第25話 黙する断章(サイレント・コード)――世界よ、匂わせるな
物語は、いつだって作者の手をすり抜けていく。
世界を築いたはずの私が、世界に置いて行かれる。
設定したはずのキャラが、思い通りに動かない。
“語る者”が沈黙を選び、“聞く者”が絶望の声を上げる。
……私はただ、綴っているだけなのに。
君たちはなぜ、私の手を離れて勝手に進む?
――これは、創造主であるはずの私が、創造物に翻弄される断章。
世界よ、匂わせるな。私は、何も知らされていない。
「そういえば、新しく地図に浮き出た島の調査結果がわかったと、報告が来ました」
「えっ、もう調査行ったんだ? どうだったの?」
ライルの表情が曇る。
「一応、上陸には成功したそうです。ですが……」
「……ですが?」
「島自体はそれほど大きくはなかったそうです。ただ、そのほとんどが“結界”に覆われていて、調査という調査はできなかったとのことです」
(やっぱり結界か……)
「ゼブ王国と聖都市は、“さらに踏み込んだ調査を行うべき”と意見を合わせたようです」
(結界なら、何度調査しても中までは踏み込めないだろうけど――)
(……なんだろう。どうしても、そこに行かなきゃいけない気がする)
「それと、聖剣様の件ですが――」
ライルは少し言いづらそうに、聖剣の方へ視線を向けた。
「ゼブ王国で保護させていただくという結論になりました」
のほほんと座っていた聖剣の目が、ぴくりと鋭くなる。
「断るといったら?」
(……まぁ、こいつが素直に保護されるとも思えない。逃げようと思えばいつでも逃げられるし……)
「保護といっても、あくまで一時的です! 歴史のすり合わせなど、資料の照合が済むまでで……!」
慌てて付け加えるライル。咳払いひとつしてから、小声で――
「それに……」
聖剣の耳元で、なにやら囁いた。
ぼそぼそと話しているのは聞こえるが、内容までは聞き取れない。
「……本当か?!」
思わず声を上げた聖剣が、今度は自分もぼそぼそと何かを呟き返す。
「それって……関係……んだな?」
「……わかった。行こうか」
ライルがホッとしたように胸をなでおろし、聖剣は鼻の下を伸ばしてニヤニヤしている。
(……交渉の中身、絶対ろくでもない)
「わたし、見張りとして同行します。どうせ聖剣さん、途中で逃げるつもりですよね?」
ルルがまっすぐ手を挙げて宣言する。
(ああ、言われてみれば確かに……瞬間移動とかされたら、誰も止められない)
まぁ、ルルのギンギンの目は見なかったことにしておこう。
「げっ、お前かよー……」
「移動中色々調べさせてもらいますからね」
「うーわ、どこ触ってんだよっ」
こうして、馬車に乗った聖剣とルルを見送るライルとみさき。
「なあ……オレがいなくなって、寂しくないのか?」
馬車の扉の隙間から、聖剣が顔を覗かせる。
「それは……」
(……いや、あんたが居たら現実に帰るのどんどん遅くなりそうだよ)
聖剣がふっと、目を細めた気がした。
「あっそ」
まるで、みさきの心の声に答えるように聖剣は冷たくいい放った。
(え、まさか今の……)
聖剣は、無言のまま扉を閉めようとするのを止めて――
「あと……オレの見立てだと、お前このままだと――」
言いかけて、また閉めようとする。
「ちょっと! 最後まで言ってよ!」
咄嗟に聖剣の腕を掴むみさき。
「……あー、なんか言う気がうせた」
(ダメだ! 絶対今の重要だったやつ! いわゆるターニングポイント的なアレだ!!)
「お願い!……お願いします。言ってよ、ね?」
「お前が書いた物語だろ。どうするかは、お前次第だ」
「そんな抽象的な……」
「あとは交渉次第、だな。じゃあな」
バタン、と今度こそ勢いよく扉が閉められた。
遠ざかっていく馬車を見つめながら、みさきはさっきの言葉を胸の中で反芻する。
――お前が書いた物語だろ。どうするかは、お前次第だ。
「……なるほど……って」
「わかるかーーーっ!!!」
ここで「あれね!」なんて察するほどの頭を持っていないのだ。
森の中に、みさきの叫びが響き渡った。
「こんな物語書く作者が頭いいわけないだろーーーっ! 匂わせやめろーーーっ!!」
だが、返ってくるのは鳥のさえずりと、木々を揺らす風の音だけだった。




