序盤
「おい、あの予言とかいうやつ聞いたかよ」
「聞いたさ。厄災ってやつはわかんねぇが模造の力っつうのは最近の編纂者のことか?」
「それ以外ねぇだろ。つーかニセモンじゃねーのかよ予言」
「予言を持ってきたのって“ラスト”なんだろ?、さすがに本物だろ。にしても勇者様っていつ現れんだろうなぁ」
「ばーか、勇者が俺らの前に現れんのは厄災の後って相場が決まってんだろ?
…あっそうだ!おめぇこの前のクエストでこれ落としてったろ!これちょっと高かったんだからな!」
「あーちょい!悪かったって!」「あってめ!まておい!──
〜〜♪
世界を救う勇者様、世界を手にする魔王様、世界の命運がかけられた最終決戦…やっぱりかっこいい!
はぁ〜。勇者様、はやく現れないかなー。
それとも、僕がその勇者様だったり!…
なんて夢想をしながら、一人青年は影のかかった小道を抜け大通りに出る。
あちらこちらに生え伸びる塔は圧巻で、その光景に美しさを覚える。
こんなに塔が寄せ集まっている場所は見たことがない。
これからあの塔に登るというのだから、とてもドキドキしている。
彼の名は“ナナシ”、冒険者を目指す人間だ。
創作が趣味で、少し大きな夢を見るただの青年。
今は塔に登るため、そして冒険者になるためギルドに向かっている。
ナナシはそのためにここへ来た。
塔の街「ランリツ」
この世で最も塔が密集している街。
スクロールの供給が多く世界最大の都市国家である。
人間に限らずエルフ、獣人、果てはサイボーグまでが生活していて、街特有の組織「ギルド」が複数存在する。
夢のある街だ。
ナナシがギルドへ訪れるのは初めてだ。
キョロキョロと活気ある街並みを見て、ほんのり笑みを浮かべ歩いている。
そんな彼が、ナナシが冒険者になろうとしている理由は二つある。
一つは、幼い頃からの夢であったこと。
彼の父は冒険者で、人当たりもよく強い男だった。
やることを終わらせたらよく褒めてくれて、お願いをすれば大体のことは嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
家族を皆愛し、そして皆に愛されていた。そんな人だ。
ナナシには上に兄が一人、下に弟が一人いる。
ナナシ達三人はよく父と戦ったこともあるが、その度にひどく負けた。
それが悔しくて、何回も手を変え品を変え父に挑んだ。
そして一度だけ、兄が父の剣を崩してついに勝った。
三人がかりでたったの一回きり。それでも、彼らにはこの上ない喜びであった。
また勝ちたい、強くなりたい…そんな思いで、毎日剣を振るった。魔法を練習した。特訓を重ねた。
兄は運動が得意で、一緒によく走って、跳ねて、模擬戦もした。
弟は勉強が得意で、よく問題を出し合ったり、分からないこともたくさん教えてもらった。
特訓して、勉強もそこそこして、三人で戦って。
そんな日々を送っていると、ナナシは友人から冒険者の大会に誘われて、遊んでくると言いながら街までその大会を見に行った。
大会での戦闘は凄まじく、ナナシは冒険者達の動きを追いきれなかった。
剣と剣が叩き合う音、敵目掛けて放たれる大きな魔法、残像の見えるくらい激しい肉弾戦。
年頃の少年がそれを見て、興奮しないわけはない。幼ければ尚更、その光景に心打たれるものだ。
その次からは兄弟と一緒に大会を見に行くこともあり、その度に特訓に精を出した。
憧れであって、夢だった。それは、冒険者を目指すのに十分な理由だ。
そしてもう一つ、お母さんを助けるため。
ナナシの母は元冒険者で、父と二人で宿を経営していた。いわゆる、女将さんだ。
彼女は温和な人で、無茶をして怪我を負ったナナシ達を叱っても、怒鳴りつけることは一度もなかった。
母はいつも努力している彼らを見守り、彼らが冒険者になりたいと言うと「頑張れ」と応援してくれた。
弱音を吐くと受け入れてくれて、励ましてくれた。
ナナシ達が諦めずに前を向き続けられたのは、そんな母の影響も大きかった。
思春期も中頃。ある日、兄弟でいつも通り特訓をしていた時、母が深刻そうな面持ちでナナシ達を集めて、居間で話し始めた。
「お父さんが死んだ」
突然それを告げられた。
いつも明るくて元気な兄も、普段冷静で落ち着いてる弟も、このときばかりは驚きを隠せていなかった。
ナナシもそうだった。驚き、泣いた。ひどく泣いた。
それ以上のことは聞かせてはくれなかった。
なぜ死んだのか、ナナシが理由を聞こうにもはぐらかされてしまった。
ナナシ達がいくら子供であるといっても、ある程度察しなら付く。冒険中、特に塔で倒れてしまったのだと。そう考えを巡らせた。
その後、母はナナシ達に宿を継いでほしいと言うようになった。
弟は素直に宿を継ぐと言い、兄は少し考えてからと答えを待った。
ナナシは「冒険者になりたい」と、「お父さんのように宿と冒険者を一緒にやりたい」と無理を言ってみた。
母は少し驚いたように思うと、複雑な表情になった。喜びと不安、そして悲しみが入り混じったような顔とでもいえば良いだろうか。
ナナシからすればずっと、ずっと憧れていた、願っていた夢だ。そう簡単に諦められるわけがない。
でもお母さんの役にも立ちたい、みんなと一緒にいたい。
子供はわがままを言う。当然のことだ。
そのために今まで、そしてそこからも特訓をやり続けた。冒険者も宿も、どっちもやりたいと決意して。
思春期の終わり、冬至。
ナナシが宿の手伝いをしていた時、母が倒れた。
熱も悪寒も、倦怠感もないと言うのに、息だけが絶え絶えになっていく。
医者を呼びすぐに診てもらうが、なんの病気かは分からず。
念の為日を跨いで状態を診るが、最後まで原因は分からずじまい。
できるのは病状の進行を遅らせるだけ。治療法も当然分からず…なのだが、どんな病気も治せる方法が一つある。
「万能薬のスクロール」、それがあれば万病を治す事が出来る、唯一の望みだと。医者はそれだけ言った。
裏を返せば、そのスクロール以外に病気を治す術が無いと言う事だ。
兄も弟も「お金を稼いでスクロールを買おう」と言い、ナナシを説得した。
それはナナシの安全のためでもあった。
それでもナナシは、すぐにスクロールが欲しいからと言ってしまった。
「僕が冒険者になって、万能薬のスクロールを持ってくる」
皆不安そうな顔をしたが、ナナシはいつにも増して本気だった。
ただそれにも問題がある、ナナシの年齢が足りない事だ。冒険者の年齢制限は人間の成人基準で18、それに対して当時ナナシの18の誕生日まで後3ヶ月はあった。
それまではひとまず待つ、ということでその場は収まった。
その3ヶ月間はひたすら看病を続け、宿を盛り上げた。
冒険者をするにもスクロールを買うにしても金はいる。それも膨大に。
春分、ナナシは晴れて18となった。
母が病に罹ってしばらく経つ。病状はじわじわと進行しているが、大事には至っていない。
ナナシの答えは──変わらず。
「冒険者になる。自分の手でスクロールを探す。」
迷いも捨てて、そう言い切った。
その言葉を聞き、母は父のお古の装備品を持たせてくれた。
鎧等はナナシには大きいため着れず、代わりに軽い布や金属、厚い革の服をもらった。
長剣は扱えないので軽い短剣、包帯、回復薬、ポーチ、金…。
その日は荷物の整理を済ませ、不安に駆られながらも眠った。
翌朝、朝食を済ませ、支度も終えて。
そう時間もかからずに今朝「いってきます」と家を出てきたばかりである。
往来の激しい大通り、人の混む商店街、近道の路地裏。
ただ歩いているだけで、やれクエストがどうだ、編纂者がどうだ、予言がどうだの。
あまり聞いたことのない文言まで飛び交って、耳を通り抜けていく。
…ちょっと気になる言葉は、帰ってから弟にでも聞いてみよう。
そのためにも、早くギルドへ行かなければ。
ナナシは周囲に目を奪われることはあれど、歩みは止めずに行く。
あともう少しだ。すぐそこを曲がり、真っ直ぐ行けばもうギルドは見えるだろう。
順路を聞いていたおかげですぐ分かった。
あともう少し、自然と足取りも軽くなる。
おそらく一番の大通りに出ていくと、なにやら先ほどまでとは違う歓声に包まれた群衆があった。
少し通り抜けるには厳しい程度の人混みだ。ナナシはそう判断した。
どうやら、注目の的は一人の人間らしい。
「ラスト」大きく名前を呼ばれている。彼の名だろう。
ついさっきもどこかで聞いた名だ。有名人だろうか、ナナシはそういうのには疎い。
流行というのも兄か弟に聞いてから知る、敏感な方ではない。
また弟に聞くことが一つ増えただけだ、もうここにいる必要もないだろう。
ナナシはちょいとルートを変更し大通りを横切る──
いたっ!
バタン、と大きく転げてしまった。生垣かの段差に足をひっかけてしまったか。
すぐまた立とうとすると、後ろから声をかけられた。
「大丈夫かい?」
「あっはい!ありがとうございます」
手を借り身体を起こす。
一礼を済ませ顔を見れば、先ほどの有名人ではないか。いつのまに。
「気をつけるんだよ」
「どうも、ありがとうございました!」
感謝を重ねてしまった。まぁ悪いことでもない。
しかしあのラストという人、近くで見るとカッコの良い青年だった。
武器を携えていたし、服装的にも冒険者だ。あんな冒険者にもよく憧れたものだ。
目線を返すと、さっきまでの人雪崩はすでに解消されていた。
ちょうどいい、このまま大通りを真っ直ぐ行こう。
道に沿って歩いていくと、すぐにギルドが見えた。
体育館ほどの大きさの建物に、その周囲は開けている。
建物に近づいていくと、これまた大きな看板が掲げてある。
「タワーギルド」
とうとうというべきか、もうというべきか。ギルドに着いた。
ドキドキと緊張を胸に扉を開ける──
歓声と拍手、喧嘩、あちこちから聞こえる話し声。
喧騒に包まれたギルドは、ある意味ナナシの緊張をほぐしてくれたかもしれない。
玄関を開けて真っ直ぐ、受付に向かう。
冒険者登録などの手続きのやり方も聞いてきた。大丈夫だと思いたい。
「すいません、あの、冒険者登録をしたいのですが」
「冒険者登録ですね、身分証はお持ちですか?」
「はい」
…身分証を提示、まだ緊張は抜けきっていないので慌てないよう自分に言い聞かせる。
「ナナシ様ですね、ではこちらの登録用紙に氏名、年齢、種族、出身地、サインをご記入ください。」
ナナシ、18歳、人間、ホームタウン出身。
少し凝ったサインを書く。
「お願いします」
「はい。
登録申請を受理しました。冒険者カードと案内パンフレットをお受け取りください。」
「ありがとうございます」
…無事、冒険者登録を終えた。
冒険者カードを手に上げて見る。父のものとは見た目や内容が異なる。
かっこいい。ナナシにはまだ子供心があるようだ。
案内パンフレットを見てギルドを練り歩く。
塔の情報や依頼書などが貼ってある掲示板があるらしいので、そちらへ移動する。
人混みは避けて歩く、ここにきて変な人に絡まれたくはない。
掲示板前へ来ると、その依頼書の数にちょっと驚く。
黒板より大きな壁に所狭しと依頼書が貼り付けられている。
どうやら軽く依頼の種類、難易度、報酬順などで分けられているようだ。
今のナナシでもできるような簡単な塔を探してみる。
…あった、塔のカテゴリで簡単な依頼書。
次に見る所は近場である所。
…と、これまたちょうどいい塔が見つかった。
ちょっとデザインが豪華で目立つ依頼書がある。
初心の塔-低ランク
7階層でボス有、単純なトラップや弱い魔物が少し。
ここからすぐ近くで内容も低ランク、これなら攻略できるかも!
ナナシはその内容を確認し、最初に攻略する塔を「初心の塔」に決めた。
受付でクエストを受理してもらい、さっそくギルドを後にした。
〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-
十分もしない程度歩くと、「初心の塔」と記された看板が刺さってある壁がある。
ナナシがおそるおそる壁に手を触れると、その周囲の壁が透過していった。
父の話に聞いた通りだ。塔の入り口は通常閉ざされていて、触れると少しの間開いた状態になり、また時間が経つと塞がれるという。
魔法の類だろうか、体験しても不思議なものだ。
塔の内部に入ると、窓から入る光や簡易的な照明で照らされており、ほんのり薄暗い程の明るさを保っている。
奥に階段が見える…が、それよりもまず先に処理するべき問題がある。
棍棒を持った子供ほどの大きさのゴブリンが一体、他に敵はいないようだ。
早速剣を構え、目の前の魔物と向き合う。
ゴブリンが先にナナシへ向かい、棍棒を振り翳した。
実戦は初めてだ、そのために特訓をしてきた。ナナシは自らを鼓舞し、ゴブリンの攻撃を躱わす。
次にナナシがゴブリンへ接近すると剣を振り下ろし、ゴブリンは棍棒でそれを抑え避ける。
剣を下ろしたまま横へ思い切り振ると、ゴブリンの横腹へ剣を当てられた。
それを力いっぱい振り切ると、ゴブリンは魔素を出しながらそのままよろけて倒れ込んだ。
ゴブリンはうっすら光ると、魔素へ分解された。
見ると、ゴブリンの角が一つ残されていた。ドロップアイテムというやつだろうか。
一応アイテムをしまうと、次の階層へ進む。
2階、どうやら次はトラップの階層らしい。
格子状のタイル張りのような床に白い一筋のルートが描かれている。他の部分は全て黒い。
そしてその向こう側には次へ続く階段が見える。
試しに安全であろう床からまず黒いタイルを押してみると、そのままタイルは抜け落ちてしまった。
その次に白いタイルを押してみるが、タイルはびくともしない。落とし穴タイプのトラップ部屋のようだ。
足を踏み外さないように慎重に白いタイルを辿り、反対側まで難なくたどり着いた。
この調子で塔を攻略していけば、思ったより早く攻略できるかもしれない。
ナナシは淡い期待を込めながら、次の階段を登っていった。
3階、ゴブリンが三体見える。三体同時は厳しそうだが、それよりも階段が見えないのが気掛かりだ。
倒したら次へ進めるタイプだろうか。
幸いゴブリン達は反対を向いており、まだ気づかれていない様子だ。バッチリ準備を整えて奇襲を仕掛ける事にする。
構えて…今!
勢いよく飛び出して剣をゴブリンに突き立てる。
刺されたゴブリンは前へ倒れていき、壁にぶつかった。するとカチッと音がして、壁の一部が扉の形に開いた。
隠し扉だったか。すぐに身を引いて剣を構え直す。
倒したゴブリンは…まだ生きているようだ。ゆっくりと起き上がってくる。
それよりも手前の二体、片方は棍棒に加えて盾を持っており厄介だ。
ほどほどの距離を取りながら…剣を振る!
一進一退の攻防だ、距離を詰められてしまうと2体がかりで攻められてしまう。
敵の懐に入れればいける…今!
ナナシは姿勢を低くし盾持ちの方へ攻める。そしてグッと剣を押し込む。
ガッ! しまっ─⁉︎
剣で突こうとしたが盾で防がれてしまう。その隙を逆に突かれてしまい、棍棒で思い切り殴られてしまった。
いった─‼︎
倒れ込みそうなところを踏ん張り、なんとかまだ立っている。本物の攻撃、一撃だけでもかなり応える痛さだ。
お古とはいえ装備を着けている上でこのダメージ、何回も攻撃を受けては死んでしまう。
とにかく距離を安易に詰めたらやられる可能性が高い、ちょっとずつ削っていく感じで──
ドガッ!
背中に激痛が走る、さっきの棍棒のような鈍い痛みだ。
前側へ倒れ込むが、上体を無理やり起き上がらせ急いで部屋の端へ離れる。
どうやら先ほどの負傷したゴブリンに背後を取られていたようだ。
悶絶するような痛みがする、このまま退避…はできないようだ。
ここから登ってきた階段の方向にちょうど残り二体のゴブリンがいる。今の状態で通るのはまず無理だ。
隠し扉の方には負傷ゴブリンが一体、戻るよりは可能性がある。
こんなところですぐ死ねないし、もっとも死にたくはない。
戻れないなら、進むしかないだろう。
ナナシは咄嗟に前へ出て、力の限り負傷ゴブリンを切り付ける。一体ならまだ対処できるかもしれない。
剣を出鱈目に振り回し、ゴブリンを何度も切る。というより殴りつける。
ゴブリンは負傷のおかげか他のやつらより動きが鈍く、勢いで押し切ることができた。
ゴブリンを押し除けて隠し扉へ走る──
ついたっ─!
どうにか扉まで辿り着き、ふと後ろを見る。
押し倒したゴブリンは魔素に分解されており、他の二体はこちらへ向かって来ている。
まずいっ─急いで階段を駆け上がった。
4階、光量がやや減った、幸運にも敵はいないようだ。壁と通路、そして部屋の端に宝箱らしきものがある。
通路の先まで光が届いておらず、階段までは見えない。しかしそれよりも、手前にある宝箱が気になってしまう。
後ろを見てもまだゴブリン達は来ていないようだ。
宝箱を取って回復して、次の階層を様子見しよう。
早速宝箱を開けてみる。
…!これは!
上質な回復薬だ、ナナシの宿でもやや高値で売っているポーションと等しい。
正直まだ殴られた箇所が痛むので、ナナシは遠慮なく回復薬を使用する──
ドゴンッ─⁉︎
突然、身体が強く引っ張られた…いや、吹き飛ばされた。
横腹に鋭い痛みがする、それもゴブリンの比でないほど強烈な痛みだ。
あまりの出来事に声も出せず、例えるなら瀕死の状態まで持っていかれた。
意識が飛ぶ感覚を知った、だがまだ痛みを感じている。気絶はしていないようだ。
ナナシはパニックになりかけるが、ハッと宝箱の方を向く。
そこにいるのは、人のようだ。だがどうも人ならざるような感じがする。
多分というより間違いなく、あれに横腹を蹴飛ばされたのだろう。
これまでで一番死を実感した、はやく逃げなければ。
とりあえず急いで回復薬を使う、あの勢いで手放さなくて良かった。
ポーションを飲んだ途端、痛みがたちまち引いていった。癒される感覚だ。
ポーションを使うのも初めてだが、凄まじい効果だ。これならまだ動ける。
ナナシは慎重に敵を見ながら立ち上がる。
さっきので分かるが、立ち向かおうものなら確実に死んでしまう。勝てる勝てないの以前に戦う相手ではない。
下にはゴブリン、上はまだ不明、どちらへ逃げるべきか悩ましい。
震えながら剣を構え壁を伝い、少しづつ階段へ近づく。
…最悪だ、下の階段からゴブリンが上がってきた。
あちら側に行っていなくて良かったが、状況は悪化したと思っていいだろう。
なんて考えていると、ゴブリン達はあのニンゲンの方に襲いかかった。
この隙に下へ降りられないだろうか。やっぱり下側の階段に行っておけば良かった。
ゴブリンがニンゲンへ殴りかかろうとした──瞬時にゴブリンがあらぬ方向へ飛んだ。
後手の盾持ちが壁へ後退していく、階段を下る隙などあったもんでない。
ニンゲンはゴブリンへ近づくと、盾ごとゴブリンを砕いた。
一瞬にしてゴブリンは二体とも魔素になり散った。
詰みにしか思えない。持参した回復薬は二つ、包帯を巻く時間はない、ゴブリンの盾を使おうにもすでにバラバラに破壊されている。
状況があまりにも悪すぎる。
下手に動いてはいけない、本能が告げるというものか。
ニンゲンがナナシへ近づく。ゆっくりと歩みを進め、いやに長く感じる。
瞬き──瞬間、眼前までそれが迫っていた。
またしても部屋の反対側へ蹴飛ばされる、一撃でさっきまでの回復が無意味になった。
どうする!…ポーチから回復薬を出していては間に合わない、かといってこの激痛の中立ち歩くのは無理だ。
治癒、身体強化…魔法が欲しい…!
魔法の特訓もしてきたが、上手くいってわずかな火花を出せるくらいしか出来たことはない。
回復魔法、攻撃魔法、身体強化魔法!この状況を挽回できそうな要素といったらそれぐらいしかない。
頼む…憧れたこともあったが、今ほど真剣に覚醒を願ったことはない。
ナナシは祈るように、必死に魔法を使おうとする。
傷を癒すように…
…!痛みが!
傷が塞がるような感覚、ポーションのように痛みが引いていく。
全身がまさしく元気になっていく。原理などどうだっていい!この流れなら他にも魔法をっ!
足に力を入れる。今までにない軽いような、よく力が入る。
攻撃…はどうでもいい、とにかく逃げることを考えよう。
ニンゲンから離れるように、壁沿いに下り階段へ全速力で駆ける。
─あぶなっ‼︎
咄嗟に避けたが、目の前にニンゲンが突っ込んできた。
どうにも逃してはくれないようだ。階段の前を中心にこちらを見てくる。
かくなる上は…戦うしかない。
次は全身に力を集めて、精一杯剣を構える。
─っ!
考える暇などない、間一髪のところで攻撃を防ぎ続けている。
一撃が重すぎて剣が持っていかれそうになるが、構わず剣を振り続ける。
防戦一方で、攻めることは困難だ。なにせ早さも攻撃の強さも格上すぎる、攻防が成り立っているだけで奇跡のようなのだ。
──やばっ!─ぐっ──
剣を大きく弾かれた、次構え直すには時間がない。そうこうしている間に懐を突かれた。
後方へまた大きく飛ばされた。
逆に言えば距離が空いた、攻撃魔法を放つなら今だろう。
目の前にボール大の火球を作り出し、思いっきり射出する。
火球はニンゲンを掠めたが、依然ニンゲンは近づいてくる。
もはやなすすべはない。動けなくはないが、今の動きはもうできそうにない。
これは…死んだか…?
「もう逃さんぞ!」
ん…この声は?
「─ッ人⁉︎」
ナナシは声の方へ目線を向ける。見るとそれは、さっきの有名人ではないか。
なぜこんなところに、と言いたいが助かったかもしれないことに安堵した。
ともかく今は、彼から目線を離せない。
「…覚悟しろ!ここで倒してやる!」
ラストが宣言すると、ナナシを覆うように淡く光るバリアが展開された。
すごい魔法だ、これなら安心して彼らの戦いを観戦できる。
ナナシは緊張の糸を切ったように落ち着いてラストに向かう。
─ゴンッ!──
ラストが踏み込むと一瞬もせずにニンゲンと間合いを詰めた。
ニンゲンが不意を突かれたような感じになると、ラストからまず一撃をもらいのけぞった。
そのままラストが畳み掛ける。肉弾戦に魔法までも高度に組み込んで攻めていく。
ニンゲンも負けじと魔法を躱わしながら肉弾戦を続け、こちらも魔法をラストに放つ。
なんという戦闘だろうか。冒険者の大会でもここまで激しい動きはなかった。
同時に、もしあのままナナシ自身が戦い続けていたらどうなっていたか。若干や悪寒もしながらその戦いが終わるまで彼らを目で追う。
するとラストが終わりだと言わんばかりに大きく構えニンゲンへ殴りかける。
「終わりだ!」
ラストの一撃が決まると、ニンゲンはついに吹き飛ばされ土煙を起こす。
そこへラストの魔法が追撃する。激しい光や音を発すると、ニンゲンは跡形もなく消え去っていった。
ナナシを覆うバリアが光に収束して消えた、戦闘は終わった。
「君、大丈夫かい?」
「はい…なんとか。」
ナナシは安心感からか眠気を堪え、ラストと対話する。
「まさか人がいるとは思わなかった…って、君は確か今朝転けてた人かい?」
「はい、今回もありがとうございました。あのまま死んでしまうかと」
「よく編纂者相手に、しかもここにいるってことは冒険者なりたてだろう?本当によく生き延びられたね」
「実は…魔法を使いたいって強く思っていたら、突然回復魔法が使えるようになって。そこから身体強化とか攻撃魔法も使えて、なんとか戦えたんです。
まぁ…この通りやられる寸前だったんですけど」
「それはつまり…君も、編纂者だったりするのかい?」
「えーとその…編纂者っていうのはなんなんですか?ちょくちょく聞くんですけど、意味を知らなくて」
「あぁ、知らないのかい。編纂者っていうのはここ最近ランリツの周りで噂になってる、例えるならならず者みたいなやつらさ。
予言が広まった頃から報告が増えてて、人々に襲いかかったりするんだ。他人の能力を模倣して悪用したり、中には人間じゃなくなっちゃうやつもいて私たちも困ってるんだ。」
「それは怖いですね…ところで、ラストさんですよね?なぜここに?」
「ここにはさっき君を襲った編纂者を追ってきた。
一度逃げられちゃったんだけど、戻ってきたら君とあいつを見つけて。それで君は?」
「僕はナナシって言います。今日冒険者登録して、ギルドでいい初心者用の塔を見つけてここに」
「なるほど。回復はいるかい?」
「あ、お願いします」
彼の名前はラストで間違いなかったらしい。
編纂者…なにやら物騒な世の中になったようだ。
ナナシはラストの手を借りゆっくり起き上がる。回復もかけてもらいすっかり元気になった。
ラスト「さて、せっかくなら塔を上まで攻略してから帰ろうか?」
ナナシ「良いんですか?是非お願いします!」
初心の塔、全7階層でここは4階。半分を過ぎたあたり。
ラストが同行してくれるというのだから、もうどんな心配も杞憂に終わるだろう。
早速装備を整えて階段へ向かい、次の階層へ上がった。
5階、何もない。魔物や宝箱、その他一切の物がなく綺麗さっぱりな部屋だ。
ナナシ「何もない…?」
ラスト「あぁごめん。さっきあいつを逃しちゃった時邪魔だったから、ここの魔物全部倒しちゃったんだ。
この階をちょっと覗いて、あいつはいないな、って思ったから引き返したんだ。だから次の階層からは魔物とかがいたりするよ」
ナナシ「はい、分かりました」
もしそのまま上まで行かれてたらナナシは死んでいただろう。
やはりさっきはかなり危ない状況だったことに違いはないようだ。
今生きている事をありがたく思おう。
ナナシは思いを巡らせながら、ラストと共に次の階段を上がった。
6階、ゴツゴツとした巨大な人型の魔物が見える。あれはゴーレムというものか。
ラスト「どうする?自分で戦うか私が戦うか」
ナナシ「今回はちょっとお願いしたいです」
ラスト「ん、じゃあそこでちょっと待ってて」
ラストは部屋へ飛び出すとゴーレムの前で止まった。
ゴーレムがラストへ攻撃を仕掛けるが、ラストはその攻撃を正面から受け止め、跳躍するとゴーレムの顔へ蹴りを入れ粉砕した。
ゴーレムはなお腕を振りラストへ攻撃をするが、今度はそれを躱わし胴体へ一撃入れこちら側へ飛んで戻ってきた。
ゴーレムは粉々に砕け散り、倒された。
ラスト「ちなみに今のがこの塔のボスだ」
ナナシ「すっごいです!かっこいい」
ラスト「さぁ、次の階に上がるよ」
ラストはほんのり笑みを浮かべたかと思えば、そのまま階段へ歩いて行った。
ナナシはすぐに後を追い、次の階段を上がった。
7階、青空の広がる屋上に出た。
屋上の中央にはなにやら巻物のようなものが浮かび、光を帯びている。
ラスト「それがスクロールさ。それは君の物だ、持っていくといい」
ナナシは言われた通りスクロールを手に取ってみる。
スクロールは手元で光を収束させ、一見ただの巻物になった。
すると今度は屋上の中心に光り輝く魔法陣が出現し、思わず後ずさった。
ラスト「それは帰還用のテレポーターさ。そこに入れば塔の入り口に戻れる」
ナナシ「なるほど、なんかすごい眩しい」
ラスト「帰る前に景色を見た方が良いよ」
屋上の端の方へ寄り街を見下ろしてみる。せっかく屋上に出たのだ、確かにこの景色を楽しまずには帰れない。
塔としては低クラス、すなわち全然低い高さだ。けれど十分見応えのある美しい景色を見通せた。
地平線まで埋め尽くされた家屋、屋根の色味と青空のコントラストが実に美麗である。
ナナシ「綺麗─」
ラスト「塔を攻略したからには、景色を楽しむのは醍醐味だよ」
ナナシ「塔ってどれくらいあるんですか?」
ラスト「さぁ?分からない。現在確認されているだけでも千は優に超えるからね。まだまだ新発見される塔もあるからなんとも言えないかな」
ナナシ「世界って広いですね〜」
ラスト「景色は楽しめたかい?」
ナナシ「はい!とても綺麗で、癒される感じでした。そろそろ帰りましょうか?」
ラスト「じゃあそのテレポーターに入って」
ナナシが魔法陣に入り、次にラストが入る。すると魔法陣の光が増し、ナナシ達を覆い尽くした。
次に光が明けると、そこは塔の入り口だった。
ラスト「じゃあギルドへ戻ろうか。話したいこともあるだろう」
ラストが歩き出す。ナナシもその後を追い、二人の青年は塔を後にした。
〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-
他愛もない世間話をしていると、すぐにまたギルドへ帰ってきた。
ラストがギルドの扉を開けると、百はありそうな人々と賑やかな雰囲気がナナシ達を包む。
そのうちの何人かがラスト達に気付くと、ラストの周りへ一人、また一人と近寄ってくる。
「おうラスト!昨日のクエストの時はありがとなっ!今度飯でも行かねぇか?」
ラスト「ああ、また今度な」
「ラストさん、ちょっと手伝ってほしいクエストがあって…」
ラスト「すまない、今はやることがあるからまた後で」
次々話が来て、即座に返答。有名人とはやはり忙しいそうだ。
そんな冒険者らを退け、ラストは真っ直ぐ受付へ歩く。ナナシも同様にその背をついていく。
受付の前まで来ると、ラストはギルドの奥へ呼びかけるように言った。
ラスト「ギルさん!ちょっと報告があるんだけど!」
「ラストさん!また編纂者をとっちめてきたって報告かい?」
ラスト「ああ、編纂者を一人倒してきたのと…、編纂者の力に目覚めたかもしれない子を連れてきた」
「編纂者の力に…へぇ、そこの子かい?」
ナナシ「はい!ナナシっていいます、よろしくお願いします!」
「俺はこのタワーギルドでギルドマスターをしているギルストだ!よろしく」
受付から出てきたその大柄な男は、ナナシと軽く握手を交わした。
ギルスト。筋肉の目立つ大男でまあまあ目立つ、ただ対応や仕草は見た目より丁寧な印象を受ける。
続けて、ギルストはやや訝しむようにナナシを再度見つめる。
ギル「しかし見た目からは信じがたいな。編纂者の力があるっていうのに普通の人間にしか見えない」
ラスト「確かにパッと見はただの冒険者だが、魔法を使いたいと願ったら今まで使えなかった魔法が突然使えるようになったらしい。
後天的に自分の能力を書き換えるなんてことはスクロールか編纂者にしかできない。つまりナナシ、君は編纂者である可能性が高い」
ナナシ「でも編纂者って悪い人達なんですよね?僕は人を襲ったりなんかしません!」
ラスト「編纂者ってそのまま言うなら確かに犯罪者を指すことが多いけど、編纂者の実際の意味は「能力を書き換える者」とか「能力を模倣する者」だから特別悪人を指してはいないよ。
私も編纂者だしね」
ギル「で、ナナシ君の扱いはどうするんだ?」
ラスト「できれば私の庇護下で能力を磨かせたい。編纂者の力を使いこなせれば私みたいに強い冒険者になれる。それで良いかい?」
ナナシ「もちろんです!ぜひお願いします!」
願ってもない申し出だ。現役の冒険者、しかもあんなに強かった彼の下で能力を磨かせてもらえると。
冒険者として強くなれば、より高ランクの塔を登れる。もっとレアなスクロールを手に入れられる。
ゆくゆくは万能薬のスクロールも…このチャンスは是が非でも物にする必要がある。
ギル「それじゃ、せっかくだから訓練場で今のナナシ君の実力を見せてもらおうか。二人ともついてきな」
ギルスト達は外へ出て、ギルドに隣接する開けた土地へ足を運ぶ。
訓練場。野球場ちょっとの砂地に、的やかかしが並べられた案外簡素なものだ。10組くらいのパーティがワイワイと、ギルド内と同じように賑やかである。
近くの空いている的の前まで案内されると、ギルストは話を始めた。
ギル「よし。まずナナシ君、どんな魔法を使えるようになったのか教えてくれないか?」
ナナシ「えっと、多分使える魔法は回復魔法と身体強化魔法、そして攻撃魔法が一種類ずつだと思います」
ギル「なるほど、じゃあまず攻撃魔法を見せてもらおう。遠距離か近距離のどっちができるんだい?」
火球を放ったからあれは──
ナナシ「遠距離です!」
ギル「ok!ならラストさん!見本としてあの的に火球を一つ放ってくれ!」
ラスト「分かった」
ラストが的へ手を向けると手先にやや大きめな火球を作り出し、バンと打ち出した。火球は的の中心を焦がし消え去った。
ギル「見たかいナナシ君、あれが遠距離攻撃魔法のファイアだ。あんな感じでここからあの的に攻撃してみてくれ」
ナナシ「分かりました!」
ナナシは両手を的に向けて力を込めると、同様に小ぶりな火球を作り出した。次に狙いを定め勢いよく放つと、火球は的の端にぶつかり消えた。
ギル「初めてにしちゃ上手いじゃねぇか!これならすぐ上達できそうだな!」
ナナシ「ありがとうございます!」
ギル「次は身体強化魔法だな。ラストさん、ナナシ君と一緒に軽く模擬戦をしてみてくれ、攻撃を受けるだけで構わない」
ラスト「了解。じゃあそこの広場に行こう」
囲いのある方へ行くと、ギルストはナナシとラストに木刀を手渡した。
ギル「模擬戦にはこの木刀を使ってくれ。一応壊してくれても問題ないから、全力でラストさんに攻撃を仕掛けてみて。
目標はとりあえず、一撃入れられることかな。ラストさんも、反撃するなら軽くで防御を重視して」
ナナシ「分かりました!頑張ります!」
ラスト「分かった」
ギル「じゃあ審判がいるな。おーいごつお!審判頼めるか!?」
「まかせろ!!」
ギルストが呼び出すと、なにやらごつくて荒々しいおっさんが走って来た。
ギル「よしごつお!彼らが今回勝負するナナシ君とラストさんだ!」
ごつお「ナナシとラストだな!!審判を務めるごつおだ!!よろしくだぜええ!!!」
ナナシ「うわ、暑苦しい…じゃなくて!よろしくお願いします!」
ラスト「お前どっからでも出てくるのか?」
ごつお「当然だ!!勝負には審判が付きもの!勝負あるところに審判ありだぞおお!!」
ラスト「…まあいい」
ギル「二人とも向かいあって!よしごつお!頼むぞ!」
ごつお「おうよ!!厳正なジャッジをさせてもらうぜええ!!」
ナナシは木刀を握りしめ、ラストの剣先へ意識を向ける。ラストは木刀を手に、囲いの反対へ立った。
ごつお「位置に着いたな!!では、模擬戦始めえ!!」
ナナシとラストの模擬戦が始まったぜえ!!
合図を確認したナナシは、全身に力を入れ最初の一歩を強く踏み出しただ!ラストの手前まで来ると、まず横から振り、続け様に剣で叩く。
ラストはナナシの攻撃をいなし、たまに剣を振るうがナナシも負けじとカウンターを狙うぞおお!!
なんと身軽に動くことか。ゾーンというべきか、ナナシはまさしく全力で攻撃し続けている。それなのに、ラストは表情一つ変えずナナシの木刀を弾いているぞお!
このままでは一撃もまともに入れる事は出来ないぜ!ナナシは更に攻撃を早め、できるだけ不規則に乱舞するだぁぁ!!
だが無情にもナナシの刀身がラストの身に触れる事はなく、ラストはその攻撃網を突破しナナシの頭をツンと突いたぜええ!!
勢いに負けたナナシは後ろへ尻餅をつき、模擬戦はラストが勝利を飾ったんだぁぁぁ!!
勝ち:ラスト
ごつお「そこまで!!」
ラスト「大丈夫かい?」
ナナシ「いてて…はい、大丈夫です」
ギル「二人ともお疲れ!いやぁーナナシ君、良い身のこなしだったよ!木刀の受け流しとかも機敏でよく動けてた。ごつおとラストさんはどう思う?」
ごつお「その若さの割に筋の通った攻撃を仕掛けやがる!!鍛えればラストにも勝りうる原石ってところだぜぇ!!」
ラスト「うん、確かに動きは良かった。ただ剣技はなってなかったから、そこら辺の技術とかは教える必要がありそうだね」
ナナシ「はい、ありがとうございました」
ギル「どうだ腹も減ったろ?今日は奢りでいいから、うちで好きなの食いな!」
ナナシ「ほんとですか⁉︎ありがとうございます!」
ギル「ごつおもラストさんもどうだい?」
ラスト「ああ、ごちそうになるよ」
ごつお「俺は次の勝負へ行ってくるぜえ!!またなギルスト!!ナナシ!!ラスト!!」
ギル「おう!あばよ!」
ナナシ「どうもありがとうございました!」
ラスト「またな」
ごつくて荒々しいおっさんはすぐ走り去っていった。
模擬戦を終えたナナシ達は、ギルド内へ戻った。
ギル「どうだいナナシ君!うちのタワーズキッチンの料理は?」
ナナシ「とっても美味しいです!お肉もご飯も味付けが良くて絶品です!」
ギル「良い食いっぷりだな!まだまだ若いんだ、たんと食えよ!」
ラスト「で。ナナシ、その使ってる装備はお古とかか?」
ナナシ「はい、お父さんのお古です」
ラスト「ならこの後、装備品を買いに行かないか?見たところ使い古されているしすこし体格にあっていない。今日は別にもう訓練とかはしないが、明日以降それで行動するのは疲れるだろう」
ギル「なんなら、うちで余ってるやつを貸してやろうか?」
ラスト「いや、市場で買ってくる。買い揃わない分だけあとで貰うよ」
ナナシ「すみません、そうしたいのは山々なんですけど、今はまだお金が…」
ラスト「お金なら大丈夫だ。私が払おう」
ナナシ「えっ!良いんですか⁉︎」
ギル「さすがラストさん、羽振りが良いねえ。──「ギルさん!ちょっと来てください!」──おっ。わりぃ、呼ばれたから失礼するよ」
ラスト「待ってくれ、装備を買いに行くのに今この装備を着て行ったら荷物で一杯になる。一回預かっといてくれないか?」
ギル「ああ預かっとく、帰ってきたら返せば良いな?」
ラスト「それで助かる。良いな、ナナシ?」
ナナシ「はい!お願いします」
ギル「んじゃこいつは持ってくぞ。また後でな!」
ラスト「またな」
ナナシ「今日はありがとうございました!」
ギル「はいよ!」
ラスト「…さて、食事はもう良いかい?」
ナナシ「はい!もう満腹です!」
ラスト「じゃあ行くぞ」
ナナシ達は食事を済ませ、ギルドを後にした。
〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-
ギルドから徒歩一分で着く冒険者向け市場「アドベンチャーバザール」
ギルドに引けを取らない人混みと活気、冒険心溢れる健全な青年なら目を輝かせる街並みだ。
ナナシ「あの人もあの人も!かっこいい人がいっぱい!」
ラスト「まずは鎧からかな、あっちの方だ」
ラスト「さ、好きなのを選びな」
ナナシ「うわー!すごい数、しかもどれもかっこいい!店員さん、なにかおすすめとかってありますか?」
具店主「あんちゃん新米か?最初ならまず軽いやつが良いだろう。この軽鎧〈ライトアーマー〉とかは安くて頑丈でおすすめだぞ!」
ラスト「そうだな、ナナシはまだ筋肉も少ないだろ。軽鎧から慣らすのは良いと思う」
ナナシ「それじゃあ、これをください!」
具店主「お目が高いね、そいつはうちで一番強度と軽さのバランスが良いやつさ。800Gだ」
ラスト「じゃあこれで」
具店主「はい丁度!他にも足とか頭もいるんじゃねぇか?」
ラスト「まあ必要だな」
ナナシ「えーっと、じゃあこれとこれ!」
具店主「良いの選ぶなあんちゃん!鑑定スキルでも持ってんのかい?」
ナナシ「いえいえそんな、勘ですよ!」
具店主「なら相当良い鑑定眼持ちだな、合わせて900Gだ」
ラスト「これで」
具店主「はい丁度ね!じゃあまた必要になったら来てくんな!」
ナナシ「ありがとうございましたー!」
ラスト「次は武器か、その短剣だけじゃ少し足りない。こっちだ」
ラスト「ほら、どんな武器が好きだ?」
ナナシ「剣が良いです!出来れば軽い物を」
武店主「軽い剣ね、短剣があるなら中剣〈ブロードソード〉とかで良いかな?」
ナナシ「はい!」
武店主「ならこいつとかはどうだ?軽量で切れ味もかなりある。おまけに強化魔法〈バフ〉をかけてるから刃こぼれもしない」
ナナシ「すごい良いです!これで!」
武店主「バフ込みで900G」
ラスト「これで」
武店主「ん、確かに丁度。ついでに盾はいるか?」
ラスト「いるな、まだ剣だけじゃ身を守りきれない」
武店主「盾も軽い方が良いだろ。角盾〈ヒーターシールド〉とかおすすめだぞ」
ナナシ「ならこれを!」
武店主「いいセンスだ。600G」
ラスト「これで」
武店主「まいど。良い一日を」
ナナシ「どうもありがとうございました!」
ラスト「他は消耗品とかポーション類だな、雑貨屋はあっちだ」
ナナシ「回復薬と包帯、縄…」
ラスト「あとランプと油と安い布切れで良い、一応小袋もあると良いか」
ナナシ「それぞれどんな感じで使うんですか?」
ラスト「回復薬と包帯は負傷の治癒、縄は縛る以外に括りつけたり戦闘にも応用が利く、持っておいて損はない。ランプは灯り、油はランプ用の予備、布は物を掴む時や手拭き、包帯の代わりにもなる、小袋はアイテムを纏める用だ。
今の手持ちはなんだ?」
ナナシ「回復薬が二つと包帯、小銭とポーチです」
ラスト「じゃあ回復薬をもう二本、縄とランプ、油、小袋を買おう。後はアクセサリーもあるが、いるか?」
ナナシ「いえ、大丈夫です」
ラスト「ならこれで全部か。主人、いくらだ?」
雑店主「合わせて250Gだな」
ラスト「これで」
雑店主「丁度だ、良い一日を」
ナナシ「どうもありがとうございました」
ラスト「これで買う物は全てだな。戻るぞ」
ナナシ「はい、分かりました。こんなにたくさん買っていただいて、ありがとうございます!」
ナナシ達は買い物を済ませ、冒険者市場を後にした。
ギルドへ戻ると、ラストは早速ギルストを呼び出した。
ラスト「ギルさん!戻ったぞ」
ギル「おうお疲れ!って、おお。良い感じの装備じゃないか!」
ナナシ「店主さんやラストさんのアドバイスのおかげで、良いのが揃いました!」
ラスト「あとギルさん、ギルドの設備を案内して良いか?」
ギル「もちろん構わん!この街自慢のタワーギルド、たっぷり楽しんでいきな!」
ナナシ「ありがとうございます!早速見て周りましょう!」
ラスト「ああ、まずは1階から行こうか」
ラストとナナシはギルドを回っていく。
ラスト「まず1階、入って真正面にメイン受付だ。聞きたい事や大体の用事はここで済ませられる。それで玄関口付近は交流場だ、よく冒険者パーティの溜まり場になっている。
次に右側がタワーズキッチン、タワーギルド併設の食堂だ。2階の右半分も食堂になってる。
左側がクエスト受注受付、ほぼ冒険者専用の窓口だ。
残りの2階左半分は応接間だ、あんまり人がいない。
外へ出て裏手に訓練場、手前に的やかかしがあって奥は闘技場みたいになってる。ギルド側にベンチと倉庫があって、すぐ近くに公園と広場もある。
最後に地下もあるが、地下は倉庫だからめぼしい物はない。
ざっとこんなものだな。あとは近くにさっき行った冒険者向けの市場があったり、アクセスは色々良いって感じだ」
ナナシ「な、なるほど。なんとなく分かりました。わざわざありがとうございます!」
ラスト「じゃあついでにギルドのシステムと、編纂者や予言周りの話もしておこう」
ラストは近くにあった椅子に座り、ナナシにその対面にある椅子に座るよう促して話し始める。
ラスト「ここタワーギルドは、この街最大のギルドだ。他の街でもここを越すギルドは中々ない。評判も上々、目立った不祥事も起こしてないから、まあ安定のギルドって感じだね。
ギルドの仕組みってのはざっくり言うと、組織としてのギルドがあって、街中から依頼を集めて依頼主と依頼を解決する冒険者を引き合わせる、いわば仲介所的な役割が主だ。ギルドは依頼を解決してもらうために冒険者と契約する、冒険者は仕事を受注するためにギルドと契約するってところだね。
冒険者が直接依頼主の所へ行って報酬を満額貰うこともできるけど、ギルドを介してない分、有事の際の保険や捜索隊は出してもらえないし、そもそも依頼を出してる人ってのは探すとなるとそうそういない。だから依頼が集まるギルドに行った方が良いって事になる。
ギルドについてはこんな感じだけど、なにか聞きたい事とかはある?」
ナナシ「いえ、特には」
ラスト「ならギルドの話はおしまい。次はランリツで最近噂になってる予言と編纂者の話かな。
予言は私が約三ヶ月くらい前に持って来たスクロールに書いてあったもので、予言の内容はこんなんじゃないかって有力説が今一つある。編纂者が増えてきた時、厄災、つまり魔王が目覚め世界を征服する。その時勇者が現れて魔王を討つ。まあ簡単に言ったら王道の冒険譚みたいな感じさ。」
ナナシは横目で自分の右手を見た。その噂の編纂者の力が今、自分の中にあるというのか。少しだけ怖くなってくる。
ラスト「それで編纂者についてなんだけど、能力については君も知っての通りだ。ただ、こちらも予言と同じく約二、三ヶ月前くらいからちらほら世に出てくる様になった。そのおかげで予言と編纂者の関係性がよく注目される。中には予言が世に広まったから予言の内容が現実に影響を及ぼすようになった、なんて言説もある。
話すことはこのぐらいかな。質問はあるかい?特に無さそうなら、そろそろ今日は帰ろうか」
ナナシ「はい、今日はもう帰ろうと思います。色々とお話ありがとうございました、今日一日で色んなことを学べて良かったです」
ラスト「それは良かった、荷物持ってくるから待ってて」
ナナシ「はい!ありがとうございます」
聞きたいことはあらかた聞けた、実に有意義な一日だったと思う。
今日だけで塔を登り死にかけたが、ラストと親睦を深められた。ギルストとも交流ができ、ギルド、予言、編纂者等様々な知見を得た。
それにこの武具やアイテムも揃えてもらった、至れり尽くせりだ。
考え事でもしていると、ラストとギルストがバッグを抱えてきた。
ラスト「ほら、装備品全部あるか確認して」
ナナシ「ありがとうございます…ちゃんと全部あります」
ラスト「なら良い、今日はこのバッグごと持ち帰って良いぞ。素手じゃ荷物持ちきれないだろ」
ギル「今日は一日楽しめた!ありがとなナナシ君、また明日も是非来てくれ!」
ナナシ「はい、明日もよろしくお願いします!」
ラスト「それじゃ最後に、これも持っていくといい」
ナナシ「これは?」
ラスト「ライフスターダストを埋め込んだネックレスさ。致命傷を負った時中の星屑が体を治癒する自動回復アイテムで、一撃で死ななければ手足もすぐに再生するほど強力なアクセサリーだ。明日以降は安全のためそれも身につけて訓練をする」
ギル「おいおい、どれだけ鬼畜な訓練をする気だよラストさん」
ラスト「なにかあってはいけないからね。特に死んでしまったら、生き返る術はほぼ存在しないんだから」
ギル「過保護だな。まあ貰っときなナナシ君!大切なプレゼントだ」
ナナシ「ほんとにありがとうございます!訓練頑張ってやりきります!それでは!」
ラスト「ああ、またな」
ギル「さいなら!」
ナナシは大荷物を抱えてギルドを出発した。日も落ちて来ているので、帰る頃には丁度夕暮れ時だろう。
今日一日の出来事を回想しながら、青年は帰路に着く。
〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-〜-
宿に着いた。我が家だ。
玄関を開けるといの一番に出迎えてくれたのは兄だった。
ナナシ「ただいまー」
兄「お、帰ったか。おかえりーって、なんだその大荷物と装備は?」
ナナシ「話すと長いからちょっと後で、それよりお母さんの様子は?」
兄「変わらず寝てる、このまま安静にすれば寝たきりだけどまだまだ生きられるってよ」
ナナシ「そう、なら良かった」
弟「もー、帰ってたなら言ってよ!」
ナナシ「あーごめんごめん、ちょっと今日は疲れてて」
弟「ってほんとにすごい荷物だね、詳しく聞かせてよ」
ナナシ「はいはい、そこ座って。今日はねー──
ナナシは兄弟に冒険者になったこと、塔を登ったこと、ラストと出会い弟子になったこと、一つ一つ話をした。母も異常はなく、この日は食卓を囲んだらすぐに眠りこけてしまった。
また明日も大変な一日になるだろう。だが、乗り越えなければならない。
できる限り早く、強くなりスクロールを得る。
万能薬のスクロールを手に入れられれば、母の心配も無くなる。自由な冒険者になれる。
これは平凡だった青年の、偉大な冒険譚の始まり──
執筆者:NPC




