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神さまの嫌われもの  作者: marvin
2章 魂刈りの乙女
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2-1 連行

 まずは近場で朝飯にしよう、大聖堂はそのあとだ。腕を思い切り伸び上げながら、ユーホルトはザイナスにそう告げた。積荷の隙間に蹲り、汽車に一晩ゆられた身体は石のようだ。動かすだけであちこちが痛い。

 だが昇降口を跨ぐや否や、二人の行く手を衛兵が塞いでいる。

「ザイナス・コレット、我々に同行願いたい」

 ザイナスは大欠伸の最中だった。見れば、荷の積み下ろしにごった返した停車場の真ん中に十数人もが陣取っている。出迎えと呼ぶにも物々しい。

 隊列の端に至っては、荷箱をぶつけられたり舌打ちされたりと、可哀そうなことになっている。少し場所を選んではどうか、とザイナスはぼんやり考えた。

「ええと、僕で合っていますか?」

 よくよく考えれば、迎えは変だ。そのためにユーホルトが同行している。

「ザイナス・コレットでは?」

「ザイナス・コレットですが」

 声を掛けた衛士が安堵したように息を吐き、慌てて元通りに顔を強張らせた。見れば、ユーホルトの少しくたびれた聖堂守護兵の制服とは色合いが違う。都市衛兵と思しいものの、胸にあるのはラングステンの記章とも異なっていた。

「何で国軍がお出迎えに? これは教会の案件なんですが」

 我に返ったユーホルトがザイナスの前に進み出た。

 なるほど、国軍の制服か。ユーホルトの知見に感心したものの、確かに教会に召喚された筈のザイナスに衛兵の迎えはおかしい。国軍ならば、なおさらだ。

「この件は我々に移管されました。問い合わせは、こちらに願いたい」

 書状を見せ、紙管と一緒にユーホルトに手渡した。現場担当に説明責任はない、と自身の権利を最大限に発揮して、目の前の衛士はそう言った。

「だけどだねえ」

 苦り切ったユーホルトの背中をつついてザイナスは首を振った。この場の衛兵は穏便そうだが、これだけ数を頼むからには強硬も辞さないつもりだろう。

「とりあえず、一旦ついて行こうと思います」

「ザイナス」

 互いに職務に忠実であっても、現場判断が効かない状況だ。ここは上に責任を押し付けた方がユーホルトの面倒も少ないだろう。ザイナスはそう考えた。

「代わりに教会に行って貰えますか? ありのままを伝えて貰えれば」

 面倒事はユーホルトを飛び越える。教会は聖堂守護兵の肩を持つだろう。

「それと、リズベットにはできるだけ内緒に」

 へたな伝聞はリズベットを刺激する。国軍にさえ喧嘩を売りかねない。

 ううむ、と唸って、ユーホルトは神妙な顔で頷いた。


 ◇


 かくして、ザイナスは取り囲む人垣の向こうからユーホルトに手を振った。朝食がまだだったと思い出したのは、馬車に乗せられた後だ。

 強がりを言ったつもりはない。厄憑きの招いた災難にユーホルトを巻き込むのもどうか、と思ったのは確かだが。いずれ、端を発しているのはホーカソン司祭の見立てだ。ザイナスの奉神不在が原因には違いない。

 だが、それがどうして国軍に結びつくのか。

 ザイナスを乗せた馬車は街なかを抜け、真っ直ぐ郊外に向かっていた。客車のような硝子こそないが、庇を上げて貰えたおかげで、流れる景色がよく見えた。

 目隠しをされて行先もわからず――とならない以上は、やはり手続きを踏んだ移管なのだろう。だからといって、何が起きているのかはわからない。

 席の両脇とその向かい、ザイナスを囲むのが国軍の衛兵であれば、執政庁舎が行先かとも思ったが、街の外れであれば留置所か衛兵所の類だろうか。

 ラングステンは大きな街だ。田舎者のザイナスには想像にも限界がある。


 そも、この世界に存在する唯一の大陸をイエルンシェルツと呼ぶ。神の名の下にこれを統治する国家もイエルンシェルツと呼び、大陸の北寄りにある王都もまたイエルンシェルツと呼ばれる。つまり、イエルンシェルツは世界と同義だ。

 大陸には四つの大都市があり、北にシムリス、西にヴェスローテ、東にルクスルーナ、南にラングステンがある。シムリスを除いて、それぞれは第一都市、第二都市、第三都市とも呼ばれていた。降神歴以降の開拓順だ。

 また、それぞれの都市の外縁には、奉都カペルと呼ばれる街がある。都市を取り巻くその数は十二。単神を奉じている街だ。そうした都市群の構造は、王都イエルンシェルツを模して造られていた。

 ちなみに、ハルムの街は南北路線の最南端だ。ラングステンからは汽車で一日。奉都カペルも越えた、その先に位置している。ザイナスの暮らすモルンの里は、そこからさらに二時間ほど歩く。つまり、田舎のさらに田舎だ。

 そんな場所から出た事もないため、ザイナスには都市の肌感がなかった。


 馬車はなかなか停まらなかった。気づけば辺りはもう街の外だ。窓の向こうの田畑を眺めながら、ユーホルトに見栄を張るのは早すぎたかな、などとザイナスは後悔した。何より、衛兵たちに朝食のことを切り出そうか迷っている。

 何処まで連れて行かれるのだろう。思案するうち、馬車は別の街に入った。

 門や建屋に銀の鉾槍の飾りがある。祀られているのは秩序神(オーダー)の御使いだ。どうやら、奉都(カペル)に違いない。ならば、秩序神(オーダー)の御使いに因んでスルーズと呼ばれているだろう。奉都(カペル)スルーズだ。

 奉都(カペル)は単神を祀る街を指す。街はそれぞれの御使いの名で呼ばれるのが通例だ。人の信心も街の機能も奉じる御柱に応じて特化しており、十二の奉都(カペル)は都市を結んでひとつの小国家を形成している。

 ザイナスの暮らしたモルンの里も、ハルムの街が大きくなれば、いずれ奉都(カペル)スクルドと呼ばれるのかも知れない。跡継ぎがいればの話だが。


 ザイナスがようやく降ろされたのは、秩序神(オーダー)の聖堂にほど近い立派な屋敷の車止めだった。どうやら公館であるらしい。迎賓館の類だろうか。

 御柱なき罪人が一転して要人扱いか。いや、そんな話がある筈もない。

 ザイナスは裏から屋敷に入れられ、そのまま使用人に充てられたと思しき部屋に放り込まれた。錠を掛けられそうになり、慌てて衛士に声を掛けた。

「朝食がまだなんですが」

 振り返った顔は呆れていたが、少なくとも意図的ではなかったらしい。

 そこから暫く待たされた。

 食事の用意は早かったが、昼食も夕食も、挙句は身なりを整えなさい、と浴室を使わせて貰えたりもした。妙に居心地が悪い待ち時間が異様に長かった。

 部屋は快適だった。むしろ引手を間違えて戸を壊したり、蹴躓いて調度品を引っ繰り返したりしたザイナスが、勝手に気まずい思いをしただけだ。

 扉の向こうには衛兵がいて、暫くは騒動のあるたびに、逃亡を図ったのではと訝しんでいた。とはいえ、厄憑きというザイナスの自己申告に納得せざるを得なくなってからは、気の毒がって部屋の片付けを手伝ってもくれている。

 ただザイナスにしてみても、磔刑の前の贅沢だったらどうしよう、それならもっと食事にわがままを言うべきだろうか、などと明後日の方向をむいていた。

 だが、翌日に事態は変わった。

 満を持してザイナスが連れて行かれたのは、数階上の広い部屋だ。奥一面に大きな硝子窓を張った、豪奢な執務室だった。手前に天面の広い執務机があり、縁に腰で寄り掛かかるように、女性がひとり立っていた。

 長身で髪が長い。歳の頃はザイナスより十ほど上の美しい女性だ。ザイナスが床の敷物に踏み込むと、そう命じられていたのか、背中で衛士が扉を閉じた。

 部屋の中を見渡すも、居るのは女性ひとりきりのようだ。彼女は少し目を細め、睨むようにザイナスを探っている。まるで背中の扉の木目を数えるかのように、じっとザイナスを見通している。螺鈿のような、不思議な瞳の色だった。

「ええと――」

 困惑した問い掛けも半ば、不意に女性は駆けるように距離を詰めた。

 きょとんと竦むザイナスの鼻先、突然に白銀色の鉾槍が現れる。吸い寄せられるように目で追えば、彼女の手にした柄の先は、しっかり自分を向いていた。

 呆気に取られるザイナスの胸元に、彼女は深々とその切っ先を突き通した。

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