第12話 聖域より来たる者、地の誇りに火を灯す
――世界には、抗えぬ因縁がある。
それは国家間の争い、宗教の対立、魔力の系譜……
そして、誇りという名の“地元意識”の衝突。
ゼブ王国とロード共和国──
遥か昔から交わることなき二つの魂が、今、粘土人形の露店で火花を散らす。
──封印を解いたことを、ロード共和国の使節館で報告した。
正式な書面も用意されていたらしく、話は淡々と進み、すぐに終わった。
「本当にありがとうございます。よろしければ、温泉もお楽しみください。宿の手配も済ませてありますので」
立ち上がる役人に頭を下げて、私はほっと息をついた。
(……終わった……)
「とりあえず、お昼にしますか?」
ライルの声がかかったが、やはり空腹は感じなかった。
返事をどうしようかと迷っていると──
「わ、わたしは結構です。直前に食べてきたので」
隣のルルが先に口を開いた。
「私も大丈夫です!」
便乗してそう言うと、ライルは「あ、そうですか……」と、ほんの少しだけ視線を落とした。
(……実は楽しみにしてた?)
気まずくなったのか、それとも空気を読んだのか、彼は人混みの中へと静かに歩いていった。
──というわけで、私はルルと街を歩くことになった。
ロード共和国の首都は活気にあふれ、行商人たちが元気に声を張り上げている。旅人も多く、言葉の響きもさまざまだ。
「ルルさん。このあたりには詳しいんですよね」
「はい。聖獣の森の調査で何度も来ているので、土地勘はある方かと」
ルルはそう言って、まっすぐ路地を抜けた先の広場へと足を進める。
その途中、彼女がふとこちらを見る。
「……そういえば、ずっと気になってました。
そのホコリのようなものは……何ですか?」
「名前はぷーた……聖獣なんだよね」
「え?」「え?」
私はルルのリアクションのなさに思わず声を上げ、ルルはその声に釣られて「え?」と言った。
なんかタイミング合ってるし……むしろ気が合うのかも?
「はい、どうぞ」
と、手のひらサイズの灰色の塊──ぷーた──を渡すと、ルルは両手でそっと受け取った。
「その……軽い、ですね」
ぷーたは緊張しているのか、ぴくぴくと震えている。
(……人見知り?)
「でも、なんだか可愛いですね」
「意外。もっと驚くかと思ってた……」
「驚きますけど、私……研究対象にしかあまり興味が湧かないんです」
ルルは少しだけ目を伏せた。
「……変ですよね。人付き合いとか、あまり得意じゃないですし」
(あー……なんか、分かる気がする)
そうこうしているうちに、通り沿いの露店から元気な声が飛んできた。
「ちょっとそこのお姉さんたち! そんな所で突っ立ってないで、寄っていきなよー!」
ひときわ賑やかな声に導かれるように、足が止まる。
その店は、いかにも観光客狙いの品物が並んでいた。
「聖獣の森のありがたい石」
「封印の地から採れた奇跡の小枝」
そして──明らかにぷーたを模した粘土焼き人形。
(これ……売れるの?)
「どこから来たんだい?」
「ゼブ王国からです」
そう答えた瞬間だった。
さっきまでにこやかだった露天のおばちゃんの表情が、ピキリと曇る。
「そうかい」
(……あ、あれ?)
あからさまに態度を変えた理由をルルに聞こうと隣を向くと、彼女の表情が静かに怒気を帯びていた。
「あなた達は……いつもそうです! ゼブ王国っていうだけで、露骨に態度を変えて……!」
声を荒げるルルに、おばちゃんも食い下がる。
「伝説の樹だの始まりの地だのと自慢してくるじゃないか!そんなに偉いのかい?その態度が嫌いなんだよ!」
「皆が皆自慢なんてしてません。被害妄想です!」
「大体そっちこそ、封印場所を観光資源に使うなんて、人としてどうかと思いますけど?」
(これ、地元が火花散らしてる例の全国番組そっくりなんだけど)
──もう完全に、異世界版・お国自慢合戦みたいなものが始まっていた。
「それがお高く止まってるって言ってるんだよ!」
はぁ…とため息をつきながら
「話になりませんね……」
(私としてはおばちゃんの気持ちもわからんでもないかな………秘境地扱いでネタにされてさぁ……)
「なに言ってんだい! あたしの年齢の半分も──」
「ちょっと! 何騒いでるんですか!」
割って入ったのは、全力で走ってきたライルだった。
ぜぇぜぇと息を整えながら、間に立っておばちゃんに頭を下げる。
「すみません、本当に……ご迷惑をおかけして」
振り返って私を見て、ぐっと眉をひそめた。
「みさき様も、腕組みして頷いてないで止めてください!」
「あっ………すみません……」
……気を抜くと、すぐ傍観者ポジションになっちゃうの、悪い癖かも。
──争いの残り火を背に、我らは再び歩き出す。
聖獣と共に、暁を知らぬ宿へ。