第31話 白光の祭壇にて、神託は揺らぐ
――神とはもっと厳かで近寄り難い存在だと思っていた。
だが目の前に現れた“光”は、拍子抜けするほどフランクに言葉を投げかけてきたのだ。
世界の理を語る口調と、軽口の境目が曖昧なままに――。
天井も壁も床も、すべて白で統一された広間。
奥に小さな祭壇がひとつあるだけで、装飾らしいものは一切ない。
余白の多さが、かえって中央に浮かぶ光の存在を際立たせていた。
「人型の方がいいかな? それともこのまま?」
拳大ほどの光がふわふわと浮かびながら、軽い口調で問いかけてくる。
(え? どっちでもよくない?)
「あ、そう? じゃあこのままね」
(……思考読むタイプか。聖剣と同じじゃん)
光はゆらりと揺れ、壁に淡い影を落とした。
みさきは前から気になっていたことを、口にしてみる。
「神って、異世界だと最初の方に出てきません?」
(私の知ってる異世界モノって、大体最初に神出てくるんだよな……。もう終わりかけって感じしかしないんだけど……)
「それは君の固定観念だよね?」
「あっ、はい……(それ言われたらなんも言えない)」
「僕だってさ、設定ノォト落としてあげたじゃーん」
(……いやいや。“僕すごい仕事しました感”出してるけど、頭の上に落とす必要あった?)
光の表面が波紋のように震え、声の調子も軽口から一転して沈む。
白い広間に漂う静けさが、急に重たく感じられた。
「……そんな話をするために呼んだんじゃないんだよ」
「君を連れてきたのは、理由がある。
そもそも、この世界で結界が結晶化する原因は——君の悲しみや苦しみ、怒りといった負の感情だ。
その状態で小説を書いたことで一定の値を超え、設定ノォトに記した場所が結晶化してきた……と、僕は考えている」
(それって……推測じゃない?)
「……神様でもわからないことはあるんですか?」
「ある。……更にいえば、設定ノォトに関してはほとんどお手上げだよ。
僕はこの世界を整える係にすぎない。普段はたいしたことしてないけど……もし何か起きたとき、僕が動けないと困るんだ。
だから結晶化は、僕にとっても致命的なんだよ」
光が脈を打つように明滅し、神は言葉を続ける。
「皆は“一斉に結晶化している”と思っているけど、実際は少しずつ時期がずれている。
この場所も、いずれは対象になるかもしれない。」
「でも、ここって二百年も結晶化しなかったじゃないですか。今さらそんなこと、あるんですか?」
「時間の流れは君の世界と違うから、“何年”は関係ないんだ。
けど、君に関してはここが結晶化する前に精神的に成長して、小説に頼らなくなった。だから結晶化が止まったんだよ。正直、助かった」
「はあ……」
気の抜けた声が漏れる。
(助かったって……私が“成長した”からってこと? そんな大げさに言われても、全然ピンとこないんだけど……)
ならば、何故。
「じゃあ、私がここに来た理由って……?」
「それはね——平行線世界の別の君が、まだ苦しみ続けているからだよ」
神は片手をゆっくりと広げ、その指先に淡い光を集める。
白い床に淡い光の反射が広がり、やがて一本の木の姿を形づくった。
「平行線世界ってね、こんなふうになってるんだ」
幹は一本。だが途中から無数に枝分かれし、それぞれが違う方向へ伸びていく。
枝先には小さな光の実が一つずつ——それぞれの世界の“君”だ。
「幹から離れれば離れるほど、世界は違っていく。でも……」
神が根元を指し示す。白い光の根が地中で絡み合い、すべての枝を繋いでいるのが見えた。
「どの枝も、同じ根から養分をもらっている。根っこは全部繋がっているんだ。
一つの実が毒を抱えれば、その影響はゆっくりでも必ず他の枝にも届く」
光の中で、一つの枝先の実が黒く染まり、その色がじわりじわりと広がっていく。
みさきの胸に、ひやりとしたものが落ちた。
「これが、平行線世界の“感情の漏れ”だ。
今、特に苦しんでいる君が一人いて……小説を拠り所にしている。その負の感情が溢れ、こちらにも流れ込んでいる。
新しくできた島や結界も、その影響だろうね。……最悪、この世界ごと結晶化してしまう可能性だってある」
「……それで、私を?」
「結界は本人しか解けない。それは君が一番わかっているよね?」
「じゃあ、それが終わったら元の世界に戻れるんですよね」
「………多分」
光がふっと弱まった。真っ白な広間が、一瞬だけ灰色に沈んだように見える。
奥の祭壇までも揺れて見えて、みさきの胸がざわりと波立つ。
「多分?!」
思わず声が裏返った。
(多分って……一か八かってこと!? 神様の口から出る言葉じゃないでしょ!?)
ぐらりと視界が揺れる。
静まり返った広間の中、自分の心臓の音だけがやけに大きく響いて聞こえた。
神託は未だ途切れず、対話は続いていく。
揺らぐ光、揺らぐ言葉、その先に待つのは希望か絶望か。
――次回、白き祭壇に刻まれるのは真実か、それとも更なる試練か。




