第9話 聖獣封印領域にて、眠れる灰の守護者と邂逅す
この世界には“書かれた場所”と“書かれざる場所”がある。
設定ノォトに記された封印の地。だがそれ以外の場所は、誰の意志で存在しているのか――
いま、我は禁断の森に足を踏み入れ、
魂に刻まれし傷と向き合う時を迎える。
そして出会うのだ。かつて我が手により創造された“灰なる守護者”と――
森、森、森……
代わり映えのしない道を、馬車に揺られながら私は考えていた。
封印されている場所と、されていない場所の違いってなんなんだろう。
ギゼルが広げた地図に記されていた“封印場所”は、私の設定ノォトと一致していた。やっぱりそうか、と思う。
でも、これから行くロード共和国やゼブ王国なんて、設定ノォトには載ってなかった。
たぶん、あれだ。書かなかったごく少数の集落が、魔王討伐後に独自発展したパターン。
とはいえ、あの“聖都市国家ブリンティア”にまで封印がなかったのは、ちょっと意外だった。何かあるんだろうか……
そんなことをぐるぐる考えていると――
「聖獣の森に着きましたよ」
「……早いですね(っていうか、ずっと森だったから違いがわからん)」
「!」
――いや、これは普通に驚いた。
明らかに、そこだけが結界で封じられていて、森の空気も違って感じる。
隣でライルが、いつものキラキラした目でこちらを見ている。
イケメンが見つめてくるせいで、ちょっと集中しづらいんですけど……。
「儀式、しますか?」
「今回は大丈夫です。(……なんかもう、ちょっと慣れてきた気がする。慣れって怖い)」
結界の冷たい表面にそっと手をあてる。
頭を空っぽにして、何も考えない。考えるな、考えるな。
……そして封印の記憶がゆっくりと流れ込んでくる。
『今日は休みだったの? ずいぶん早いのね』
買い物袋をテーブルに置く母親の声が、脳裏に響いた。
『ああ。辞めた』
一瞬で空気が変わる。ピリッとした緊張。
『冗談やめてよ……家のローン、まだ残ってるのよ?』
買ってきた食材を冷蔵庫に詰めながら、母は必死に笑おうとしていた。
『早期退職したよ。その分多くもらえるからな。それで返せばいいだろう』
『――そんな勝手に……!』
母が、泣き崩れる。
私は、何もできなかった。
父に殴られるのが怖くて、ただオロオロするだけで。
……あのときの私は、ただ見ているしかなかった。
でも、今は。
今は――
目を背けないって、決めたんだ。
パリ……パリパリッ……。
結界に、細かいひびが走る。
パリン、と音を立てて砕け――そのまま粒子となって、空気に溶けていった。
「お疲れ様でした……」
崩れ落ちるように座り込んだ私の背中を、ライルが優しく撫でてくれた。
『伝説の聖獣、かっこいいな! よし、物語に入れよう!』
『名前はぷーたでいいや! 形は……うーん、めんどくさいなぁ』
――そんな、くだらない記憶が流れ込んでくる。
(ぷーたって……なんやねん)
ちょっとだけ笑えてきた。
「……あっ」
ライルの声がして、直後にゴンッと何かが頭に当たる。
「いったーー!!」
え、またノート!? いや、もう在庫ないよ!?
ぷーぷー、という音がどこからか聞こえる。顔を上げると――
「……でっかい、ホコリ?」
灰色で、もっさもさで、しかも目がどこにあるのかわからない。
たぶん、奥のほうに何か光ってる気もするけど、見間違いかもしれない。
「ふぶっ!」
ライルが吹き出した。ちょっと、笑いの沸点低すぎじゃない?
「ちょっと!ライルさん敵じゃないんですか!?笑ってないで何とかしてくださいよ!」
「……あなたは……伝説の聖獣、ぷーた様……?」
「えええええ!!?? このでっかいホコリが……」
むんずとつかんで、まじまじと観察する。
……うん、やっぱりホコリだこれ。
見なかったことにしよう……(ぽいっ)
「ぷーた様?!」
ライルの叫び声が、森に響き渡った。
それは、かつての記憶が導いた因果の交錯。
封印は解かれ、魂の殻は砕け散る。
だがこの物語は、まだ序章に過ぎない。
真なる災厄の胎動は、すでに“記されざる地”で目覚めを迎えている――