておこう」


 この高校の屋上は当然、立入禁止で扉に鎖が施してあった。事故防止の観点から施されていた鎖を、素手で破壊したのが睦月だ。おかげで屋上に自由に出入りできているが、繊細そうな見た目からは想像もできない剛腕には毎度目を見張る。


「ナスカの地上絵みたいだ」


「真上から見てないから、どのくらい綺麗に描けたか分からないけどな」


 屋上を出て、ドアノブにチェーンを掛けた。チェーンに取り付けられた南京錠は、掛け金が折れた状態でチェーンに絡みついている。

 壊れた南京錠はすっかり役目を放棄しているが、教師も他の生徒も、屋上の扉を開けようとはしない。南京錠は機能していると、見かけた人が勝手に思い込んでいるようだった。おかげで俺達は人目を気にすることなく、自由に屋上に出入りできている。

 階段を下りて屋上から五階の廊下に合流すれば、昼休みも終わりに近付いているとあって人通りが減っていた。


「全く授業受ける気分じゃない……。せめて好きな時に受けられるようにならないものかね」


「なぐる?」


「なぐらない」


 開きっぱなしの教室のドアを通り抜けると、数人の視線がこちらに集中した。

 全員ではないにしても、クラスの何人かはこちらに不躾な眼差しを向けてくる。


「戻って来たよ、あの人」


「あのシダ屋敷に出入りしてるんでしょ? 怖いよね……」


 この町は程々に田舎で、誰がどこに出入りしているなんて個人的な情報も出回りやすい。親の職業や勤務先、経済事情も流通しているので、プライバシーはあってないようなものだ。


「シダ屋敷の爺さんって、まだ生きてんの?」


「さあ? 出て来るところを見た人はいないって話だし、廃墟に宇田川が住み着いてるとか」


「あり得るよね、秘密基地とか言って住み着いてそう」


 くすくすと笑う同級生の声は、ばっちり耳に入ってきた。

 宇田川(うたがわ)(たか)(ひろ)というのが俺の名前である。

 シダ屋敷と呼ばれる廃墟じみたボロ屋敷は、曰くつきのスポットとして町の一部で有名だ。屋敷を覗き見た誰かが、そこで老人が宇宙人と交信する姿を見かけたという。

 シダ爺の家は望遠鏡や天体に関する書物で溢れているし、一見して宇宙に興味のある趣味人だと分かる。あの老人は典型的な夜型人間なので、夜に見かけた恐怖も相まって、そんな噂が流れたのだろう。

 ニッケルを含む隕石を英語でシダライトと呼ぶことが語源だとか、シダ植物が生い茂っているからだとか、あの屋敷がシダ屋敷と呼ばれるようになったきっかけは諸説ある。

 一つ確かなのは、俺が小学生になる頃には、もうシダ屋敷と呼ばれていたということだ。

 静かに宇宙の研究をしていたい爺さんからすれば、傍迷惑な話だろう。


「ヒロ――なぐる?」


「なぐらない。実際行ってんだから別に良いさ」


 許可が下りないと分かれば、睦月は大人しく引き下がる。

 俺も自分の席に着いて、チョークケースをカバンに入れた。

 敵が多いのは昔からだ。そこに別の噂が加わったくらいで何も変わらない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 学校からの帰り道にファストフード店もカラオケもない田舎道、一人で歩道の白線の上を歩く。コンビニくらいはあるが、時間を潰すほどの広さもないちっぽけな店舗だ。

 春先の温い空気を受け、俺は両脇に河川敷の広がる道路を一人歩く。

 睦月の家は逆方向のため、学校の帰りはいつも一人だ。


「ん……?」


 道路を歩いていた俺の前に、ズルズルと何かが這って来る。

 人が飛び出して来たのかと思ったが、逆光になったシルエットは不安定に歪んでいた。ゴポゴポと揺らめく人影は腕が異様に長く、手があるはずの部分に鍵爪が付いている。

 異常性に気付いたのは、その異形まで約二メートルという位置に接近してからだった。

 逆光だったのと、そんなものが現れるはずがないという先入観。


「何、だ……?」


 全員が甲虫のように真っ黒で、太陽の光を反射して照っている。

 人間で言えば顔に相当する場所に、目鼻は存在しなかった。鋭い牙に縁取られた大きな口があるだけ。

 その口が俺の方に向いた直後、大きな口から透明な液体が溢れた。唾液、だろうか。

 タチの悪いレプリカのようなそれは、名状しがたい叫び声を上げる。


「グルオォォォ――!」


 金属同士を擦り合わせるような甲高い音。

 耳を塞ぐ間もないままに、異形はこちらに突進して来た。


「ッ嘘だろ……」


 下校時刻だというのに、通学路には俺以外に誰もいない。

 真の恐怖を前にして脚がすくむ。宇宙人襲来のシミュレーションを何度していようと、本当の危機とは無縁に育ったせいで身体が追い付かない。

 背を向けて全力疾走したって、すぐに追いつかれる。それが分かってしまうほどに速い。

 大口から伸びた真っ赤な舌が、俺の頭部に向かって伸びて来る。

 人間の舌のように唾液をまとった舌に、ぞわりと鳥肌が立った。ゴム製のレプリカのようなそれが、生き物らしさを覗かせる瞬間に震撼する。

 食われる、と直感した。

 逃げる余裕さえなく、呆気なく食われる最期が想像できてしまった。

 強く目をつぶって、頭からバリバリと食われる瞬間を待つ。

 覚悟を決めた俺の耳に届いたのは、ゴッという鈍い音だった。

 いつまで経っても、想像していた痛みはやって来ない。痛みを感じる間もなく、恐怖で失神したまま死んだのだろうか。

 だとしたら、格好悪い最期だったなと思ったりして――


「いつまで(うずくま)ってるの、キミ」


 明るく澄んだ声が耳朶を打ち、五感が消えていないことを悟る。

 恐る恐る目蓋を開けた視界に飛び込んで来たのは、純銀を熔かしたような銀髪を背中に伸ばす天使の姿だった。


「とうとう死んだのか、俺……」


「死んでないと思うけど、こんな真っ昼間から酔っ払い?」


 銀髪の天使が顔を歪める。

 あの宝玉に似たマリンブルーの瞳が、みっともない俺の姿をはっきりと映し出していた。


「これだから辺境の惑星は……。なんでわたしが直々に来ないといけないの、こんな惑星(ほし)


 心臓が止まるかと思うレベルで、可愛い女の子だった。

 星屑が舞い散るように輝くプラチナの髪、澄み切った青い瞳。

 現実離れした美しさと色合いに、日本語が通じているのが不思議な心地だった。

 極めつけは一風変わった服装。メタリックなシルバーのクロップドジャケットに、ピンクのインナーが覗く。膝上丈のスカートはネオンピンクのラインで縁取られ、動きやすそうなブーツもゴツいデザインだった。この田舎ではお目にかかることのない奇抜な服装である。


 精巧なお人形のような天使の後ろには、自分が先程までいた通学路の景色が広がっていた。死んだにしては鮮明に、春先の温い空気を肌で感じ取れる。


「さっきの怪物は」


「そこに転がってるよ」


 細い指先の先で、先程の怪物が解体された状態で倒れていた。

 頭部と胴体が真っ二つに割かれ、断面から黒い粘液がタールのように溢れている。日光に当たった液体は、泡を立てて蒸発した。


「何なんだ、この化け物」


「キミを襲うために誰かが送り込んだ人工生命体だね」


 さっきまでの獰猛さはどこへやら、消えゆく黒い化け物。それが何であれ、人工生命体という呼び方にあまり良い気はしなかった。


「それは少し、悲しいな」


「こんな化け物が世に送り出されたことが?」


「そうじゃ、ない。人工生命体って言い方」


「正式名称はガングリオだけど、人工生命体とか化け物って言った方が分かりやすいでしょう」


 銀髪の少女は冷ややかに、こちらを見下ろしていた。

 ずっと低い視点からしか彼女を見ていなかったと気付き、地面に手を突いて立ち上がる。


「えっと、助けてくれた……ってことで良いんだよな? 助かった、ありがとう」


 俺のお礼に対しても、彼女は素気なく返す。


「辺境地のちっぽけな生命体一つでも、今のキミが死んだらマズいからね」


「やけに大きい規模で話すんだな。生命体って……」


 人でもなく生命体という呼ばれ方は、いかがなものか。

 正面から見て気付いたが、銀色の髪からは淡く発光する触覚が伸びていた。針金のような棒の先に綺麗なスーパーボールをくっつけたようなデザイン。そういう形のカチューシャなんだろう、よく出来た作り物だ。


「でも、この辺りじゃ見かけない子だな。どこから来たんだ?」


 銀髪の女の子がいるとなれば、一瞬で情報は広まるはずだ。

 田舎町に現れた銀髪碧眼の美少女という情報を、与太話に飢えた住民は放っておかない。そんな物珍しい状況、拡散されるに決まっている。

 町の外から来たんだろうなとアタリを付けている俺の前で、彼女はすっと胸に手を当てた。


「わたしの名前はソリス・プラメル、惑星プラメルから人探しに来た」


 日本人にしては異質な名乗りと惑星という単語。

 なるほど、そう来たか。


「この町に来たのは最近だな?」


「ついさっき降り立ったばっかりだよ」


「そうかそうか、最初に出会ったのが俺で良かったな」


 閉鎖的な集落の宿命というべきか、この町は余所者(よそもの)に厳しい。

 そして、余所者の次に宇宙に関係するものを忌避する。


「俺の名前は宇田川(うたがわ)(たか)(ひろ)、親切な村人Aだ。村人としてアドバイスさせてもらうと、そういう設定は頭の中に留めておいた方が身の為なのだぞ」


「村じゃないから村人って言わないし、設定じゃないし! 人探しに来たのも本当!」


 まくし立てる少女の動きに合わせて、頭部の触覚モドキが前後に揺れた。


「この辺りに青い宝玉が落ちて来なかった? さっきの人工生命体がキミを狙ったのは、その匂いを嗅ぎつけたからだと思うんだけど」


「青い宝玉……って」


 カバンから掌サイズの青い玉を取り出す。いつか持ち主が名乗り出るまで持っていようと思い、持ち歩いていたものだ。

 拾ったのが七年前で、それからずっと肌身離さず持っていた。


「やっぱり! それを目当てに人工生命体が地球に解き放たれたんだよ」


「落ちて来たのはもう七年も前だぞ。捜索隊を向かわせるには年月掛け過ぎじゃないか?」


「こっちとそっちでは時間の流れが違うんだから、仕方ないじゃない」


 さも当然のように言われても、彼女の頭の中でどんな設定が構築されているのか知る(よし)もない。何のSF小説を参考にしているのか、整合性の取れた設定ではある。


「悪くない設定だな。オカルト雑誌に投書でもしてみたらどうだ?」


「おめでたい頭してるんだね。これが設定で済んだら、どれほど良かったことか」


 やれやれと銀髪の少女は(かぶり)を振る。それに合わせてスーパーボールに似た触覚がぽよんと揺れた。


「外でする話でもないから本拠地に来てもらっていい? キミが拾ったその宝玉について、説明しないといけない」


「時間はあるが……。この町で穏便に過ごしたければ、俺とは関わらない方が良いぞ」


「俺に触れると火傷するぜ、みたいなアレ? どこの惑星(ほし)でも、そういうのはイタいよ?」


 土地の事情を知らないからこそ出る言葉である。

 知らずに地雷を踏んで、過ごしにくくなってからでは遅い。けれど、知らなければ知らないに越したことはないとも思う。他所から来た人に、この町の世間体を説くのは下世話だ。


「見ず知らずの人について行くのは、ちょっと……誘拐(アブダクション)とか怖いし……」


「そこの化け物について、知りたいとは思わないの? わたしにも説明義務があるんだよ」


 アブダクションとやらは分からないけど、と少女は頬を膨らませる。

 化け物は断面からタール状の粘液を垂らし、全身が液体と化して消滅し始めていた。生命活動を停止したら、地面に溶け込んで消えるようだ。人工生命体と呼ばれたそれは完全に消え去り、後には骨も残らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ