第4話 伝説の樹と、知らなかった黒歴史
かつて私はこの世界に「永遠の契りを交わす樹」を創造した。
その大樹の下で想いを告げれば、二度と別れることはない――などと。
誰がそんな設定にした。
……ああ、かつての青春の残骸だ。
突然の訪問にもかかわらず、町長は嫌な顔ひとつせず、快く迎え入れてくれた。
「にわかには信じがたい話ですが……たしかに、ここから見える景色が変わっている気がしますな」
「町の者たちには、私から伝えておきましょう」
「助かります」
ライルは軽く頭を下げると町長は穏やかに頷いた。
窓の外に目をやると一本の大樹が目に入った。
小高い丘に立つ、枝を広げたその樹――。
「もしかして……あの樹って……?」
鳥肌が立つのを感じながら、思わず口に出していた。
「おお、ご存じでしたか」
町長が嬉しそうに声を上げる。お願いだから、それ以上は言わないで。私の黒歴史を呼び覚まさないで!
「もちろん。あの樹の下で結ばれた恋人たちは、永遠に別れることがない――ロマンチックな伝説ですよね」
ライルが完璧なまでに補正してくれた。
(やっぱりか……!)
私は唇を噛んだ。
「言い伝えのおかげで、結婚を控えた恋人たちがプロポーズに訪れたり、時期によっては長蛇の列になることもあるんです」
町長の言葉に、私の羞恥心は限界を突破しそうだった。私の妄想の産物が、まさかそんな風に人々に利用されているなんて……!
「僕のご先祖も、レナ様とこの地で恋仲になったと聞いています」
「おお……あの“魔王を討伐した勇者ご一行”のレナ様ですか」
(それ、昔ノートに書いた主人公の名前……連呼しないでぇ……!)
私の黒歴史を楽しそうに話している二人の会話に交じれる訳もなく、ずっとうつむいたまま、顔が上げられない。
「よろしければ、お二人で寄ってみてはどうですか?」
町長が少しからかうような笑みを浮かべる。
「えっ!? そ、そんな……僕たちは、そういう関係じゃ……」
チラッ、チラッと視線を向けてくるのを感じたが、私は頑なに顔を上げなかった。
* * *
「本日はありがとうございました」
「……で、私ってこれからどうなるんでしょうか?」
「とりあえず王国へ戻って、報告を入れます。おそらく“救世主様”として正式な通達が届くでしょう」
「それまで、こちらで用意した宿に滞在していただくことになります」
「……今度から、違う人になるんですか」
(あんまり人がコロコロ変わるの、コミュ障的にきついんだけど……)
「えっ!? え……それって……」
ライルが少し頬を染めながら、こっちを見つめてくる。
「僕が……いいってこと、ですか?」
「は? えっ?」
(なに赤くなってんの!?)
「わ、わかりました! 上に掛け合ってみますね!!」
なぜかやたら張り切った返事が返ってきた。彼の勘違いを訂正するのも面倒くさくなった私はそっと目を逸らしながら、小さくため息をついた。
町を束ねし者には、名がない。
記録にも記憶にも、その呼び名は存在しない。
それは、200年の時を越えて蘇った世界の“歪み”のひとつなのかもしれない。
……単に名前を決めてなかっただけとか、そんなことはない。断じてない。