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この広い宇宙と交信中  作者: 泉河ミナヅキ
プロローグ
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プロローグ

 夜の肌寒い空気の中で、壊れかけの自転車のペダルを思いきり踏み込んだ。

 カゴは何度も衝突したせいでフレームが歪み、どこかのパーツがガタガタと音を立てている。

 街灯の少ない夜道は暗く、遠くの家屋の窓から漏れる光を頼りに自転車を漕ぐ。

 夏に差し掛かる今の時期、太陽が沈んでも凍えるような寒さにはならない。姿が見えなくなったとて、太陽による影響は確かに地球に届いている。

 ヒビ割れたブロック塀の前で降り、自転車を引いて塀の内側に入った。無節操に枝の伸びた大樹が、ブロック塀を飛び出して道路に顔を出している。

 伸び切った雑草にタイヤの痕を付けながら、敷地の奥に佇む屋敷の裏手に回った。

 縁側に設置された望遠鏡、難しい文字の並んだ宇宙に関する専門書。積み重なった分厚い本に囲まれるようにして、(そう)(しん)の老人が縁側に腰掛けていた。


「シダ爺、今日は星がよく見えそうだな!」


 老人は漆黒に塗り潰された夜空を見上げる。


「牛飼い座が見えるぞ」


「おお、夏の風物詩だな! あれが北極星だから、えっと、あれが牛飼い座か!」


 白髪に無精髭を生やした老人、シダ爺は縁側に置いた緑茶を手に取った。紺色の作務衣が威厳を引き立てる老人は、険しい表情を天体に向ける。

 俺は自転車を草むらの中に停め、縁側によじ登った。

 緑茶が置かれていたお盆の横に行燈が置いてある。その淡い光に照らされた俺の膝を見て、シダ爺は眉をわずかに動かした。


「怪我したのか」


 ハーフパンツの下に覗く血の滲んだコットン。まだ痛む其処(そこ)を、俺は軽く押さえる。


「学校でちょっとな。転んだというか、転ばされたというか」


「大丈夫だったか」


「大丈夫だって、グーで殴り返したし!」


「相手の方が大丈夫だったかと聞いたんだが」


 聞き捨てならない言葉に頬を膨らませる。


「信用ないな! 初めてのことじゃないし、小学生同士のこういうのは遊びの範疇だよ」


 ビッと人差し指を立てた俺に、シダ爺は緑茶を(すす)って一息吐く。


「心配だ」


「いや、そこまで本気で殴り返してないぜ⁉」


「お前さんの将来が心配なのだ」


 真剣な声色に思わず硬直した。こういう時のシダ爺の言葉は、まだ小学生の俺には上手く言えないけれど、俺の今後を左右するようなものだと思う。


「お前さんのような生き方は敵を作るだろう。自分はそれで良くても、敵の多い人生をいつか生き辛いと思う日が来る」


「敵が多いのは生き方っていうより、生まれつきなんだけど」


 濃い鉛色の目が、鷹のような鋭い光を宿していた。


「お前さんがそういう生き方を選ぶことで、傷付く誰かがいつか現れる」


「きっと現れないと思うよ。人に好かれるような性格じゃないのは分かってるし」


「お前さんはそう悪い人間ではない。これから悪性に染まる可能性も、善性に転ぶ可能性もある。本質がどちらだとしても、敵が多い人間は悪性に見られやすい」


 行燈(あんどん)が発する山吹色の灯りが、シワの刻まれた渋い顔付きを照らす。


「本質を真っ当に見てもらう機会さえ与えられんのは、酷く損な生き方だ。敵の多い立場であっても、本質を見ようとする相手にまで同じような態度を取るな」


「本質……一気に難しいこと言われても分かんねぇよ」


「それを理解して、よく考えた上で選べ。考えて選んだ答えだということが大事なのだ」


 爺さんの言葉を、今の自分が理解するのは難しい。理解して考えろというのなら、子供にも分かるように話してほしいものだ。

 その後もいくつか話をして、というよりは自分が一方的に話をして、天体観測に勤しんだ。

 夜中の一時を回る頃、俺は自転車に乗って家へと帰還する。

 以前から夜になっても眠れないことが増えていた。この生活に慣れてからは、この眠れない夜も悪くないと思っている。

 自転車を漕ぐ最中、それは突如としてソラから降って来た。

 頭上で何か光った気がして、真っ暗闇を見上げる。


「何だあれ……」


 遠くにあったそれが、こちらに向かって高速で落下しているのだと気付いた時には額に凄まじい衝撃を受けていた。

 ゴン、と鈍い音が鳴り響く。全身に電流が走るような衝撃が走った。


「ぐあ……っ」


 額に炸裂したそれは、道路の脇に転がっていく。

 ふらつく頭を抱えながら拾ってみると、それは掌に収まる大きさの宝玉だった。宝玉自身が輝いているかのように、内側からマリンブルーの光を放っている。

 額を押さえてしばらく待っていたが、落としましたと名乗り出て来る人は現れない。どこから飛んで来たのか見当も付かなかった。

 帰って仮眠を取りたかった俺は、宝玉をカゴに入れて自転車を漕ぐ。

 あれはそう、星のよく見える夜だった。

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