第6話 ガチ勢に詰められてるけど、私の黒歴史ノートですそれ
“勇者ご一行”の聖遺物が展示されてる博物館に、私の黒歴史呪文ノォトがそっくりの姿で所蔵されてるって……どゆこと?
……いま、運命がゆっくりと首をしめにきている。
ああ……これが現実世界なら、こんなふ風にだらだら過ごせるのは幸せなことなんだろうけど、ここは違う。
眠くもないし、食欲もない。娯楽もない。
ないない尽くしの世界。
(……魔法はあるけど)
いっそのこと、あの恥ずかしい呪文でドッカーン!と街ひとつ吹き飛ばして、山奥に逃げ込み、誰にも知られずひっそり暮らしたい――なんて妄想していた、そのときだった。
外が騒がしい。
宿の廊下から、足音とざわめきが聞こえてくる。
――コンコン。
「お休みのところ申し訳ありません。ギゼル様が、至急“救世主様”にお会いしたいと。ノォトのことで」
案内されたのは、宿の奥にある応接室のような一室だった。
壁には古びた剣が飾られ、テーブルの上にはレースのクロス。
豪華というより、“要人の宿泊を想定した落ち着いた部屋”といった印象だ。
そしてそのテーブル越しにいたギゼルは、座ったままにもかかわらず、身を乗り出す勢いでこちらを見据えてきた。
「――単刀直入にお聞きします。このノォトは、どこで入手したのですか?」
「……頭上から落ちてきました」
「……は?」
ギゼルは椅子の背に沈み込むようにして、低く、押し殺すような声で言った。
「私に、軽口を叩く余裕があるように見えますか?」
(いや、ほんとに頭の上から落ちてきたんだけど……)
返答に困っていると、ギゼルの背後に控えていたライルが、静かに口を開いた。
「……ギゼル様。私も、それを目撃していました」
(ライルが見たのは“設定ノォト”のほうだった気がするけど……ま、文字読めてなかった可能性あるし)
「…………」
ギゼルはしばらく沈黙したのち、ゆっくりと――だが、目の奥に熱を宿したまま語り始めた。
「現在、博物館にも確認中ですが――このノォトは、聖都市ブリンティアにある《勇者ご一行記念博物館》の“レナ様展示室”に保管されている聖遺物と、材質も筆跡も酷似しています。
……ただし、そちらは長年の保管により劣化が見られる一方で、あなたの所持しているものは明らかに“新品”同然です。
さらに――本来、レナ様にしか使えなかったはずの魔法を、あなたは発動させたのです」
ギゼルは、机の上に置かれたノォトにそっと手を添える。
「私は長年、レナ様を研究してきました。生まれ変わりだなんて、そう簡単に言うつもりはありません。ですが――
もし、あなたが“その人”である可能性があるのなら……」
一呼吸おいて、彼は私の目をまっすぐに見据えた。
「冗談で済ませるわけにはいかないのです。これは、私の人生そのものですから」
(……この人、ガチのレナ様ファンなだけでは……)
彼の圧にただただ押されていたが、こちらも自分が置かれている状況すらよく分からないのに……リアクションのしようがない。
「とりあえず、こちらをご覧ください」
少し落ち着いたらしいギゼルが咳払いをひとつして、テーブルに広げたのは一枚の地図だった。
ぱっと見て私が描いたこちらの世界の地図だと分かった。日本地図を簡素化しただけの……
「……あれ?」
私は、服の中にしまっていた“設定ノォト”を取り出しギゼルが凝視しているのも気にせず、そのまま世界地図のページを探し始めた。
背後から、ライルが「……あっ」と短く声を漏らす。
けれど、それすら無視してページをめくる。
「……増えてる」
私の記憶が正しければ、この“設定ノォト”とこの世界の地図は完全一致しているはずだった。
けれど、ギゼルが広げた地図には――描いた覚えのない“島”が増えていた。
(どうして……?)
ギゼル。レナ様を崇めし者にして、記憶の檻に囚われた狂信の徒。
……レナ様を愛するその心は、もはや重力を超え、質量を持って私を押し潰そうとしてくる……。