第10話 堕ちた森と浮かれた民――聖獣(ホコリ)は語らず
――封印は、解かれた。
それは偶然か、必然か。あるいは、神の気まぐれか。
我が肩に宿りし灰の精霊が導く先に、楽園(ロード共和国)はあった。
だがそこは、聖獣の名を借りた商魂の巣窟――そして新たな混沌が始まる地だったのだ。
ロード共和国は――思ったより賑わっていた。
あちこちから立ち上る湯気。おそらく温泉のせいだろう。
ゼブ王国が「THE・異世界ファンタジー」だとすれば、こちらは……よくも悪くも観光地。
入り口の看板には、やたら達筆な字でこう書かれていた。
「ようこそ!温泉と聖獣様ゆかりの地、ロード共和国へ!」
勇者たちの銅像らしきものが建てられ、露店では「聖獣の森の葉っぱ」「ぷーた様の旅のお守り」などが売られている。
しまいには、ぷーたを模したお菓子まで並んでいた。
「……あんた、実はすごい存在だったんだね」
私は思わず、肩に乗ったホコリ――いや、聖獣ぷーた様に話しかけた。
ぷーたは、ぷーぷーとご機嫌に鳴いている。
何を言っているのかは相変わらずわからないが、謎のドヤ感だけは伝わってくる。
ちなみに聖獣の森で出会って以来、私の肩にくっついて離れない。
というか、むしろ肩にめり込んでる。絶対に振り落とされまいという覚悟を感じる。
「これって、周りにバレたりしないのかな?」
こっそりとライルに尋ねると、
「大丈夫です。ぷーた様の実物を見た人なんていませんから」
どうやら、勇者達の姿に関してはかなりあいまいらしい。
各地にある銅像も、顔つきや大きさがバラバラで、どれが正しいのか不明だとか。
実際この広場のぷーたの銅像も、キリッとした目をしていて、サイズも今の二倍くらいある。
――ホコリがいつの間にか出世していた。
「この辺りのはずなんですが……」
と、ライルが辺りを見回しながらつぶやく。
「何か探してるの?」
「合流予定の方です。みさき様が“女性の同行者がほしい”とおっしゃっていたので。僕だけじゃ心配なんでしょう?」
ああ、そんなこと言った気がする……
でもぷーたの登場が強烈すぎて、すっかり記憶の彼方だった。
「心配というか……コンプライアンス的な……あれ?」
視線の先に、全身黒ずくめの人物が立っていた。
黒髪に黒縁メガネ、黒いローブ、黒っぽい服――とにかく黒で統一された若い女性。
「あの人じゃないかな?」
「ああ、研究職だと聞いてますし。多分そうですね」
私たちが近づくと、その女性が何かをつぶやいた。
「はじ……して……ルル……す……」
「え?なんて?」
ライルが耳を寄せると、次の瞬間、
「ち、近いです!近いです!あのっ……!」
突然、彼女は顔を真っ赤にして絶叫した。
「わ、わたしはルルです!!よろしくお願いしますぅぅぅ!!!」
さっきのモジモジした声から一転、魂を込めたような自己紹介。
(……ヤバい人が来たかもしれん……)
みさき、またしても静かなる絶望に包まれたのだった――。
世界よ、目を覚ませ。
あれはただのホコリだ。ホコリなんだ……。
そして現れし《漆黒のルル》。その瞳は何を見て、何を封じているのか。
次回――
「湯煙の陰に潜むもの(仮)」
輪廻はさらに加速する。