12-4 魔女・御柱・名無きもの(後)
「神敵ならば教会も公布の甲斐があるな。こと、過激な派閥には都合がいい」
大卓の前で腕を組み、オルガは他人事のように呟いた。
「兄さんを見つけるだけでなく、討伐する為にその名前にしたって事よね」
底冷えのする声でリズベットが呟いた。
「そうだな。人を使うことの難点は、生きて捕らえる保証がない事だ」
「つまり、ザイナスさまが死んでも賞牌を手に入れられる者」
オルガが応え、ソフィーアがそれを継ぐ。
「やっぱり、スヴァールか」
クリスタが顔を顰めた。
「あれは自身が手を下せないからな、人を使うのは理に適っている」
ラーズが頷く。
「使いを操る力も、かしら」
リズベットがソフィーアを一瞥し、皆を見渡した。
「スヴァールの受肉先を優先して探す?」
「そうしたいのは山々だが――」
現状では闇雲に当たる他ない、とオルガが顔を顰める。加えて、魂の選別場を隠れ家にされた場合、おいそれと手も出せない。
「手掛かりは、無くはないですが」
ソフィーアが申し出るも、己のこめかみを指して付け加えた。
「魔女の残した記憶ですから」
「罠か」
「でしょうね。体制を整えてからの方が良いでしょう」
一拍、思案の間を置いてオルガが提案した。
「先に教会を探るのはどうだ。魔女の息の掛かった奴が頭にいる筈だ」
組織の運用はオルガの権域だ。その厄介さも心得ての事だろう。
「ザイナスを手配するにしろ、公布となれば相当の地位が必要だからな」
「となると、エイラか。ミストのように操られているやもだ」
ラーズが名を挙げた。
「使いはどのみち潰さなきゃ」
気怠げなビルギットの言葉は意外と過激だ。
「でもさ、公布ってザイナスくんが魂なきものだって宣言される訳じゃない? どうやって本物って見分けるつもりなんだろうね」
クリスタが疑問を投げる。
ザイナスの身元は明らかだが、それを本人と確かめるには証言が必要だ。ただしハルムの街裏では、御婦人方を中心にザイナスの写像が出回っていたとの噂もある。捜索の材料には事欠かないかも知れない。
「そもそも、こんな田舎の若造ひとりをどうこうするのはついでじゃないかな」
自身にとっては大ごとだが、教会を挙げての騒動にザイナスは懐疑的だ。むしろ、利権に絡む大きな施策の足掛かりに利用されるのが精々ではないか。
「案外、あっさり捕まりでもしたら、まだ旨味がないって追い返されるかもだ」
そう言ってアベルが笑う。
「旨味はともかく」
何を呑気な、とラーズがザイナスに指摘する。
「周りを見ろ。街を壊し、列車を脱線させるくらいには立派な反教会勢力だぞ」
ザイナスが呻いて椅子の背に身を沈めると、アベルは笑って肩を叩いた。
「なるほど、キミはまず八人も使いを従えてるってことを自覚すべきだった」
リズベットもビルギットも素知らぬ顔をしている。エステルに至っては会議に飽きてザイナスの膝の上で揺れていた。ひと段落したら寝所に運ばねば。
「ザイナスを利用しているが、教会の目的は権力の拡大だ。案外、ゲイラは的を射ているだろう。問題はどの方向に手を拡げようとするかだ。利権か?」
オルガがクリスタに問う。曲がりなりにも聖堂商会の特別顧問だ。
「まあねえ、うちも王党派に乗ったけど、本当の商い処は教会だし」
クリスタは邪気のない顔で答えた。
教会、商会の基盤は世情に左右されない。むしろ、世の浮き沈みが大きいほど信心と利得の機が増える。ただし、自身が表立って波風を立てることはない。
「今更、という気もするわ。むしろ、現行の大司教は信心を問う気質だと思う」
学ぶ必要のない御使いだけに、リズベットは教会の在り方に増資が深い。
「敬虔だが、暑苦しいな」
ラーズの評は身も蓋もなかった。
「教会がエイラを擁しているなら、強気に出るでしょう。恐らく、あれは身を明かして利用している筈。御使いと知れば、大司教であれ靴も舐めるでしょうね」
ソフィーアの言い様はさらに酷い。信心を欠いたザイナスには皮肉だ。
「御使いがそんな事に手を貸すかな」
ふと思い直し、ザイナスは疑問を口にした。現神の主な神格は医神だ。その御使いが政治的な行動を支援するのも、おかしな気がする。
「それこそ魔女が糸を引いているか、受肉の影響で歪んだのでしょう」
ソフィーアが答える。どの口が言う、と皆の顔を眺めてザイナスは得心した。魔女も人格を変えてはいない。使徒である事と敬虔さには関係がなかった。
「ただ権力筋の顔役がレイヴでは、教会も面倒だろう。謀は長引くかも知れん」
本来、教会には政権がない。人の主は天界に在るが、支配の権限は聖王家に移譲されている。教会権限の拡大には、あくまで宮廷の譲歩が必要だ。
「あんたが面倒だから、うちらは王党派についたのよ」
オルガの執政庁は堅実すぎて旨味が少なかった、とクリスタは小さくこぼした。とはいえ、王党派にあって第三王女は唯一の理性だ。その懐も緩くはない。
ただ、血族神の御使い、レイヴとしての本質は別だ。彼女は血統の護り手であり、ペトロネラの主眼はあくまで聖王家の血統維持に向いている。
「まあね。でも彼女の将来性は確かだよ。姉上二人が何かの拍子にコロリと逝けば、女王も夢じゃない。むしろ、ヴェスローテあたりが欲しがるかもだ」
宮廷事情に詳しいアベルが物騒なことを呟いた。
「どうだかねえ」
クリスタが異を唱える。
「治めるだけなら、そうだけどさ。あいつ、血筋が第一だもの。あたしら、寿命以上には生きられるだろうけど、世継ぎは独りじゃ無理じゃない?」
ペトロネラは御使いだ。自身の子を成せない。王女に受肉したのは御柱の皮肉だろうか。結局は姉の血族に頼り、その庇護に手を尽くさざるを得ない。
「そうだねえ」
意味ありげに呟いたアベルを、何ごとかとザイナスが振り返る。
その間、大卓の間に無言の目配せが飛び交った。
「レイヴを先に潰すのはどうかしら」
いきなり、リズベットが言い出した。
「確かに、あれは危険だな」
オルガも同意する。
「人の身が知られているだけ、エイラよりも容易いな」
ラーズは言うが、相手は王女だ。
「御用商人の筋から手引したげる」
「城ごと潰そう、ボクの巨人機は修理済だ」
「大きくなる?」
何でそうなる。
「キミたち、エイラが先じゃなかった?」
いっそ、アベルがまともに見える。
「そうですね、まずはエイラを」
ソフィーアがようやく舵を戻した。
「レイヴはザイナスさまを煩わせずに殺りましょう」
とはいえ、ぼそりと物騒なことも呟く。
「でも、エイラの特定はどう動く?」
リズベットが指摘した。
「大司教の側近なんでしょ、絞り込むのは難しくないんじゃない?」
クリスタが呑気に投げ掛ける。
「簡単に言うな」
オルガが一蹴した。賛同し掛けたザイナスも、王都大聖堂の規模を家族総出の田舎教会の人員で測るのは無理があると思い直した。
「でもさ、少なくともエイラは女でしょう。これで半分よね」
食い下がるクリスタにアベルが悪戯な目を向ける。
「どうだろうね?」
「女だよ、自由神さまほどの臍曲がりが他にいるか」
「それもそうだ」
オルガは二人に咎めるような咳払い差し込んだ。
「いっそ、教会がザイナスを手配した折、エイラが行動を起こすのを待つか?」
「恐らく、公布の前に魂なきものの噂が流布されるでしょう。ただし、ザイナスさまの事は伏せて。民衆に不安が募れば教会に利があります」
「その次は?」
ラーズが問うと、ソフィーアは頷いた。
「民衆の前で大々的に神敵の聖伐を宣言するでしょう」
「ええと」
アベルがおずおずと手を挙げた。
「来月の一般祭礼なんか、機会としてどうだろう。イエルンシェルツもこのご時世だしね。教会としても公布の好機だと思うのだけれど」
王都大聖堂を解放しての礼拝だ。国政に関わるお披露目もある。ただし、席はあらかた有力者で埋まっており、市民は早々に教会通りに溢れ返る式事だ。
「時期的にも可能性は高いですね」
「大聖堂のあれか、確かに派手な機会だな」
オルガとソフィーアが大卓を挿んで言葉を交わした。反りの合わない二人だが、ことこうした状況においては嫌味を交えてでも話が進む。
「そうだね。公布を派手にひっくり返す、またとない機会でもあるかな」
ザイナスが表情を窺うまでもなく、アベルは面白がっている。
「確か、件の王女殿下も礼拝の予定だ。これは、一石二鳥かもだ」
ザイナスに顔を寄せ、聞こえよがしに耳打ちした。
「大聖堂ごと潰しておきましょう」
リズベットがとんでもないことを言い出した。
「教会は皆にも必要な仕組みだろう? 潰してどうする」
むしろザイナスが動揺する。何故そんな結論に至るのか、と呆れた。
「効率的に信心を募り管理するのが教会の役目よ、利権は関係ないわ」
教会の娘がとんでもない事を言い出した。
「むしろ、歪んだ聖職者を糺すのは我々の仕事だからな」
当然とばかりにオルガも言った。それは確かに、そうなのだ。彼女らは皆、断罪と神罰の執行者だ。教会であっても例外はない。むしろ黒神の大聖堂などは、聖職者を戒めるに特化した武力さえ擁している。
「御柱の信徒であれ、ザイナスに仇なせば臨終の苦痛を与える」
どうやら、信心どころか血も涙も埒外だ。
「ホクらは管理者だ、ザイナス。信徒に甘い使いなんていないよ」
アベルが笑ってそう言った。
「極端なことを言うならね、人は地上にキミだけでいいんだ。信心は御柱の糧であって、信徒なんて農場と変わりがない。本来、人の内には入らないよ」
いつもの皮肉と思いきや、悪戯な目の奥には笑みがない。ザイナスは知らず呻いた。聞きたくもない言葉だが、天上の常識を非難する気にもなれなかった。
「とはいえ、聖堂でエイラとやり合うとなると、油断できないな」
ラーズが空気を引き戻した。狩りに驕りのないことが彼女の美徳だ。
「一般例祭となれば王族も顔を出すだろうし、レイヴがどう出るかだが――」
「それって、話し合えばよくない?」
ザイナスはごく当たり前の提言をした。
「あれは駄目、スルーズ以上に権域に執着してるもの」
ふん、と声を上げるクリスタを睨むものの、オルガも概ねは同意する。
「そうだな。ならば魔女より先に刈るまで、などとザイナスを襲いかねん」
まんざら冗談の風もない。
「使いは勿論だけれど、聖堂で信徒の不安を煽られるのも厄介。大司教の神威特権は馬鹿にできないもの。信心を束ねて奇跡を起こしかねないわ」
リズベットが考え込んでいる。
大卓はじき、勢い殲滅し尽くす派と慎重に殲滅し尽くす派の論争になった。いずれ、一般例祭の妨害は前提だ。どこから手をつけるかの議論に過ぎない。
「魂なきものへの不安を散らして、効果を減じる事前策」
だん、と卓を叩いてクリスタが提案する。
「王都で色々と騒ぎを起こすのはどうよ?」
争いは商売の種、とばかりにほくそ笑んでいる。
「機運を削ぐなら簡単だ。当日の祭礼を台無しにしてやれば良い」
ラーズが言って手を伸ばし、ザイナスの膝の上のエステルを撫でた。大聖堂にシンモラが降臨すれば、建物どころか教会の威信も壊れるに違いない。
「いっそ、レイヴも一緒に堕とすのはどうだい? 宮廷の面目が潰れるなら、そもそも教会が魂なきものに頼る理由も無くなるじゃないか」
またぞろ、アベルはザイナスに囁いた。
「神敵が国賊になるだけだ」
事態は余計に酷くなる。ザイナスは思い切り顔を顰めた。
「国賊、結構」
意外な方から支援が飛んだ。ソフィーアだ。
「ザイナスさまの二つ名が強ければ、魔女も方針を変えざるを得ません」
「やめて、兄さんで遊ばないで」
リズベットが悲鳴を上げた。
「ぼくは国賊だって構わないよ」
何気に呟いたビルギットが、リズベットに思い切り睨まれた。胸を潰して卓にだらしなく突っ伏した彼女は、すん、と鼻から息を吐いて寝たふりをする。
大卓はにわかに沸き立った。
「壊すもの、決まった?」
退屈そうに舟を漕いでいたエステルが、目覚めてザイナスを見上げる。
「忘れるな、エイラの特定が第一だ」
オルガが制するように手を掲げた。大卓を見渡し、皆に宣言する。
「全て実行だ。大司教周辺に揺さ振りを掛け、何としてもエイラの尻尾を掴む」
まるで日頃の憂さ晴らし、とばかりに彼女らは乗り気だった。
これが民衆の崇敬を集める御使いだ。今となっては祭壇の気高い聖像が冗談にしか思えない。ザイナスはそっと息を吐いた。




