第27話 帰還条件:選択肢を誤ったら、終焉(エンド)
これは、禁じられた感情が芽吹いた夜。
焚き火の揺らめきと共に囁かれた言葉は、運命を狂わせる一手となるのか。
……彼の手が、みさきの手を取った瞬間。
心臓が、鼓動という名の魔法を使いはじめた——。
“帰らないでほしい”なんて、そんなのずるいよ……
「実は僕……みさき様のこと、知っていたんです」
それは突然の告白だった。
夜、形ばかりの食事を終え、皆がリラックスしていたとき。ライルがぽつりと口を開いた。
「知ってた……?」
(えっ、まさか。ライルも実は飛ばされた系の人……?)
いやいやいや。ないないない。
でも、焚き火の炎に照らされた彼の横顔は、真剣そのものだった。
混乱しているみさきを見て、ライルはふっと優しく笑った。
「ご先祖様の記録に、レナ様の姿や特徴が描かれていました。
最初は……時代のことがよく分からなくて、ご本人か、お孫さんくらいかと思ってました」
ライルは焚き火を見つめながら言う。
パチパチと火の音だけが、静かに響いていた。
(沈黙が、きつい……)
こんな時に限って、聖剣は少し離れた木の根元で剣を置いて座りながら寝ていた。
その頭の上では、ぷーたも気持ちよさそうに寝ている。
「レナ様は……ご先祖様のことを、あまり大事にされなかったと聞いていて。
だから、勇者様ご一行とはいえ……正直、あまり良い印象を持っていませんでした」
(おやおやおや……私の負の遺産、こんなところにも残ってたとは……)
「でも、旅をご一緒する中で、みさき様の考え方や過去に触れるうちに、僕は……」
(まさか、もっと嫌いになった? 嫌々旅してたとか……それ、悲しすぎるんだけど!?)
視界の端で、寝ていたはずの聖剣がピクリと動いたように見えた。
焚き火を挟んで、ライルと目が合う。
「こんなこと、言ってはいけないのかもしれませんが……みさき様には、帰らないでほしいと思っています」
その言葉と同時に、ライルはみさきの手をぎゅっと握った。
顔は真っ赤だった。
「そっかー……(でも帰りたいしなぁ……)」
「ぶはっ!」
突然、吹き出すような笑い声が響いた。
聖剣が爆笑していた。
「おま!“そっかー”はねぇだろ!」
「寝たふり? ほんとあんたってやつは……」
ぷーたは睡眠を邪魔されたせいか、聖剣に突進して体当たりしている。
だが本人はまるで気にせず、こちらへと歩いてくる。
「ライル。こんな鈍感なやつには、黙ってガッとだろ?
オレがここまでお膳立てしてやったってのに……お前、本当に男か?」
ライルの目の前にドカッと座り込み、覗き込むように言った。
「あのね、あんたじゃあるまいし、どう見てもそんな雰囲気じゃなかったでしょ?」
みさきがそう軽く笑いながらライルを見ると、彼は顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。
(……もしかして、そんな雰囲気だった?
干からびてて忘れてたよ……察し悪くてごめん)
そんな言い訳が頭の中でぐるぐる止まらないみさきに向かって、ライルは小さく言った。
「いいんです。すっきりしました。
みさき様も、早くお休みください。明日にはブリンティアに着きますので」
そう言い残し、彼は静かに馬の方へと歩いていった。
* * *
夜も更けたころ。
馬車の中、みさきは相変わらず眠れずにいた。
扉の外には、聖剣がいる。
「ねぇ、聖剣。起きてる?」
「ああ……」
「前に別れるとき、“お前が書いた物語だ。どうするかはお前次第”とか……あれ、何だったの?」
「交渉次第って言っただろ」
「こっちの世界のお金なんて持ってないわよ……」
「交渉材料は金だけじゃねーだろ。これだから考えがお子ちゃまなやつは……」
ぐっ……でも当たってるから何も言えない……
「まぁ、いい……。あれだな選択を間違えるとお前多分帰れないぞ」
「え……? 帰れないって、どういうこと……!?」
(そんな大事なことを、さらっと!?)
そのあと、何を聞いても聖剣は黙ったままだった。
私は言い知れない不安だけを抱えながら、夜明けを待つしかなかった。
色んな余韻が残る夜を越え、ついに舞台は“聖なる都市”へ。
みさきの“選択”が、物語の形を変える。
次回、「聖なる都市は、嘘を抱いて微笑む」




