第26話 「堕ちた聖剣(セイケン)は笑いながら帰還する」 ~腹黒のレッテルとBLの予感を添えて~
――世界が軋む音がした。
誰もが黙る中、彼女は叫んだ。己が内に渦巻くものを、声に変えて。
それは啓示か、呪詛か、あるいは……未明の誓いか。
その瞬間、世界は少しだけズレて、
永き沈黙の終わりが、静かに始まりを告げた――
……だが。
それはそれとして、聖剣が脱走して戻ってきた。
最終決戦前の小休止、闇の宴を刮目せよ。
ふぅ……と、みさきはため息を漏らした。
隣にいたライルは、もはや気配を消して“無”の境地に達している。
そんな彼に向かって「終わりました」と声をかけると、ようやく苦笑いを浮かべ、懐から地図を取り出した。
「次は聖都市ブリンティアに向かいます。ここからだと、一日かからないくらいでしょうか」
地図を広げながら、ライルは淡々と説明を始める。
「ブリンティア近くにある結界はここと……」
「――あの」
「はい?」
「新しくできた島。あそこに行きたいです」
その一言で、ライルの手が止まった。
「……最終的には向かってもらうつもりでしたが、再調査が終わってからでは……ダメでしょうか?」
「それは……」
言いかけたところで、背後から突然のんきな声が飛んできた。
「いよいよ最終決戦ってやつかぁ~」
「ひっ!」
みさきとライルの肩が同時にガシッと掴まれる。
「心臓に悪いわ!」
振り返ると、そこにはついさっき別れたはずの――聖剣が立っていた。
「聖剣様!? 逃げ出して来たんですか!?」
ライルが慌てて立ち上がると、聖剣は腕を組み、ふんぞり返ったまま平然と返す。
「あー……まぁな。オレは自由を愛する男だからな!」
(よくルルが逃がしたわね……)
「そりゃもう、オレのテクニックでひーひー言わせてやったわ」
(いや、全然あれから時間経ってませんけど?あの馬車のくだり必要だった?)
そんなことより――
「ねえ、もしかして……私の頭の中、読んでる?」
「……あれ? 知らなかったか?」
「やっぱり……」
横のライルが、椅子から転げ落ちそうな勢いで驚いた。
「じゃ、じゃあ僕の考えも……」
「男には興味ねぇよ」
「……そうですか」
ホッとしたようなライルの反応が、逆にちょっと気になる。
「まぁ、お前は見た目と違って腹黒だからなー」
そう言ってライルの肩をポンと叩いた聖剣は、カカカと笑いながら馬車へと歩き出す。
「聖剣様!? いまの、どういう意味ですか!」
慌てて追いかけるライル。その後ろ姿は、どう見てもラブコメのワンシーンのようだった。
(……帰ったら、BLとかに挑戦してみようかな)
そんな、また新たな黒歴史が生まれそうなことを考えていると――
ぷーたが馬車からぴょこっと顔を出しぷーぷー鳴きながら飛んできて、せかすようにみさきの背中を押してくる。
なんか最後まで、賑やかな旅になりそう……。
みさきはそう思いながら、馬車へと向かった。
この旅路で、彼は何も語らなかった。
ただ隣に立ち、ただ地図を広げ、ただ静かに笑っていた。
その沈黙は臆病か。偽りか。あるいは……誰にも言えぬ贖罪か。
次回、ライルという名の青年が、その心のうちに宿す“断ち切れぬ因果”と“未だ名もなき想い”を垣間見ることになるだろう。
その時、物語は再び軋みを上げ、進む。




