第2話 神聖なる儀式(と勘違いされました)
これは、かつて我が手で書き殴った“世界の理”。
触れてはならぬ、語ってはならぬ、
決して開いてはならぬ――設定ノォト♥️
「では、行きましょうか」
ミステリアスな見た目に反し、人懐っこい笑顔を見せるライルに、私――みさきは思わず聞き返した。
「徒歩……ですか?」
まぁ、移動手段は馬とか馬車とか魔法とかをイメージしていただけに、拍子抜けというか、肩透かしというか。
「ええ、すごく近いんですよ。歩いて十五分くらいですかね」
「え?!」
驚きの声を上げると、ライルは得意げに胸を張る。
「『始まりの地インフィニティ』に『パンナコッタドンナコッタ町』その間に『ゼブ王国』があるんですが、ここまで近いのは珍しいと思いますよ」
「そうですか……(なんかごめん)」
なんて返したらいいかわからず、とりあえず相槌を打つ。
「あと、先ほどはギゼル様が失礼しました。信仰心が強いのもありますが、ギゼル様はレナ様が紡いできた物語の熱心な……信者と言ってもいいくらい、関連書物を読み漁ったりしてるんですよ」
「へぇ……(世に出していない黒歴史小説の熱狂的ファンが、まさか小説の中にいるなんて……)」
なんというか、気持ちが追いつかない。
「もうすぐ着きますよ」
ライルの声に、私はハッと意識を現実に引き戻される。パンナコッタ町の設定を思い出そうとしていたのだ。最初の頃はなんか色々破綻してた気が……。そんなことを考えていた、その時だった。
「――あいた!」
突然、頭に衝撃が走る。あまりの痛さに悶絶する私の目の前には、一冊のノートが落ちていた。
「大丈夫ですか!?」
心配そうに駆け寄ってくるライル。いや、護衛の意味……。
しかし、私の視線はそのノートに釘付けだった。表紙に書かれた文字が、否応なしに目に飛び込んでくる。
『設定ノォト♥️』
「いやいやいや……これはおかしいでしょ……」
私が呆然としていると、ライルがそのノートに触れようとする。咄嗟に体が動き、それをガードした。
「救世主様……?」
訝しげなライルの視線に、わざと芝居がかった声色で告げる。
「これに触れてはいけません……!」
「!」
ライルは一瞬息を呑んだあと、真顔で頷いた。緊張感のある声で尋ねてくる。
「……まさか、これに触ると封印されてしまうとか?」
(うん、なんでそんなに食い気味で聞いてくるの? あと、ピュアで助かった)
「そうそうそう! これは一般人が触れたら、とても危険なのです!」
私は勢いのままノートを拾い上げ、そーっと中身を確認。そして光の速さで懐にしまった。
やっぱり……これは色んな意味で封印していた、この世界の設定ノォト……いや、ノート。
涙が出そうになるのをこらえて、私は天を仰いだ。
隣を見ると、ライルは――
私のポーズを真似していた。
「……ライルさん?」
「これは結界を破る前に行う神聖なる儀式ですよね?」
そう言ってまた彼は天を仰ぎ、目を瞑る。
「……そうです。神聖なる儀式のポーズなんです」
もう苦し紛れである。私はそう言って、再び天を仰ぎ、しばらく目を閉じて現実逃避していた。