第14話 救済ヲ乞ウ文字──破られし封印と、呼びかけるモノ
※これは、記憶の牢獄に刻まれた断罪の片鱗──
今回、選ばれし鍵はひとつの“過去”を打ち砕く。
……たとえそれが、魂の奥底に封じた“叫び”であろうとも。
解錠の代償は、心の裂傷。
だが安心してくれ、今回もぷーたは空気を読まずに元気だ。
今度も、嫌な思い出だった。
『ね、かわいくない?』
友達と呼べるほどでもない近所に住む同級生のエリカ、彼女が小さな子猫を抱えて話しかけてきた。
『みさきちゃんちで、しばらく預かってくれないかなぁ……?』
『かわいいけど……うち、動物ダメなんだ』
『ちょっとだけ!捨てられてたの。かわいそうでしょ?』
『え、ちょ、ちょっと……』
返事を待たず、エリカは猫を押しつけて去っていった。
『ダメに決まってるでしょ!』
『1日だけ!お願い!』
『あんたが面倒見なさいよ!』
──けれど、弱っていたその子猫は、翌朝にはもう冷たくなっていた。
それを伝えたとき、エリカはただ「そっか……」とだけ呟いた。
でも──
翌日から、クラスの空気ががらりと変わった。
『自分で預かるって言ったんでしょ?』
『エリカちゃん、泣いてたんだよ……かわいそう』
ひそひそと囁く声。ちらちらと向けられる視線。
そして、エリカ本人もこちらを見て、ニヤニヤと笑っていた。
──私は、それからしばらく学校に行けなくなった。
パリン!
結界が、乾いた音と共に砕けた。
「はぁ……しんど……」
へたり込んだ私の背を、ライルが静かにさすってくれる。相変わらず、紳士な騎士である。
「──あの」
声をかけてきたのは、ルルだった。結界が無くなった場所を見つめながら、遠慮がちに口を開く。
「みさきさんが結界に触れていたとき、映像のようなものが映し出されていたのですが……あれは、何か意味があるのでしょうか?」
「…………え?」
(うそでしょ……!? 私の脳内だけじゃなかったの!?)
慌てて隣のライルを見ると、彼は気まずそうに視線をそらす。
「あの、ライルさん……もしかして……」
「……はい。見えていました」
(あああああああ!?!?!? マジで!? だから優しかったの!? ファッ◯……)
「それで、結界との関係なのですが──」
ルルの問いかけに、私は反射的に耳をふさいだ。
「やめて差し上げてください」
静かに、けれどはっきりと遮ったのはライルだった。
「みさき様は、過去と向き合い、結界を破ったのです。それがどう関係しているかは、今は問題ではありません」
「……確かに。……失礼しました」
場の空気が、静かに沈む。
──その空気を壊したのは、ぷーただった。
「なに……?」
頭の上に、ぽすぽすと小さな衝撃。見上げると、ぷーたがふわふわと跳ねながら、まるで“あっちあっち”と誘導するように動いていた。
「……連れていきたい場所があるんですか?」
ライルの問いに、ぷーたはぶんぶんと激しく揺れる。
導かれるまま進むと──
そこには、小さな岩場の中に作られた、自然の湯があった。
ごつごつした岩の合間から湯気が立ちのぼり、静かに湯がたまっている。
温泉……というか、簡易的な岩風呂だ。
「これが……秘境?」
その奥──森の影に、ひっそりと建てられた小さな祠が見える。
中に置かれていたのは、一枚のノートの切れ端だった。
(この紙……見覚えがある……)
拾い上げると、そこには──見覚えのある筆跡で、異世界の“設定”が書き連ねられていた。
「秘境には温泉があり、もし宿があったらこんな構造」
「景観はほどよく神秘的で、夜には星が降るように見える」
──そういう、どこか恥ずかしい“昔の妄想”のような言葉たち。
その最後に、唐突にこう書かれていた。
「たすけて」
(……私、こんなこと……書いたっけ……?)
指先で震えた文字をなぞりながら、胸の奥がざわざわと揺れ始める。
(設定ノォトには、設定以外は書かないって、そう決めてたはずなのに……)
私の字だ。でも、私じゃない。そんな気がする。
祠の中は静かだった。
紙だけが、さらりと風に揺れた。
……見えたか、“助けを乞う声”の正体が。
それは、彼女が忘れ去ったはずの可能性の残滓。自らの手で創り上げた幻想世界に、誰が“救い”を求めたのか──
その答えはまだ、霧の中。
封印は破られた。 次に目覚めるのは……“誰”なのか。