第1話 忘却に葬りし名、今ここに
神にさえ忘れられしこの記録は、断続的に紡がれる。
更新は、混沌の風が吹いたとき――つまり不定期です。
あたたかく見守っていただければ幸いです。
どれくらいぼーっとしていただろう。
森の奥から人の声が聞こえて、私はようやく現実に引き戻された。
「本当だ……!」「封印が解かれている……だと?」
「――そこの君、ちょっといいか?」
周囲を見回す。私?
声をかけてきたのは、いかにも“騎士”って感じの人だった。
「この村は約二百年、結界で封じられていた。突然現れたと聞いて来たのだが……何か、覚えは?」
周囲では他の騎士たちが村人に話を聞いている。
「……あ、はい。なんか、触ったら……ガラスみたいな膜が……割れて……」
「え!?」
目を見開いた騎士が、すぐさま仲間の方へ走っていった。
「……はぁ、長い夢よな。こちとら納期のことで頭がいっぱいいっぱいなのに……」
しばらくして彼は上司らしき人物と共に戻ってきた。
「あなたが、結界を壊したと?」
こくりと頷くと、男はじろじろと私を見回した。どこか、確認するような視線だった。
「……言い伝えの…」「救世……主か?」
ひそひそと、周囲の声が耳に入ってくる。
(……嫌な予感しかしない)
「お手数ですが、王城までご同行いただけますか。馬車をご用意いたします」
「え……?」
◆
しばらくしてたどり着いた場所に思わず言葉を失った。
目の前には巨大な城。そしてその背後に広がるのは、活気ある城下町。
「……でっか。おとぎ話の中って感じ」
城門が開き、護衛に囲まれて中へ入る。整列した衛兵たちが一斉に敬礼してきた。
(え、VIP扱い……?)
案内された先、謁見の間の奥。
玉座に座っていたのは、金と赤の衣を纏った初老の男性だった。
「これはこれは……二百年ぶりに結界を破ったという“救世主様”をお迎えできるとは」
その隣に立つ細身の眼鏡の男が一歩前へ出た。
「申し遅れました。ギゼルと申します。以後、お見知りおきを」
淡々とした口調でギゼルは語り始める。
「では、封印解除の経緯を、具体的にお聞かせいただけますか」
(“救世主”……は聞かなかったことにして)
「えっと……こう、手で触れたら、パリンって……」
みさきは手を動かしながら、空中に向かって説明する。
「……パリン、ですか」
ギゼルの目が細くなり、周囲の騎士や側仕えがざわつく。
「やはり……!」「触れただけで……!」
ギゼルが居住まいを正し、静かに語る。
「この世界には、神の意思によって《結界》で封じられた村や町が点在しています。
あらゆる魔術師、剣士が挑みましたが、いずれも傷一つつけられなかったのです」
「……」
「ある日、とある神官が夢のお告げを受けました。“救世主は現れる。若き女性で、触れるだけで結界を砕く”と」
(都合よすぎない?)
「お願いです。他の封印もどうか……!」
王が頭を下げる。周囲の人々も一斉にひざをつき、頭を垂れた。
「えっ、いや、ちょっと、頭を上げてください……!」
「ちなみに、最も早期に調査が望まれているのが――“パンナコッタドンナコッタ町”です」
「…………ぐふっっ!!」
思わず変な音が出た。
咳き込むみさきをよそに、ギゼルが眉をひそめる。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……そのちょっと“コッタ町” って変わった名前だなぁと……」
「“パンナコッタドンナコッタ町”は神が命名された地。省略して言うなど――」
ギゼルが一歩前に出て、静かに告げる。
「救世主様といえど、処罰の対象となりかねません」
「ひっ……(名前つけたの私なのに……)」
怯えた様子のみさきをみてギゼルはバツが悪そうに咳払いした。
「ご無礼を。ですが、神の名に背くことは許されませんので、ご理解を」
彼は続けて言う。
「“パンナコッタドンナコッタ町”には、所縁のある者――ライル・ザッバーノを同行させます」
前へ出てきたのは、浅黒い肌にくっきりした目鼻立ちの青年。涼しげな目をした、がっしりした男性だった。
(……私の作ったキャラではなさそう。けど、“所縁のある”って……)
「彼の先祖、カイ・ザッバーノは神の使いとされた女性レナ様と恋仲だった時期がありましてな」
ぐはっっっっ!!
二度目の衝撃が変な声を漏らさせた。
(……どこかでちょっといれた逆ハーレム設定がここで掘り起こされるなんてっ!!……泣きそう……)
頭を抱えてうずくまる。ギゼルが申し訳なさそうに苦笑する。
「すみませんな。神の話となると、ついつい口が滑るようで」
「……はは(夢なら早くさめて……)」
こうして、かつて自分が生み出した黒歴史の子孫とともに――
“パンナコッタドンナコッタ町”へと旅立つことになった。
レナ様=昔書いた小説の主人公になります。