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恋は戦争〜当て馬に使われる私はもう擦り切れて疲れていたけれどとある男の子が救ってくれた〜

作者: リーシャ

「エイドくん、その人の事、好きなんじゃ、ないの……?」


「違う!僕が好きなのはジェマさんだけだっ……あっ!ごめん、こんなの、迷惑なだけだよね」


「そんなわけないっ!わ、私も……好き!」


「ジェマ、さん」


「エイドくん……」


二人の男女が告白の末に抱き合うと周りから拍手が喝采する。


(……またか)


一人ぽつんと取り残されて、真ん中に立っているのはクロエこと脇役、または当て馬、噛ませ犬……呼び方なんて人それぞれ。


つまりは都合の良い女という総称。


最初は物凄く腹立たしかったのに、今では巻き込まれ過ぎて疲れ切ったモブの一人と化している。


イライラいうよりクタクタであった。


やっと終わったバカップルの茶番劇に帰ろうと鞄を持つ。


本当はあと十分早く帰るつもりだったのに、と疲れた体を引きずり帰宅する。


途中であのバカップルがいちゃつく所を通ったが、遠の昔にクロエの事なんて忘れてしまっているのか、目も合わない。


ヨタリヨタリと疲労を感じながら自転車置き場の所へ行くと、グッと腕を引かれた。


「ちょっとあんた!」


全く面識のない女の子がいきなり凄んで、こちらを凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。


いきなり何なんだとホトホト困り聞いていると、どうやら自分を誰かの彼女だと勘違いしているようだ。


自信の潔白を証明するならば、自分は彼氏など居ないし、彼氏居ない歴=年齢である。


自慢でもないけれど、保身の為に言ってみれば、彼女は聞く耳を持たずクロエをズルズルと強引にどこかへと引っ張り、暫くすると一人の男子の元へと連れていかれた。


「アリズ!」


「うるせぇ」


「な、何よ!ふんっ、そんな事言って……後悔しても遅いんだから!」


「だからうるせぇんだっ……何だその女は……」


アリズと呼ばれた男子は何度か見た事があった。


例に漏れず、当て馬としてクロエを持ち出した時に見る頻度が多いお相手だ。


男の子は年齢に似合わず、まるで世捨て人のような雰囲気を醸し出していたので覚えていた。


それに、この男子と対面するのはこれが二度や三度ではない。


結構な人数を彼女にしている厄介な問題児。


そんな印象を持ち、再び当て馬にされた現実にいっそ気を失いたい。


「この子、アリズの彼女でしょ!私、アリズがこの女と居るの見たことがあるんだから!」


(そんな記憶はないんだけど……)


大体女子は、当て馬にするときの台詞がまさにこれだ。


貴方と居るのを見た。


この子の事が好きなんでしょ。


男子は男子でクロエを悪女にしたがる。


クロエに惚れてるんじゃなくて君が好きなんだ。


クロエを好きって言ったのは、君がどう想うか知りたかったからなんだ。


(馬鹿馬鹿しい、やってらんない……帰ろ)


女の言い分を黙って待つ義理はない。


「そいつを彼女にした覚えなんてない。関係ない奴を巻き込むんじゃねぇ」


「嘘!私、見たんだから!……何帰ろうとしてんの!?あんたのせいでっ」


「いたっ!……私、知りませんってだから」


乱暴に手首を掴まれ、痛さに顔をしかめると女は怒りに睨んでくる。


「てめぇ何やってんだ。おれは知らないって言ったんだ。全くの無関係な奴に当たるな……大体一度デートしてやったくらいで彼女面すんな。つーかおれの周りを彷徨くな、一々言わねぇと理解出来ねぇのか」


「な、な、な……!」


言葉を失っている女子の手から力が抜けるのを見越して、スルリと拘束から逃れた。


ワナワナと揺れる身体は今にも噴火しそうだ。


火山の灰に呑まれる前に退散しよう。


ズコズコと後ろに下がりながら、校門を目指して帰路に付いた。






次の日もその次の日も、同じように男女達の当て馬にされた。


噛ませ犬なんていう、嫌なあだ名もコソコソと言われる。


今日はなんだったかと思い出す。


ああ、そういえば『女子の二人が一人の男を取り合っている』お話しだった。


「はぁ、しんどい」


クロエはこうやって、出来事をテレビや本のシナリオを体験していると自身に思い聞かせて、言い聞かせていた。


でも、口からは無限に言葉が浪費していく。


しんどい、辛い、もう嫌だ。


後、二人の女子の取り合いのシナリオは先ず、自分が好きなんだろうとクロエを男子の前で晒す。


別にその男子とは面識もなく、女子二人には無理矢理連れ去られた。


男子は勿論、当て馬と名高い自身を知っていたので、女子が二人も己を好きな事を知る。


そこで、巻き込まれたクロエの事など眼中に入れない。


そのまま、二人共、お友達でという返事が返ってくるとクロエを非難した。


『あんたが××××くんを誘惑したんでしょ!』


『だから彼は私達に見向きもしないのね!』


『最低ー!』


散々非難され、するだけして彼女達は帰って行く。


何故そこまで言われなくてはいけないの。


彼女達は絶対に、こちらを利用しようと考えて男子に詰め寄った計画性のある行動をしたと自覚しているのに。


悪いのは、自分じゃない。


本当に最低なのはお前達なのに。


アンタ達なのに。


お前らなのに。


なのに、


なの……に。












「おい」


「……おい」


頭上から声がしている。


聞こえていたけれど、上を向けない。


泣いているから、向けないのだ。


見せたくないから、無理なのだ。


誰なのか。


声は何となく聞き覚えがある。


声を出せないでいると、そっと何かが視界を覆った。


また自分を利用しようとしている誰かなのか。


分からないが、ハンカチが動く気配もなかったので受け取る。


グッと奥歯を噛み締めても零れそうな涙に、グッと指を睫に押し付けて拭う。


ハンカチを渡してきた誰かは呆れた声音でハンカチの意味がなくなるから使え、と命令してくる。


優しいのか横暴なのか曖昧な人だ。


「苦しいか」


何を言い出すんだと思った。


けど、苦しいから、苦しかったから頷く。


「楽になりたいか」


「……なりたい。楽になりたい。苦しい。息出来ない。窒息しちゃう。もうやだ。何も見たくない」


「分かった」


誰かは知らないが、心の深い部分を吐き出せて良かった。








「おい、お前」


「……何?」


「ちょっと待て」


「今日は塾があるので」


立ち止まらずに答えると、ムッとした声音で制止してくる男子生徒。


塾があると言い訳を言うのに、彼はクロエの肩を掴んでくる。


悪意あるそれに嫌気が差す。


「痛いです。塾に遅れます。親が塾代を払ってるのでそうされるとお金が無駄になります。それとも貴方が塾代を負担してくれるんですか?それなら付いて行ってもいいですよ」


ノンブレスで言い切ると怯む男子。


ざまあみろ、と内心罵り肩の手が緩む。


「な、何言ってんだ……」


しかも、面を貸せとまで言っている。


これは。


「後、理由も話さずに呼び止めるというというのは私に言いたいことがあるからですよね?なら今言って下さい」


きっぱりと言うと男子生徒は顔を赤くして耐えている様子で俯く。


「イリカはおれの事、どう思ってると思う……」


「誰ですかイリカとは」


「お、おれの幼なじみだよ!」


「そんな人は知りません。人違いですね。それではさようなら」


「まだ話しは終わってねーぞ!」


「痛いっ」


ガッと痛い握力で肩を再度掴んでくる男子に胸がツキリと悲鳴を上げる。


それに、男子の叫び声に野次馬が集まって来た。


「リョウヤ!」


「!……イリカ!」


「何してんの馬鹿!」


野次馬から綺麗に出てきた噂の彼女が現れ、リョウヤというしつこく声を掛けてきた男子は挙動不審になる。


「こいつが、イリカの事を教えねぇから……」


「え?……リョウヤ……もしかして……」


当て馬のクロエに絡んだ理由を察したらしいイリカはリョウヤに頬を染める。


「肩、離して下さい」


「な、お前……!まだ居たのかよ!」


「貴方が肩を掴んだからどこにも行けなかったんです」


「ふん!どこにでも行け!二度とイリカに近付くな!」


「……は?」


言われのない言葉を言われてカチンと来た。




二度とどころか絡んだのはそっちだろう。


「リョウヤ……私、あんたが好き」


「イリカ……!」


ハッピーエンドだね、と内心皮肉る。


さっさと去ろうとしていると真後ろにアリズと呼ばれていた青年が居て、何故か瞳孔を開いたような目で出来立てカップルを見つめていた。


どうしてそんなに怒っているのか分からなくて戸惑っていると、徐にアリズはそこへ向かう。


「てめぇ」


「な、何だよ……」


明らかに異常な精神で話しかけてきたアリズにリョウヤはビビっていた。


かく言うクロエもドキドキと成り行きを見る。


アリズは何を言うのだろうか。


「こいつに謝れ」


「は?……何でだよ!」


クロエに顎をやって言ったのだ。


それに驚いたし、まさかそんな事を言ってもらえる日が来るとは夢にも思わなかった。


唖然とするこちらとは違い、アリズは冷静な声で再び言う。


「こいつに声をかける所から見てた。こいつはその女の事は知らねえ、と言っていた筈だろうが」


「そんなのは嘘だ」


「嘘?はっ。じゃあこいつとその女が一緒に居るところを一度でも見た事があんのか?女の方はどうだ?こいつと一言でも話した事があるか?」


アリズはイリカの方を向いて問う。


イリカは怯えた顔で黙る。


あるわけがないから当然だろう。


「お前はあんのか」


突然こちらにも聞いてきた。


否定するとアリズは男に言う。


「こいつは知らねぇ。女も答えない。てめぇは謝りもしない」


まとめるとリョウヤは怒った顔でこちらを指で差す。


「この女が紛らわしい言い方するからだ!」


「私、イリカさんについて知らないときっぱりと答えましたよね」


「っ……当て馬は、当て馬らしく黙ってろよ!」


その言葉にああ、と失笑する。


やはり、この男も例に漏れず自分を当て馬にしたんだと感じた。


「性根の腐った野郎に言われてもなぁ?」


アリズは怒気を含んだ声でリョウヤを笑う。


その笑みに怒りが頂点に達したリョウヤはアリズに殴りかかってきた。


ハッとした時には、アリズは殴られていたので周りにどよめきが起こる。


息の荒いリョウヤを見てアリズは殴られた直後だと言うのに、ニヤリと口元を歪める。


「感情に任せて人を殴った場合、てめぇの内申点がどうなるか楽しみだ。後、この学園にいつまで居られるか見物だな?」


「!!……う、あ」


リョウヤは己のした失態の重さに気付いてしまったようだ。


顔を蒼白にされて歯をガタガタと言わせている。


「逃げても無駄だ。殴った瞬間をてめぇが自ら仕掛けた野次馬が見てたんだからな」




先生達が騒ぎに気づき、一旦は保留になった。


取り敢えず今はアリズの殴られた頬を、冷やさなければいけない。


生憎今日は保健室の先生が出張と言う日だったらしく、中には誰も居なかった。


担任に言い、鍵を貸して貰うとそれを使用して中に入る。


アリズも後ろから伴って来て、早速長椅子に座ってもらった。


今にも腫れそうな頬に、冷蔵庫にあるだろう氷を使って氷水を作成。


慣れない作業のせいで手先が危うくなっていると、後ろから手が生えてきた。


否、アリズの手だったので瞠目。


呆気に取られている間に彼に氷と袋を浚われる。


悠然としていて、慣れた手付きで制作していくのを見て内心ほぉ、と関心。


見ていると完成させた彼は、頬にそれを当てて椅子に座る。


やることがなくなると途端にこの静けさに気まずくなるが、アリズには聞きたい事があった。 


「何で」


「あ?」


「何で庇ってくれたんですか」


「……泣いてただろ」


「えっ?」


あの時ならば、泣いて等いなかった。


散々嫌悪を嘆いていたが。


アリズには泣いていた様に見えたのだろうか。


「前の放課後。お前はもうこんなのは嫌だと言って、泣いてた」


「……!……まさか、その時私の近くに居たのって……」


あの時は眼がぼやけていたし、とてもではないが誰かだとは判別する余裕は無かった。


グチや不満や泣き顔を見たのがアリズならば、あの騒ぎをわざわざ起こしたのも……。


「私が、貴方に助けを求めたから、相手を責めたんですか?いつもの事だから放っておけば、そうしたら、貴方の」


「アリズだ、おれの名前は……他人みてぇな呼び方すんな」


「今は悠長に言ってる場合じゃ……」


「悠長だろ。ここには誰も来ねぇんだ」


アリズは一つ笑ってみせると語り出した。


「お前が当て馬だって言われた時、どう感じた」


「……ああ、やっぱりって思いました。それが、何か?」


悲しかったに決まっている。


「お前を使うと両思いになれる」


「え」


「いつからか噂され出した迷惑なジンクスだ。最も、犠牲になるのはお前だがな」


嘲笑うように話すアリズは遠い眼をしていた。




いつからだっただろう。


最初は偶然が重なっただけなんだと今にして思う。


でも、今更ごめんさないと謝っても許せない所まで来ていた。


「お前を巻き込むと結ばれる。これが、お前が散々不幸に見舞われた真相だ」


「……薄々、分かってました」


「……そうか」


静かな空間が満ちる。


「彼女達が私に対してした事を理解出来ても、その、ユーニスくんを殴った事とは別問題です」


「ユーニスじゃねぇ。名前言え。アリズだ」


「そんなことは重要ではないです。私は私の不幸に、無関係な人を巻き込みたくなかったんです」


「無関係じゃねぇだろ。何度も女共に連れてこられるお前を見ていた」


「でも、貴方は知らないと言って私を利用しませんでした。それで十分です」


「馬鹿だ、お前は。もっと怒ってもいいんだぞ」


彼の言葉に嬉しくなる。


「ユーニスくんにそう言われただけでも、凄く得るものがありました」


言い終わるや否や、衝撃が体を包む。


暖かな抱擁に夢だと錯覚し掛ける。


夢ではない体温を感じて、抱き締められている現実に苦笑した。


「これは、同情の末路ですか」


「んなわけあるか。おれは同情して女を抱き締める趣味はねぇ」


返しが来ると、アリズはもっと力を込めてくる。


痛いくらいの力に目頭が熱くなると、いけないと、離れようと体を捻った。


「動くな馬鹿」


「さっきからユーニスくんはそればかりですね。私を慰めているのか、卑下しているのか分かりません」


「どっちもしてんだよ」


器用な事だ。


でも、ここまで心配される理由が全く分からない。


そこまで親しいわけでもないのに、彼は庇ってくれた。


殴られたし、今も抱きしめている。


「明日からお前を利用する奴は居なくなる」


「それは、どういう?」


「おれとお前は公認のカップルだ」


「……ええ!?」


「だから、おれの物を利用する奴なんて居ない」


「や、いやいやいや!いつそんな話をしましたっけ!?」


「しなくても雰囲気で感じ取る」


「えええ、あ、え、あ、え、ああ!」


パニックになって意味の分からない嘆きを撒き散らす。


「ユーニスくんだって困りますよ絶対!」


「決めるな勝手に。別に思われてもいい。寧ろ……」


「寧ろ?」


続きを待っていると、アリズのほくそ笑む顔が浮かんだ。




次の日、アリズの言葉通り校門を通る前から何やら視線が突き刺さり、こそこそと囁かれた。


校門の手前まで来ると、一人の男子生徒の姿を見つける。


相手も気付き、目が合うとこちらへ近寄ってきた。


まさか行動してくるとは思わず、面食らう。


「よう」


「お早う、ございます……ユーニスくん」


「カップルなんだから名前くらい呼んだらどうだ?」


くつくつと笑うアリズに鞄を持つ手が震える。


「それより、ユーニスくん。昨日の件を先生達は何と?」


「昨日見てた奴が腐る程いたからな。当然、無罪放免だ。殴った奴の後先になんて興味はねぇ。お前もまかり間違っても庇ったり同情すんな。おれが嫉妬する」 


何でもないという風に言い放つアリズに、身体が止まる。


足が止まったクロエを見たアリズは、急かすように手を繋いで歩き出す。


言葉に驚かされているのに、次はそんな事をされては脳がメーターを振り切ってしまう。


真っ赤に熟れていく頬や顔を隠す事しか出来なかった。


「そんな反応されたら、おれでも我慢出来ねぇ」


「な!」


口を何度も何度もパクパクとさせる。


アリズと繋がれた手を見て、このままでは皆にもっとカップルだと思われてしまうと脳裏に浮かぶ。


けれど、男はクロエの考えを見抜いたような、上機嫌な声音で飛び越えて行く。


「見せ付けてんだよ、馬鹿」

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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