第37話 大海を渡りて、選ばれし者は結界に挑む
――海を渡り、我らは“氷殻の孤島”へ辿り着いた。
そこに待つは、透きとおる結界。
美と畏怖の狭間で揺らぐ心を、試すようにそびえ立つ。
……抗うか、従うか。
少女(32)はただ、一人でその境界に挑む――。
みさきはてっきり、ものすごく大型の船で行くのだと思っていた。
だが港に停泊していたのは、全長十メートルほどの小型船だった。
木造の船体はしっかりと組まれ、船首には国章が刻まれている。
漁船に見えなくもないが――近づけば、国の所有物だと一目でわかる威厳があった。
船内は狭い。だが、通路の両脇には板壁で仕切られた寝台が並び、最低限のプライベートは確保されている。
仕切りといっても扉ではなく布を垂らしただけの簡素なもの。
寝転がればすぐ隣の気配が伝わる、そんな距離感だった。
中央には小さな共用スペースがあり、木のテーブルとベンチがひとつ。
快適さよりも実用性を重んじた造り――それでも、頼もしさを感じさせる船だった。
「島の周囲は少し波が荒れていまして、大型船では危ないとのことです。みさき様にはご不便をかけますが……」
ライルは申し訳なさそうに言った。
人数もみさきとライルを含めて五人程度らしい。
知らない人たちと一日と少しを同じ船内で過ごすのは、なんだか気まずい。
そんなことを、みさきは腕の中にすっぽり収まっているぷーたを撫でながら考えていた。
だが――その心配は、すぐに打ち砕かれる。
出航からしばらくして。
「……うぷ……」
狭い空間にこもる揺れで、見事に撃沈。
這うように甲板へ出てきたみさきを見て、ライルが慌てて駆け寄った。
「みさき様!? 大丈夫ですか」
「……ぜんっぜん大丈夫じゃないです……」
痛覚はあるものの、疲れず、食事も睡眠も必要としない――そんな身体のはずなのに、船酔いはきっちり感じるようで。
「馬車は平気だったのに……うっ」
顔をしかめるみさきに、船員のひとりが苦笑交じりに言った。
「地面がないからさ。目と体の感覚がずれるんだよ。馬車よりも酔いやすいんだ」
「そんな……しかも、なんで私だけ……」
(やっぱり、この体でも完璧じゃないってことか……)
そうぼやくうちに、時間は過ぎ――気づけば、船はもう島の岸辺へと近づいていた。
やっとの思いで島に上陸した。
足をついた瞬間――「あ、地面だ!」と喜んだのも束の間。
「……まだ揺れの感覚が……」
みさきはその場にへたりと座り込む。
「大丈夫ですか?」
ライルが心配そうに声をかける。
「少し、このままで……」
太陽の眩しさに額へ手をかざし、ふらつく視線を持ち上げた。
安堵したのも束の間――視界の先にはすでに結界がみえる
島のほとんどを覆うと報告されていた結界。氷のように透き通った巨大結晶の塊だ。
外側は澄みきっているのに、その中は一切の景色を映さない。
ただそこに在るだけで、自然の風景から切り離された異質さを放っていた。
綺麗で、けれど少し怖い。
「ここからは、私一人で行きます」
みさきはゆっくり立ち上がり、肩に引っ付いていたぷーたをライルに渡す。
そして静かに、結界を見据えた。
だが、物語は孤独だけでは終わらない。
影に潜みし“かの刃”は、誰も気づかぬうちに舞台へと帰還する。
その口上は、あまりに軽やか――「よぉ」。
……そう、“聖剣”は再び姿を現した。
次章、交錯するは運命の再会。




