第20話 『設定』という名の運命に抗え、完璧すぎる聖剣よ――
【――運命という名の檻を、今、断ち切る】
二百年の封印を経て目覚めし伝説の剣がいた。 だが、彼の前に現れたのはかつて愛した女……ではなかった。
これは、創られし者と創りし者――“神と剣”の邂逅。
設定とは、すべてを縛る呪い。 だが、真実を告げた時、彼は――何を想うのか。
すべての始まりは、そう。
中学生の黒歴史ノートだった。
みさきは迷っていた。
聖剣に、すべてを話すべきか。それとも、何も言わないままにしておくべきか――。
村長の家を出てから、ずっとそのことを考えていた。
「封印が解けて……晴れて二百年後の世界なわけだけど、これからどうするの?」
歩きながら、聖剣に声をかける。
村の人たちはすれ違うたびに「聖剣様ー!」と手を振ってくる。やっぱり人気者だ。
「……まあ、お前がレナじゃないなら、一緒に行く義理もねぇな」
ちらりとこちらを見ただけで、聖剣はそのまま歩き続ける。
「……まあ、ね」
「なんだよ。寂しいのか?」
不意に立ち止まり、正面からみさきを見つめる聖剣。
(こんなキャラでも、“自分が作られた存在”だって知ったら、さすがにショック……だよね)
みさきの胸に、うっすらと罪悪感がにじむ。
そのとき――
「あああっ!!」
ライルの叫びが辺りに響いた。その声で現実に戻るみさき。
「えっ?ひぎゃああああああっ!!」
思わず叫んでしまった。
気づけば、聖剣の顔が目の前すれすれに迫っていた。
いや、そういう“沈黙”じゃないから!!
「ぷーた!ぷーた!」
ぷーたに向かってジェスチャーでアタック!という意味を伝える。
「なっ、おい!今のはそういう雰囲気だっただろ!?いててっ、マジでやめろって!」
「ちがーーーう!私は、あんたに“設定”のことを話そうと迷ってて……あ」
「設定?さっきも言ってたな、それ。……オレに関係あるんだろ?」
聖剣の目が鋭く細まる。
みさきはちらりとライルとルルを見た。
「……僕たち、少し席を外しますね」
ライルはそう言って、ルルを連れて離れていった。
気を遣ってくれたのだろう。だが――
(違うから!どうしようって顔してたじゃん!置いていかないでよ!)
仕方なく、みさきは聖剣を手招きし、少し離れた馬車のそばへ移動した。
「……驚くかもしれないけど、ちゃんと聞いて」
深呼吸してから、みさきはゆっくりと語り始めた。
この世界は、自分が中学生のときに書いた物語の中であること。
地形も村の名前も、ぷーたも聖剣も、そしてレナさえも――すべて自分が“設定”した存在であること。
なぜレナの姿でこの世界にいるのかはまだわからないけれど、
封印を解く力が自分にある以上、それがこの世界での自分の役割だと思っていること。
そして、聖剣――彼もまた、自分が生み出したキャラクターのひとりであるということ。
感情を乗せると、かえって傷つける気がして。
みさきはできるだけ淡々と語った。
しばしの沈黙。
聖剣は、無言のまま馬車の壁を見つめていた。
(……やっぱり、怒ったかな。傷ついたかな……)
みさきの心に、不安の波が広がっていく。
そのときだった。
聖剣は唐突に、長い銀髪を大げさにかき上げた。
「……なるほどな」
「昔からなんか変だとは思ってた。制御不能なほどの力、人知を超えた魔力。
美しすぎる容姿に、あふれ出す性欲……ああ、やっぱ異常だったんだなって」
(ごめん……性欲はそんなに意識してなかったんだけども……)
「じゃあ、お前は神ってことか?」
「えっ、髪!?」
「ちげーよ!神様みたいな存在って意味だ!」
「あ、うん……まあ、ある意味では、ね」
聖剣はわずかに目を伏せ、静かに言葉を継いだ。
「レナに抱いた気持ちは、本物だと信じたかったけど……
ま、要するに――お前はオレみたいな完璧な男を生んだ“母親”ってわけか」
「すっごく……大雑把に言えば、そうだね」
その後、聖剣は「少し一人にしてくれ」と言って馬車を降りた。
ぶっきらぼうに歩くその背中は、どこか哀愁さえ感じた。
みさきも外に出ると、すぐにルルとライルが駆け寄ってくる。
「話したんですか?」
「うん……見た感じ、そこまでショックって感じでもなかったけど……。
“ちょっと考えたい”って言ってたから、やっぱり……」
「わたしでも、いきなりそんなこと言われたら……正直、理解が追いつきませんよ」
ルルの表情もまた、複雑なままだった。
みさきはふと、聖剣が去っていった方へと視線を向ける。
そこに、もう彼の姿はなかった。
(……ちゃんと納得してくれたら、いいけど)
その胸に、静かに波紋のようなものが広がっていくのを感じながら、
みさきはそっとため息をついた。
【――世界は、すでに書き換えられていた】
というわけで今回は、ついに“真相開示”回となりました。 神が創りし存在であることを聖剣に伝えたその瞬間。
彼は叫ぶことも、怒ることもなかった。 ただひとつ、己が“設定”と向き合い、そして、受け入れた。
……だが、彼の心に渦巻くものは何だったのか。
次回、さらなる混迷と真実が彼らを襲う。 覚悟して待っていてくれ。
※なお、性欲設定は作者も想定外だった模様。




