第15話 奇跡の湯と封印されし聖剣、その狭間で私は今日も逃げたい
この世界は、かつて書かれた“設定ノォト”によって形作られている。
ならば、祠に残された“助けて”という言葉は、いったい誰の叫びだったのか。
私か、それとも──私であって私でない、並行の存在か。
今回は、導かれるままに辿り着いた“奇跡の湯”と、解きたくない“封印”のはざまで、
少女?がただただ頭を抱えるだけの話である。
あのあと、自分の設定ノォトをこっそり見直してみた。
でも、あの「奇跡の秘湯」はどこにも載っていなかった。
温泉街があったらこんな感じ──という、ざっくりした構想だけ。
しかも途中で放棄してるような有り様だった。
あの祠で感じた、あの違和感は、いったいなんだったのか。
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(考えられる可能性は──)
① 私が忘れているだけで、別のノートの切れ端に書いた
……あり得なくはない。でも今回は、書いたときの記憶が流れ込んでこなかった。
② 私とは違う“私”が書いた
なに言ってんだって話だけど、平行世界の自分が書いたとしたら……納得はいく。
「自分だけど、自分じゃない」っていう、あの変な感覚もだ。
③ この世界にアクセスできる誰かが、私の筆跡を真似して置いた
……いや、誰やねん。
④ とりあえず長い夢の途中で、意味なんてない。
……早く起きよう?
私の脳みそで考えられるのは、このくらいだ。
くっ……もっと勉強を頑張っていたら……無念である。
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──そんな考察をしていた翌日。
ロード共和国は、にわかに湧き立っていた。
いま話題の中心は、「奇跡の秘湯」。
封印解除の噂はあっという間に国中に広まり、
商売人たちはこぞって湯をくみに走っているらしい。
名物として売り出す準備も進んでいて、なかには“温泉パック”や“奇跡の秘湯のありがたい土”まで登場したとか。
(すごい……商売魂……)
聖獣ぷーた様騒動はあっという間に消え去り、
一夜にして観光地と化した“秘湯”をよそに、
私の心は、逆にずっしりと沈んでいた。
その理由は──次の目的地にある。
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「次はロード共和国を出て、“ライトニングシャワー村”ですね」
ライルが地図を広げ、指さしながら言った。
「こちら、伝説の勇者といわれている“聖剣様”が、封印されている可能性がある場所になります」
「え!?!?」
(いや、もう村の名前とかどうでもいいんだけど……
ていうか、自分が設定したキャラクターが“封印されてるかもしれない場所”とか……うわぁ……)
頭を抱える。
胃がキリキリしてきた。
「みさき様?」
「……そこ、パスじゃダメですか?」
「当たり前です! 聖剣様が本当に封印されていたなら、それは歴史が変わるかもしれない出来事なんです!」
「……ですよねぇ……」
憂鬱だった。
現実世界で、どうしても行きたくない出勤前の朝みたいに。
できればこのまま温泉にもう一度浸かって、記憶ごと流してしまいたかった──。
(……ていうか、もうここに住んじゃおうかな)
次の村とか、聖剣様とか、そういうの全部パスで。
“奇跡の秘湯の管理人”ってことにして、宿でも開いてのんびり暮らしてさ。
ぷーたと一緒にお湯にでも浮かびながら、夜は星空を見てぐーたらして過ごすの。
……うん、それでいい気がしてきた。
なぜ私は、自ら設定した地雷を次々と踏みに行かねばならないのだろうか……。
次なる地、ライトニングシャワー村。
その名を口にするたび、胃がキリキリと音を立てる。
私は、行きたくない。
できることなら、このまま“奇跡の湯”で骨を埋めたい。
……だが物語は進む。
黒歴史に抗えぬ運命のように。