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神さまの嫌われもの  作者: marvin
17章 魔王と十二人の黒天使
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最終話 魔王ザイナスと堕天使同盟

 視野は遠くを見通せた。緑の縁に朝霧が霞む、その程度だ。あれは本物の水気だろうか。辺りを埋めた魂の砕片は、魔女と一緒に消えていた。

 どうにか、ザイナスは生きている。

 皆に八つ裂きにされ掛けたカミラも、辛うじて治癒が間に合った。ザイナスの傍、ちんと殊勝に佇む彼女は、権能の連結を以って魔女の不在を皆に示した。

「それに、ご覧くださいな」

 カミラは足許の影を指した。変哲もない黒い影。だが、本来のスヴァールの神器は白銀のそれだ。皆と同じ漆黒で、本来の影よりなお濃く暗い。

「私、皆さんのお仲間です」

 控えめな微笑みを隣に置いて、皆の目線がザイナスに刺さった。

「いや、だって」

 助けを求めてカミラを見ると、彼女は頬を染めて俯いた。編んだ指先に隠した口許が、ザイナスに向けて悪戯っぽく微笑んでいる。こいつ、わざとだ。仕草が計算されている。魔女の意思はないものの、その手管はしっかり残っている。

「兄さん――」

 リズベットが苦虫を噛み潰したような顔でザイナスを睨んだ。ただ、ソフィーアだけがカミラの本性に気づいたらしく、小さく睨んで舌打ちした。

「遂に魔女まで堕としたか。これは誇るべきなのか? その、妻として」

 考え込んでオルガが唸る。

「そんな訳あるか」

 そうクリスタはオルガに返して、そもそもおまえも妻じゃない、と責め立てた。

「とうとう全員、キミのものだ」

 アベルがザイナスの肩に手を掛ける。この微妙な距離感は、裾を掴んだエステルと、変わらず無遠慮のアベルだけだ。皆が二人を認めるのは暗黙の協定か。あるいは、ザイナスに残された最後の防壁かも知れない。

「これからが大変だねえ」

 アベルは他人事のように笑う。

 賞牌(マユス)を巡る争奪戦は、これで刈り手も不在になった。にも拘らず、ザイナスは安寧に程遠い。むしろ、最悪を更新している。今では国家、教会に追われる身だ。何より真実を知った以上、もはや御柱も傍観者ではないだろう。

 ザイナスは呻くような長い息を吐いた。

「私たちだって、このまま捨て置かれるとは思えませんわね」

 そう応えたペトロネラだが、表情は悲観に程遠い。先の事を案じてはいるが、裾の埃を払うついでのようだ。課題の重みと順序が違う。

「いっそ、此処でほとぼりを冷ますか」

 オルガが辺りを見渡した。空こそ岩の天蓋だが、見渡す限りは王都より広い。

「何千年? 冷めますか、それで」

 ソフィーアが疑問を口にした。

 御柱と人は尺が異なる。生涯さえ瞬きにも足らない。身を潜めるにも桁が違う。ただ、返せばザイナスにも猶予があった。人の身に降りた御使いも同様だ。

「此処は魔女が地上を模して創造した世界です。人こそ芽吹きませんでしたが、それ以外なら全て在るでしょう。ザイナスさまが暮らすには十分かと」

 囁くカミラの言葉に沿って、ザイナスは視線を巡らせた。眩しくないほどには光があり、鬱蒼とした森や広い水辺が遠くに広がっている。大地は見目にも豊潤だ。ただ、魂を配する御柱の目が届かない。人が芽吹かないのは当然だ。

「猟のしがいは、ありそうだ」

 ザイナスの肩越しにラーズが森を覗く。

「肉? 魚?」

 エステルが見上げる。

「両方だな」

 ラーズは笑って応えた。

「当面は仕方ありません。適材適所という事であれば、留まっても良いのでは」

 ソフィーアの言外には、肉体労働は自分の領分でない、との含みがある。

「このままで何の不自由がある」

 その意は汲んだものの、シーグリッドは怪訝に訊ねた。

「おまえの修道院と一緒にするな」

 オルガが口を挟んだ。

「そうです、生活水準は維持して貰わねば」

 ペトロネラが注文をつける。

「宮廷とも一緒にするな」

 オルガは呻いた。

「色々、入り用かしらねえ。こっそり商会を引き込むかな」

 クリスタが思案する。

「なら、あれを直して」

 言葉の脈絡も関係なく、便乗したビルギットが臥した巨人を指して声を上げる。

「そういや、大司教猊下を入れたままだ」

 クリスタが気づいて眉根を寄せた。

「さっさと何処かに捨てて来い」

 ティルダが嫌そうな顔をする。

 みな喧々囂々と喋り出した。いつの間にやら此処を拠点と話を定め、勝手に計画が進んでいる。楽天的なのは何よりだが、課題はきっと山とあるだろう。

 ザイナスの傍で皆を見渡し、アベルが訊ねる。

「どんな気分?」

「これって、どこまで君の計画なんだ」

 ザイナスが口を尖らせる。

自由神(ケイオス)のお膳立ては確かにあったさ。でも、こうなったのは彼女らの意思だ。ボクを責めるなんて、お門違いも良いところだよ」

 君もその中のひとりだろうに。とは、ザイナスも口に出さなかった。

自由神(ケイオス)はいったい――」

 問うのも無駄だと思っていたが、つい口を衝く。

「言ったろう、御柱の考えなんてわからない。もしかしたら御身にも、だ。単に面白がってるだけかも知れないぜ? ボクみたいにさ」

 嘘をつけ、とザイナスは口に出さずに呟いた。御柱の因果は突然に現れ、過去と未来に作用する。にも拘わらず、人は時に沿うより他にない。つい今しがた、ザイナスは気の遠くなるような宿業を押しつけられたばかりだ。

「とはいえ、さ。御柱に叛したからには、ボクらは魔の一党に違いない」

 言って、アベルはザイナスの耳に唇を寄せた。

「キミにはせめて、ボクたちの王になってもらわなきゃ困る」

 ザイナスが噛みつき掛けると、アベルは素早く身を引いて悪戯な目を向けた。

「まあ当面は、産めよ増やせよというやつだ」

 何気に続く会話の中で、皆の肩がびくりと震えた。耳がこちらを向いている。

「妻であるからには、当然だ」

「血を繋げるのは責務ですわ」

「沢山産んでやるから心配するな」

 聞かず返事が口々に飛び交う。

「兄さん――」

 また、リズベットがザイナスを睨んでいる。

 アベルが上目遣いにザイナスを喉で笑う。皆を振り返って声を掛けた。

「それじゃあ、今後の為の会議を開こう。題目は、そうだね――」

 この日いったい何度目になるだろう、ザイナスは深々と息を吐いた。

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