第3話 パンナコッタドンナコッタ町の封印を解いたのは、私
――伝説は語る。
パンナコッタドンナコッタの封印が解かれるとき、全ての黒歴史が目を覚ますと。
「わぁ……外側から見るとこんな感じなんだ……」
目の前には、まるで巨大な氷の塊がそびえ立っているかのような光景が広がっていた。町全体をすっぽりと覆う、透き通ったクリスタルの膜。その向こう側は、何も見えない。
「……あれ?おかしいな」
触れてみても、ただ冷たいだけ。何の反応もない。ライルが心配そうに呟く。
「儀式が足りなかったのでしょうか」
(いや、多分違う)
叩いてみたり、撫でてみたり。それでも変化はない。意を決して、その冷たい膜に抱きついてみた。額をぴたりとくっつけると、ひんやりとした感覚が伝わってくる。
……あ、くるかも。
頭の奥に、忘れ去っていたはずの声が、まるで洪水のように流れ込んできた。思い出したくない想い出。
「ねぇ……そのお金、みさきの学費にって言ってたよね?」
「……は?俺の金だろ。勝手に使って何が悪いんだよ」
「どうせまたパチンコでしょ……やめるって、言ってたのに……!」
「うるっせぇな!」
乾いた音が響く。誰かが手を叩いたような、不快な音だった。
「(いやだ、いやだ、いやだ……)」
視界が揺れる。涙が滲んで、何もかもがぼやけていく。――あの頃の、どうしようもなかった日々がフラッシュバックする。
みさきは、その場から逃げるように階段を駆け上がった。自室の机に飛び込み、ノートを開いてがむしゃらにペンを走らせる。
(ここだけが、私の場所……)
(この世界に行きたい……もう、こんな世界、いやだ……!)
ぱりん――
透き通った音を立てて、町を覆っていた結界が砕け散った。
途端に、世界が動き出す。
ざわめき、風の音、遠くで聞こえる人々の声。町が、再び目覚めたように息を吹き返す。
みさきは、泣いていた。
「……お疲れ様です」
ライルの声が、やわらかく響く。そっと手が伸びてきて、優しくみさきの涙を拭ってくれた。
『パンナコッタドンナコッタ町とか、面白いかも!』
『伝説の樹の下で告白して成功したら永遠に結ばれる……素敵な設定だな。そうだ!』
「落ち着きましたか?」
どれくらい、ぼーっとしていたのだろう。ライルは何も言わずずっと傍にいてくれていたようだ。
「……申し訳ありませんが、町長にこの件をお伝えする必要があります。
もう少しだけ、お付き合いいただけますか?」
コクン、と小さく頷いた。