第21話 我が創造主(マザー)は変態だった件について
――かつて、星々の輝きがまだ若かった頃。
この世界に、“無垢なる神の肉体”を観測せし者がいた。
これはその記録であり、観測者である我が魂の震えを綴った断章である。
覚悟せよ。これは――神の裸体と、変態の狭間に咲いた、災厄の詩だ。
いまだ帰ってこない聖剣が心配になり、皆で探そうということになった。
ただ、ゼブ王国から伝達騎士が重要な知らせを持ってきており、ライルはそれが済んでからの合流になるらしい。
とりあえず、ルルとみさきは聖剣が消えていった方角――森の奥へと向かった。
しばらく進むと、さらさらと水が流れる音が聞こえてくる。小川か、それとも――沢?
「……あっ!」
木の陰にいたルルが、小さく声を上げた。そのまま木の隙間から、じっと何かを食い入るように見つめている。
(え、なに? まさか……いよいよ魔物的なやつが出た!?)
恐る恐る、ルルの隣にしゃがみ込んで、同じ場所を覗いてみる。
そこにあったのは、岩の合間を縫うように澄んだ水が流れる沢――そして。
その中心で、水を浴びていたのは、裸の聖剣だった。
(は??)
鍛え抜かれた筋肉。無駄のない肢体。まるで彫刻みたい……っていうか、実に羨ましい限りだが。
「ちょ、ちょっと! ルル! まずいってば!」
焦って小声でルルを引き剥がそうとする。でも、ぴくりとも動かない。
「……でも、そんな……」
顔を真っ赤にしたルルは、小さく何かをぶつぶつと呟いている。まるで観察対象でも見つけたかのように、裸の聖剣をじーっと見つめながら。
(なんなの! 何を観察するところがあるの!?)
私ももう一度、聖剣の後ろ姿をじっと見てみる。思わず感嘆のため息をついたあと、ぽつりと呟いた。
「……ずっと見てるとザリガニの裏側みたいに見えてくるんだけど…… 」
――その瞬間だった。
聖剣が、ふとこちらを振り向いた。目が合った、と思った瞬間。
空気がふわりと揺れる。
次の瞬間には、もうその姿はなく――
「それ、ぜってー褒めてねぇだろ」
――耳元で、声がした。
「ぎゃあああああああっ!? で、でたぁーーーっ!!?」
みさきは腰を抜かして、その場に崩れ落ちた。たぶんお化け屋敷で驚いた時ぐらいの叫び声だったと思う。
「って、ちょっ、全裸!全裸全裸!ぷー!ぐっ!!」
ぷーたの名前を呼びかけたところで、聖剣があわててみさきの口をムギュッと塞いできた。ちなみに、ぷーたは現在徘徊中である。
「呼ぶな、バカ!」
(近いっ! てか、なんかぶらぶらしてるっ! 無理無理無理っ!!)
みさきは目をぎゅっと閉じ、涙目になりながらぷーたが来てくれることを祈った。
「その反応……お前、さては――」
ぷーーーー!!!
そのとき茂みをぶち破って、ぷーたが猛スピードで突進してきた。
危険を察知したのか、聖剣は――本当に一瞬で、姿をかき消した。
音もなく、まるで最初からそこにいなかったかのように。
「さっきの悲鳴は……?」
遅れてやってきたライルが、困惑した顔で周囲を見回す。
そこには、腰を抜かしてあわあわしているみさきと、一心不乱に何かを描き続けるルルの姿。そして、消えた聖剣の痕跡を追ってぐるぐる回るぷーた――という地獄絵図が広がっていた。
ライルが困惑するのも当然だ。
「一体、何があったんですか……?」
◆ ◆ ◆
「オレの裸が芸術品のように美しいからといって、こそこそ覗くのは感心しないな。堂々と来いよ」
その後、きちんと服を着た聖剣は、何事もなかったかのように馬車の前で待っていた。
そして、みさきたちの顔を見るなり、ドヤ顔でそう言い放った。
(堂々とならいいのかよ!?)
「裸? それは一体どういうことですか」
ライルの声が妙に鋭くなる。みさきは、先ほど起こった出来事を正直に話した。
「みさき様はともかく、ルルさんが覗きなんて……」
ライルはため息混じりに言う。
(えっ、私なら普通に覗きそうってこと!? ちょっと、心のツッコミが止まらないんだけど!?)
ルルはいまだに顔を真っ赤にしたまま、うつむいている。もう熱があるんじゃないかってレベル。
でも、チラチラと聖剣を見てる。
(あれ……? 研究対象としてじゃなくて……単純に好きになっちゃったとか!?)
「オレを作った“お母様”も、所詮は変態だったということだな」
聖剣はニヤニヤしながら、そんなことを言ってきた。
「(こいつ……! でも、悔しいけど言い返せない……)」
「中々帰ってこないから、落ち込んでるかもって思っただけ! もう次の目的地行こう!」
(※決まってないけど!)
みさきはごまかすように言って、荷物をまとめ始めた。
「あー、それなんだけど……ちょっといいか?」
聖剣が鼻をかきながら、珍しく真剣な声で言った。
「――会ってほしいやつがいるんだ」
その視線は、まっすぐみさきを見ていた。
……ふふ。
お前も見たか? あの“禁忌の風景”を。
我が同胞たちは今も混乱の渦中にある。
赤き顔を染めし者、叫喚する者、そして沈黙の徘徊者。
すべては“聖なる裸体”が招いた悲劇――いや、神話の序章。
次章、我が魂は“彼”と向き合うことになる。
それでは、また次の観測で会おう――




