第28話 聖域の白銀、虚飾の祭壇にて
白銀の海は、祝福か、それとも呪いか。
今、城門は開かれた——二百年ぶりの“再臨”を告げるために。
民は白衣に身を包み、神聖を謳う。
これは、祝福と虚飾に飲まれる少女(32)の、第一歩の記録である。
朝。うっすらと霧が立ちこめる草原。
みさきが馬車から外に出ると、聖剣が剣を枕に大の字で寝ていた。
その傍らには……
「あれ、ライルは?」
「さあ? 夜のうちから馬の世話だとか言って、あっちの方で一人になってたな」
言われた方角を見ると、少し離れたところでライルが馬の首元に座り、静かに毛を梳いていた。
白い息が朝の空気に溶けていく。こっちを一度も見ないその横顔に、思わず手を振りかけて——寸前でやめた。
(……なんか、気まずい)
それからブリンティアへは、あっという間だった。
近づくにつれて、なんだか騒がしい。
遠くからでも鐘の音や歓声がかすかに聞こえる。……お祭りでもやっているのだろうか。
やがて、馬車は城門前の広場へと差し掛かった。
みさきは馬車の小窓から外の様子を伺う。
(やっぱり何かの祭りかな?)
城門の向こう、舞い散る白い花びらで霞んで見えた。
鐘が鳴る。ひとつ、ふたつ、みっつ。
低くくぐもった音とともに、押し寄せるような歓声が風に乗って届く。
「勇者御一行が、二百年ぶりにブリンティアへお戻りだー!」
(え!? 聖剣の出迎え?!)
開いた門の先に広がるのは、圧巻の光景だった。
ざっと見ただけでも、軽く数百人はいるだろう。
聖剣やぷーた、そしてレナの名を呼ぶ人々——そのほぼ全員が、雪のように白い衣装を身にまとっている。
金糸の刺繍が朝日にきらめき、まるで一面の白銀の海のようだ。
「……ここの連中は、昔からかわらねーな。皆、白い服で」
聖剣が人波を見やってぽつりと漏らす。
ライルが横で小さく笑った。
「昔はそうでしたが、今は神聖なる日だけですよ。今日は聖剣様たちが来る日ですから、国を挙げての礼装です」
(礼装……これが? しかも国を挙げてって、こんな大規模に? 場違い感ハンパないんですけど)
案内役の騎士が、こちらへと一歩進み出た。
「恐れ入りますが、ここで一旦お降りいただき、御成りの馬車へお乗り換えください」
「ああ」
慣れたように聖剣は馬車から降り、肩に礼装のマントを掛けられている。
(なんなのあいつ、さも当たり前かのように……これが勇者……)
聖剣を初めてすごいと思ったかもしれない。
「僕は一旦、皆さんと離れますね」
ライルが馬車の外へ視線を向ける。
「じゃあ、私もライルと——」
「いやいやいや、みさき様は居て貰わないと困ります!」
即答に、みさきは思わず眉をひそめた。
「でも、私レナじゃないし……」
その言葉に、ライルはほんの一瞬だけ目を伏せ、ばつが悪そうに言う。
「すみません、伝達のミスがあったみたいで……ブリンティアの方々はレナ様と勘違いしてるようです」
(いやいや“ほうれんそう”は大事でしょ! 国対国の連絡でそれやらかしたらだめなやつ!)
「そんな……! 私こんなに沢山の人の前に出るなんて絶対に無理です!」
「おーい。早くしろよ」
聖剣の急かす声が飛ぶ。
ライルは笑顔を崩さないまま、しかし視線だけが妙に真剣だった。
「お願いします。……覚悟を決めましょう」
ぷーたが心配そうに肩に乗ってくる。
「なんだよ。笑って手でも振っときゃいいんだよ……さっさと来い」
聖剣がみさきの手を掴んで、無理やり馬車から下ろす。
後ろを振り返ると、ライルが笑って手を振っていた。
……こうして、私の地獄の時間が始まった。
白い花弁は、雪のように降りしきり、やがて視界を奪った。
さあ、次回——聖域を貫く行進が始まる。
白銀の波の中で、私は何を見るのか。




