第7話 眠れば帰れるなんて、誰が決めた?
今回記されしは、“虚無の大地に浮かびし謎の島”──
そして、神に選ばれし乙女たちの、哀しき系譜……。
ギゼルとライルは顔を見合わせた。
「この島、つい最近になって地図に浮かび上がりまして……」
ギゼルが、言いにくそうに口を開いた。
「……最近?」
「この世界の地図は、神の使いとされるレナ様が持っていた“魔法の地図”がもとになっていましてね。地形の変化があると、不思議とそれにも反映されましてな」
その間、みさきはまったく話を聞いていなかった。
(小説なんてもう何年も書いてないはず……。私と思ってる私は、本当は私じゃないってこと??)
頭がついていかず、みさきは思考を放棄した。
「聖都市ブリンティアが一番近い距離で、近々共同で調査に向かう予定になっております」
ギゼルは地図を広げ、指を動かしながら言った。
「とりあえず封印を解いてほしい箇所はここと、ここと……」
「はぁ……(予想以上に多いな)」
みさきはため息をついた。
「そういえば」
「この地では、レナ様とアーヴィ様が結ばれたんですよ。ご存じでしたか?」
「え?(急にどした?しかも誰だっけ?)」
みさきの反応などお構いなしに、ギゼルは嬉しそうに地図を指しながら続ける。
「ここの町で運命の出会いがあって……」
「これはあまり知られていない話ですが……」
「へぇ……恋多き女性だったんですね」
(職場にいたら、だいたい他の女性社員と揉めてるタイプだな)
完全に一人で盛り上がっている。
その熱量に当てられつつも、みさきの中にふと疑問がひとつ浮かんだ。小説では「恋仲になりました♡」くらいで締めくくっていたはずだ。
結ばれた後のエピソードまでは書いていない……多分書いてない。
(でも……その後って、どうなったんだろう?)
「レナ様と結ばれた男性って……からだの関係とか……あったんですか?」
一瞬で、場の空気が凍った。
ライルの方を見ると、彼は「やばっ」という顔をしていた。
「な、なんてふしだらな!」
顔を赤くしてプルプル震えているギゼル。
「えっ……」
「結ばれた後は、こっそりと夜の森を散歩したり、星空を眺めながら熱く語り合ったという記録がございます!
皆さんとは、とても!健全な!お付き合いをされていたんですよ!」
「す、すみません……下世話なことを聞いてしまって……」
(ほっとしたけど、そんなことが記録として残ってるのはちょっと……)
ギゼルがただの乙女に見えてきた。
けど、私の黒歴史──いや、小説をこんなに熱心に語ってくれる人がいるなんて……
なんだか私も、少し救われた気がした。
眠くないはずだったけど、その夜は久しぶりに、自然と眠りにつけた。
(完)
眠り──それはこの世界と“あちら側”を隔てる、薄く脆い境界線。
一度まぶたを閉じれば、全てが夢だったと思えるのかもしれない。
目が覚めたら、ベッドの上で、スマホを握りしめてる自分がいる──
……そんな“甘い逃走”を、ほんの一瞬、思い描いた。
だが――目覚めは訪れなかった。
現実が続いている。
黒歴史は、まだ終わらない。